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冬
……黄昏の果てに刻む無情(1)
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……刻は過ぎました。
在原業平さまが死して三〇年、藤原高子という御方は酷評の最中で没しました。淫奔……不貞の輩……数限りない悪評の根底には、暗愚なる陽成帝の生母という辛い立場があったものと推察します。
この御方もまた、政治の道具として、見事に使い捨てられたのです。
この三〇年という歳月は、人の世を大きく動かしました。
藤原一族の専横は、多くの心ある者たちによって閉ざされ、政治は清らかな営みを取り戻したかに見えました。しかし、藤原一族は再び息を吹き返しました。清らかなる右大臣菅原道真と申される御方は、その毒牙に貶められ、太宰府へ追放されました。その翌年、菅原道真と申される御方は雷神となって、己を貶めた者どもをすべて祟り殺したのです。
文化文芸の世界では、紀貫之という御人が『古今和歌集』を編纂、懐かしき在原業平さまや、艶やかなりし頃のわたしの歌が、その編に載せられたのです。
でも、山科を去ってからの刻は、もはや戻るものではござりません。
わたしはすっかり老いさらばえた。
我こそは小野小町と叫んでみても、今となっては顧みる者など誰一人ございません。
何よりも刻の重さを双肩に染み入らせたのは、在原業平さまの死を下ること一〇年足らずで、わたしの愛した宮様がこの世を去ったことでしょう。
いま、こうして彷徨っているわたしは、何処へ行けばいいというのでしょうや。
今年もまた春が巡り、木々に花を彩らせました。
夏の輝きのなかで、雲は高き峰を折り重ねました。
秋の風は、実りと雅を人の心に与えました。
そして、間もなく冬がやってきます。
凍てつく風、透き通る月光、闇の際立つ夜の帳……わたしにとって、一年のなかで辛く悲しい季節。そう、山科を出てからのわたしは、常に心の奥底が冬のようでした。
在原業平さまが死して三〇年、藤原高子という御方は酷評の最中で没しました。淫奔……不貞の輩……数限りない悪評の根底には、暗愚なる陽成帝の生母という辛い立場があったものと推察します。
この御方もまた、政治の道具として、見事に使い捨てられたのです。
この三〇年という歳月は、人の世を大きく動かしました。
藤原一族の専横は、多くの心ある者たちによって閉ざされ、政治は清らかな営みを取り戻したかに見えました。しかし、藤原一族は再び息を吹き返しました。清らかなる右大臣菅原道真と申される御方は、その毒牙に貶められ、太宰府へ追放されました。その翌年、菅原道真と申される御方は雷神となって、己を貶めた者どもをすべて祟り殺したのです。
文化文芸の世界では、紀貫之という御人が『古今和歌集』を編纂、懐かしき在原業平さまや、艶やかなりし頃のわたしの歌が、その編に載せられたのです。
でも、山科を去ってからの刻は、もはや戻るものではござりません。
わたしはすっかり老いさらばえた。
我こそは小野小町と叫んでみても、今となっては顧みる者など誰一人ございません。
何よりも刻の重さを双肩に染み入らせたのは、在原業平さまの死を下ること一〇年足らずで、わたしの愛した宮様がこの世を去ったことでしょう。
いま、こうして彷徨っているわたしは、何処へ行けばいいというのでしょうや。
今年もまた春が巡り、木々に花を彩らせました。
夏の輝きのなかで、雲は高き峰を折り重ねました。
秋の風は、実りと雅を人の心に与えました。
そして、間もなく冬がやってきます。
凍てつく風、透き通る月光、闇の際立つ夜の帳……わたしにとって、一年のなかで辛く悲しい季節。そう、山科を出てからのわたしは、常に心の奥底が冬のようでした。
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