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冬
……黄昏の果てに刻む無情(5)
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共寝の刻を重ねる暇、わたしたちはそれぞれの身の上を語らいました。
旅の僧の御名は遍昭(へんじょう)と申され、いまは僧正の位におられるそうです。三〇年ほど昔に得度され、煩悩と戦いながら、歌で己を慰め励ましてこられたとか。
三〇年前といえば。
わたしが山科を飛び出した頃と同じです。奇縁ではありませんか。
「その頃は、拙僧も若かった。恋をしていた。叶わぬ恋であった」
「坊さまが恋を?」
「一族中に反対をされてな、恋しい女への逢瀬を邪魔されおった。せめて、あと一夜……押し込められて、あのときは往生しました。気狂いしたように暴れたので、軟禁されて。世間的にも遁世させられましてなあ。それで、何もかもが空しくなりましてのう。家を飛び出し、気がついたら、比叡山で得度しておりました」
そういってはにかむ遍昭僧正の横顔は、遠い記憶の何処かで、重なっておりました。
さて、どこで。
思い出せません。
「ところであなたさまは、如何にして、斯様落ち果てましたか?」
遍昭僧正の問いに、わたしも思わず
「恋に疲れました」
と答えました。
何やら気持が楽になっていたのでしょうか。つい心を許していた迂闊さも何処かにあったのでしょう。わたしが小野長友の娘であること、宮様のことなどを、包み隠さず遍昭僧正に話しました。
「ああ、惟喬親王さまのことならよく存じておった。拙僧もよく歌を詠み交わすために参上したことがある。いやあ、懐かしい」
なんでも遍昭僧正は、小野で木地師の道を歩まれた宮様と、よく歌を交わし会ったというのです。もしかしたら、在原業平さまとも懇意にしていたのではあるまいか。
懐かしさから、つい、伺おうとするのを辛うじて留めました。
大切な思い出です、軽々しく話題の種にはしたくありません。
「惟喬親王さまと最後に御会いしたのは二八年くらい前だった。親王さまはこんな歌で拙僧を詰られた」
遍昭僧正はこう詠みました。
旅の僧の御名は遍昭(へんじょう)と申され、いまは僧正の位におられるそうです。三〇年ほど昔に得度され、煩悩と戦いながら、歌で己を慰め励ましてこられたとか。
三〇年前といえば。
わたしが山科を飛び出した頃と同じです。奇縁ではありませんか。
「その頃は、拙僧も若かった。恋をしていた。叶わぬ恋であった」
「坊さまが恋を?」
「一族中に反対をされてな、恋しい女への逢瀬を邪魔されおった。せめて、あと一夜……押し込められて、あのときは往生しました。気狂いしたように暴れたので、軟禁されて。世間的にも遁世させられましてなあ。それで、何もかもが空しくなりましてのう。家を飛び出し、気がついたら、比叡山で得度しておりました」
そういってはにかむ遍昭僧正の横顔は、遠い記憶の何処かで、重なっておりました。
さて、どこで。
思い出せません。
「ところであなたさまは、如何にして、斯様落ち果てましたか?」
遍昭僧正の問いに、わたしも思わず
「恋に疲れました」
と答えました。
何やら気持が楽になっていたのでしょうか。つい心を許していた迂闊さも何処かにあったのでしょう。わたしが小野長友の娘であること、宮様のことなどを、包み隠さず遍昭僧正に話しました。
「ああ、惟喬親王さまのことならよく存じておった。拙僧もよく歌を詠み交わすために参上したことがある。いやあ、懐かしい」
なんでも遍昭僧正は、小野で木地師の道を歩まれた宮様と、よく歌を交わし会ったというのです。もしかしたら、在原業平さまとも懇意にしていたのではあるまいか。
懐かしさから、つい、伺おうとするのを辛うじて留めました。
大切な思い出です、軽々しく話題の種にはしたくありません。
「惟喬親王さまと最後に御会いしたのは二八年くらい前だった。親王さまはこんな歌で拙僧を詰られた」
遍昭僧正はこう詠みました。
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