麒麟児の夢

夢酔藤山

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第8話 一期に一度の会のやうに

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第8話 一期に一度の会のやうに②


 種村大蔵入道慮斎。蒲生家の家臣で、今度の移転につき、殿町の宛て地に屋敷を賜った。どの家でも、些か工夫を用いることが常であるが、この者は庭に築山を設けた。
「これは、日本一の富士に見立てた築山なり」
 そう自慢する声が、氏郷の耳に留まった。ふらりとお忍びでやってきた氏郷は、築山をみて一句思いついたと、含み笑いした。

  富士見ヌカ富士ニハ似ヌソ松坂ノ 慮斎カ庭ノスリコキカ嶽

「殿!」
「意地悪ではない、もっと物の観る目を養えということだ」
 そういって、詠んだ歌を短冊にしたため、築山に飾って屋敷を後にした。これは家臣を蔑むわけでも、辱めたわけでもない。もっとよく築くためには、実物をよくみて学ぶ努力をしろという鉄槌だ。事実、満座の恥でないところに、氏郷の奥ゆかしさがある。
 
 反面、鉄槌の例もあった。
 浪人から召し抱えた橋本惣兵衛は虚言がすぎる。痛い目に合わねば懲りぬ性分だった。禄を頂き、更に高禄を賜るならば子の一人二人は捨てても惜しくないという大言壮語を聞いた氏郷は、これを戒めるべく
「利で左右される者は、利に転び人を裏切るものだ。そのようなことでは仕官で約束した禄を渡すことが出来ぬゆえ千石取りに落とすこととしよう。それを不服と申すなら、ここに仕える甲斐なし」
と一喝した。
 氏郷は松坂という新天地で、城や町を強固にする以前に、人を大事にした。
 曽根昌世は普請に参加しない代わりに、旧主・武田信玄の極意を氏郷に教えた。それは、人材こそ一番の城塞であること。人は石垣、人は城、情けは味方、仇は敵、と。
「信玄入道の教えは、その跡に受け継がれなかったのか?」
「はい。だから、武田は滅んだのです」
 なるほど、信長ほどの男が唯一恐れた信玄。その死後一〇年たらずで戦国最強とうたわれた大名が滅亡したという教訓は、いまを生きる者にとっての戒めでもある。
「驕ることこそ、天の罰に値しよう」
 氏郷は、しみじみと思った。
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