8 / 65
第2話 東風をいたみ
しおりを挟む
第2話 東風をいたみ⑤
その年の暮れ。日野城下には雪もなく、伊吹山からの颪が枯れた田畑を駆け抜けていった。
農閑期、ここは都からの行商人が多い。人の出入りが多いということは、情報も多く交錯する。そのなかには他愛もないものから、大それたものまでと、多岐に富んだ。
「じいじはどう思う」
鶴千代の問いに、蒲生定秀は絵図を睨み、顔色を変えた。
「このこと、いつ?」
「昨日、商人から」
「うむ」
鶴千代の指摘は、こうだ。もしも伊勢に織田信長が再び攻めたなら、その目的は神戸友盛ではあるまいかと。これを下せば、草津へと甲賀越えの路が開ける。その商人は京と伊勢を往還するので、戦さになるのは困るのだというのだ。
「たしかに婿殿が討たれれば、そういうこともあり得る」
この甲賀へ至る道筋には、関盛信の領する亀山の山中もあった。迂闊だったと、定秀は呻いた。
「鶴千代、よう教えてくれたな」
「伊勢が勝てばいいのですけど」
「戦さのことは、やってみなければ分らぬよ。取り越し苦労になればいいが、それでも最悪な事態に備える必要がある。お前も大人になったら、そのこと、よく考えて行動することだ」
「はい」
定秀はこのことを賢秀と話し合った。
信長の伊勢攻めは他人事だと思っていたが、とんでもないところから尻に火が付いた心地だった。六角義定は決断のできぬ男だ。このこと、賢秀は六角義治に訴えた。
「観音寺城さえ守ればいい」
ただそれだけだ。
六角氏の視野の狭さは、肥沃な土地に根付いた他国への関心の薄さを意味している。正直なところ、六角氏の先は短いと、賢秀は口にこそしないが予感めいたのであった。
その年の暮れ。日野城下には雪もなく、伊吹山からの颪が枯れた田畑を駆け抜けていった。
農閑期、ここは都からの行商人が多い。人の出入りが多いということは、情報も多く交錯する。そのなかには他愛もないものから、大それたものまでと、多岐に富んだ。
「じいじはどう思う」
鶴千代の問いに、蒲生定秀は絵図を睨み、顔色を変えた。
「このこと、いつ?」
「昨日、商人から」
「うむ」
鶴千代の指摘は、こうだ。もしも伊勢に織田信長が再び攻めたなら、その目的は神戸友盛ではあるまいかと。これを下せば、草津へと甲賀越えの路が開ける。その商人は京と伊勢を往還するので、戦さになるのは困るのだというのだ。
「たしかに婿殿が討たれれば、そういうこともあり得る」
この甲賀へ至る道筋には、関盛信の領する亀山の山中もあった。迂闊だったと、定秀は呻いた。
「鶴千代、よう教えてくれたな」
「伊勢が勝てばいいのですけど」
「戦さのことは、やってみなければ分らぬよ。取り越し苦労になればいいが、それでも最悪な事態に備える必要がある。お前も大人になったら、そのこと、よく考えて行動することだ」
「はい」
定秀はこのことを賢秀と話し合った。
信長の伊勢攻めは他人事だと思っていたが、とんでもないところから尻に火が付いた心地だった。六角義定は決断のできぬ男だ。このこと、賢秀は六角義治に訴えた。
「観音寺城さえ守ればいい」
ただそれだけだ。
六角氏の視野の狭さは、肥沃な土地に根付いた他国への関心の薄さを意味している。正直なところ、六角氏の先は短いと、賢秀は口にこそしないが予感めいたのであった。
22
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
魔斬
夢酔藤山
歴史・時代
深淵なる江戸の闇には、怨霊や妖魔の類が巣食い、昼と対なす穢土があった。
その魔を斬り払う闇の稼業、魔斬。
坊主や神主の手に負えぬ退魔を金銭で請け負う江戸の元締は関東長吏頭・浅草弾左衛門。忌むべき身分を統べる弾左衛門が最後に頼るのが、武家で唯一の魔斬人・山田浅右衛門である。昼は罪人の首を斬り、夜は怨霊を斬る因果の男。
幕末。
深い闇の奥に、今日もあやかしを斬る男がいる。
2023年オール讀物中間発表止まりの作品。その先の連作を含めて、いよいよ御開帳。
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
戦国三法師伝
kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。
異世界転生物を見る気分で読んでみてください。
本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。
信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
春嵐に黄金の花咲く
ささゆき細雪
歴史・時代
――戦国の世に、聖母マリアの黄金(マリーゴールド)の花が咲く。
永禄十二年、春。
キリスト教の布教と引き換えに、通訳の才能を持つ金髪碧眼の亡国の姫君、大内カレンデュラ帆南(はんな)は養父である豊後国の大友宗麟の企みによってときの覇王、織田信長の元に渡された。
信長はその異相ゆえ宣教師たちに育てられ宗麟が側室にしようか悩んだほど美しく成長した少女の名を帆波(ほなみ)と改めさせ、自分の娘、冬姫の侍女とする。
十一歳の冬姫には元服を迎えたばかりの忠三郎という許婚者がいた。信長の人質でありながら小姓として働く彼は冬姫の侍女となった帆波を間諜だと言いがかりをつけてはなにかと喧嘩をふっかけ、彼女を辟易とさせていた。
が、初夏に当時の同朋、ルイスが帆波を必要だと岐阜城を訪れたことで、ふたりの関係に変化が――?
これは、春の嵐のような戦乱の世で花開いた、黄金(きん)色の花のような少女が織りなす恋の軌跡(ものがたり)。
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる