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川瀬省吾⑨
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約束通り、午前9時に足立区にある〇〇マンションの201号室の前に俺はいた。
約束の時間を5分過ぎたところで、201号室のドアが開き、教祖の田中篤が俺を部屋に招き入れた。
「約束通り来て頂けましたね。それでは早速、今回の依頼の詳細を説明しましょう」
リビングに案内され入ると、部屋には冷蔵庫やテレビ、パソコンなどはあったものの、日常的な生活用品は一切無かった。
今回の依頼の為だけに部屋を借りたのだと思う。
そして部屋の中央には、1人の男性が目隠しと耳栓をされ、うなだれたまま椅子に座らされていた。
「まず今回殺害してほしいのが、現東京都知事で【光正学会】の前トップだった佐藤幸治さんです。理由は察しの良い川瀬さんなら分かりますかね?
私、今期の東京都知事選に出馬するんですけどね、佐藤幸治さんがどうも邪魔なんですよ。
そしてここに目隠しされている彼は【光正学会】の幹部の1人でしてね、宗教団体内部で殺人が起きたらその団体も終わりですよねぇ。私にとっても【笑顔の民】にとっても正に一石二鳥なんですよ」といつもの優しい口調と笑顔で言った。
この表情でこれだけの事を言える田中篤という人間は、やはり常軌を逸していた。
「大体分かりました。昨日も言いましたけど、誘導するのに大体2週間くらいかかります。それでも構いませんね?」と改めて確認をする。
「構いません。ちゃんと殺してさえ頂ければ全てあなたに任せます」と笑顔のまま答えた。
「分かりました。では早速準備に取り掛かるので、この方と2人きりにさせてください」
「分かりました。部屋にあるものはなんでも使用してもらって構いません。また必要なものがあったら遠慮なく言ってください。準備させるのでね。
あと部屋は防音になっているので、音漏れは気にしなくても大丈夫ですよ。では殺害日時や進行状況など色々決まったら連絡してください」
そう言って教祖は、部屋の鍵を置いて出て行った。
拘束されている男性と2人きりになると早速準備に取り掛かった。
目隠しと耳栓を外し、目を見つめて丁寧に話し始める。
「こんな事に巻き込んでしまい本当にすみません。ただこれからあなたにはこの東京を守って頂きたいと思います」
「いきなりなんなんだ! 巻き込む? 東京を守る? 言っていることがさっぱりわからないんだよ! こんな事してタダで済むとは思うなよ! 俺には【光正学会】のバックが付いているんだからな」と怯えながらも声を張り上げた。
圧倒的に不利な状況と、これからこの男性にする事を考えると、少し不憫に思えたが、茜とお腹の赤ちゃんの為、腹をくくる。
「そうですよね。いきなりこんな状況では理解できないですよね。だからこれからあなたにある動画を見てもらって、色々理解して頂きたいと思います。そして【光正学会】の前トップだった、佐藤幸治さんの事もよく理解して頂こうと思います」
そう言って持ってきていたバッグからパソコンやHMD(ヘッドマウントディスプレイ)などを取り出して、準備を始めた。
HMDを使用してVR(仮想現実)を体験させる事で、今回この男性を多重人格者に変える手筈となっている。
「佐藤様の理解? お前より理解しているに決まっているだろ! や、やめろ! なんなんだ!」
男性の話を最後まで聞かずに、HMDを装着して再び視覚と聴覚を支配した。
そして今回の為に特別に制作してきた動画を流した。
動画が始まり、数分経った時に豚のレバーなどを切り、男性の前に置いた。
強烈な血の匂いは男性の嗅覚に強い刺激を与えている。
そして流れている動画を見て、怯えた様子で
「……や、やめろ! やめろぉ! やめてくれぇー! なんて酷い事を……オェッ」と叫び、嘔吐した。
流れている動画は、残虐且つ酷《むご》い殺人をまとめたものだ。そしてその合間に、毎回佐藤幸治の演説を音無しで少し流した。
殺人の内容は本当に色々な種類のものを集めた。
小さい子供達の大量虐殺やナイフで繰り返し刺し、絶叫しながら絶命するものなど、もっと酷いものもあった。
この手の動画は普通には手に入らないが、ちょっとしたハッキング技術があれば、海外のサーバーからいくらでも入手できる。
これをVRで体験させ、あたかも目の前で残虐な殺人が起きているような感覚を、繰り返し繰り返し味あわせる。
視覚、聴覚、嗅覚でその経験をすると、普通の人間なら数日で精神崩壊が始まる。
多重人格のメカニズムは、主人格にかかる過度な精神的、肉体的なストレスを他の人格を形成し、分散する事を目的として起きる。
一種の防衛反応と言えるだろう。
更に今回殺人の動画の合間に佐藤幸治の音無しの動画を挟む事で、残虐な殺人と佐藤幸治をこの男性に無意識のうちに関連付けさせた。
初めは無音だったはずの佐藤幸治の動画も繰り返し見る事と、精神状態が不安定になる事が重なると、幻聴のように頭の中で音声が加えられる。
これにより残虐な動画を見る事で、自分が感じている精神的なストレスが、佐藤幸治によるものだと錯覚するようになるのである。
この事からも人間の脳は実に曖昧で、都合良く出来ていると言える。
今説明した動画を男性に、リピートで見せ続けた。
ーー1週間後ーー
あまりの精神的ストレスに男性はグッタリしている。だが動画を見せ続けた。
「……やめ……ろ。殺さないでくれ……助けてやって……くれ」と弱々しい声で呟いた。
その頬には今にも枯れそうな涙が、数滴流れている。
「そろそろ……かな」
男性の様子を見ると、主人格の限界を迎えようとしているのが分かった。
とどめを刺すべく、動画の音量を上げた。
たかが音量を上げるだけ? と思うかもしれないが、ここまでストレスを感じている人には、この程度のほんの少しのきっかけで十分だった。
音量を上げた動画を見ると男性の体がビクンと電流が流れた様に痙攣した。
そして顔は下を向き、完全に気を失った……
数秒後、ハッと頭を上げたのでHMDを外し会話を始める
「悔しいです。許せないです! あの佐藤幸治という男に私は子供を殺されました……どうしても許せないんです。どうすればいいんだ」と涙を流し、男性に演技をして見せた。
「そうなの? おじさん可哀想だね。僕が仇を討ってあげるよ! 僕も佐藤幸治って人どうしても許せないんだ。あいつは色んな人を騙し、殺してきた……
僕が殺してあげる。そしてみんなを守るよ」と笑顔で言ってきた。
口調や表情からすると、どうやら小学生くらいの男の子の人格が現れたみたいだ。
そして狙い通り佐藤幸治を憎んでいる。
「ありがとう……君は私のヒーローだよ。絶対に佐藤幸治を殺してくれ」
「任せて! 僕はみんなのヒーローだから」と力強く男性は言い切った。
準備は整った。後はこの人格を意図的に出現させて、犯行に臨んでもらうだけだ。
また元の主人格に戻ったら、繰り返しあの動画を見せる。そして頃合いを見て音量を上げ、この小学生くらいの男の子の人格を出現させる。それを数回行えば意図的に人格を操る事が出来るだろう。
俺は【笑顔の民】の田中篤に電話をかけ、準備が整った事を伝えた。
そして佐藤幸治のスケジュールを確認し、1週間後、殺害を決行する事に決めた。
約束の時間を5分過ぎたところで、201号室のドアが開き、教祖の田中篤が俺を部屋に招き入れた。
「約束通り来て頂けましたね。それでは早速、今回の依頼の詳細を説明しましょう」
リビングに案内され入ると、部屋には冷蔵庫やテレビ、パソコンなどはあったものの、日常的な生活用品は一切無かった。
今回の依頼の為だけに部屋を借りたのだと思う。
そして部屋の中央には、1人の男性が目隠しと耳栓をされ、うなだれたまま椅子に座らされていた。
「まず今回殺害してほしいのが、現東京都知事で【光正学会】の前トップだった佐藤幸治さんです。理由は察しの良い川瀬さんなら分かりますかね?
私、今期の東京都知事選に出馬するんですけどね、佐藤幸治さんがどうも邪魔なんですよ。
そしてここに目隠しされている彼は【光正学会】の幹部の1人でしてね、宗教団体内部で殺人が起きたらその団体も終わりですよねぇ。私にとっても【笑顔の民】にとっても正に一石二鳥なんですよ」といつもの優しい口調と笑顔で言った。
この表情でこれだけの事を言える田中篤という人間は、やはり常軌を逸していた。
「大体分かりました。昨日も言いましたけど、誘導するのに大体2週間くらいかかります。それでも構いませんね?」と改めて確認をする。
「構いません。ちゃんと殺してさえ頂ければ全てあなたに任せます」と笑顔のまま答えた。
「分かりました。では早速準備に取り掛かるので、この方と2人きりにさせてください」
「分かりました。部屋にあるものはなんでも使用してもらって構いません。また必要なものがあったら遠慮なく言ってください。準備させるのでね。
あと部屋は防音になっているので、音漏れは気にしなくても大丈夫ですよ。では殺害日時や進行状況など色々決まったら連絡してください」
そう言って教祖は、部屋の鍵を置いて出て行った。
拘束されている男性と2人きりになると早速準備に取り掛かった。
目隠しと耳栓を外し、目を見つめて丁寧に話し始める。
「こんな事に巻き込んでしまい本当にすみません。ただこれからあなたにはこの東京を守って頂きたいと思います」
「いきなりなんなんだ! 巻き込む? 東京を守る? 言っていることがさっぱりわからないんだよ! こんな事してタダで済むとは思うなよ! 俺には【光正学会】のバックが付いているんだからな」と怯えながらも声を張り上げた。
圧倒的に不利な状況と、これからこの男性にする事を考えると、少し不憫に思えたが、茜とお腹の赤ちゃんの為、腹をくくる。
「そうですよね。いきなりこんな状況では理解できないですよね。だからこれからあなたにある動画を見てもらって、色々理解して頂きたいと思います。そして【光正学会】の前トップだった、佐藤幸治さんの事もよく理解して頂こうと思います」
そう言って持ってきていたバッグからパソコンやHMD(ヘッドマウントディスプレイ)などを取り出して、準備を始めた。
HMDを使用してVR(仮想現実)を体験させる事で、今回この男性を多重人格者に変える手筈となっている。
「佐藤様の理解? お前より理解しているに決まっているだろ! や、やめろ! なんなんだ!」
男性の話を最後まで聞かずに、HMDを装着して再び視覚と聴覚を支配した。
そして今回の為に特別に制作してきた動画を流した。
動画が始まり、数分経った時に豚のレバーなどを切り、男性の前に置いた。
強烈な血の匂いは男性の嗅覚に強い刺激を与えている。
そして流れている動画を見て、怯えた様子で
「……や、やめろ! やめろぉ! やめてくれぇー! なんて酷い事を……オェッ」と叫び、嘔吐した。
流れている動画は、残虐且つ酷《むご》い殺人をまとめたものだ。そしてその合間に、毎回佐藤幸治の演説を音無しで少し流した。
殺人の内容は本当に色々な種類のものを集めた。
小さい子供達の大量虐殺やナイフで繰り返し刺し、絶叫しながら絶命するものなど、もっと酷いものもあった。
この手の動画は普通には手に入らないが、ちょっとしたハッキング技術があれば、海外のサーバーからいくらでも入手できる。
これをVRで体験させ、あたかも目の前で残虐な殺人が起きているような感覚を、繰り返し繰り返し味あわせる。
視覚、聴覚、嗅覚でその経験をすると、普通の人間なら数日で精神崩壊が始まる。
多重人格のメカニズムは、主人格にかかる過度な精神的、肉体的なストレスを他の人格を形成し、分散する事を目的として起きる。
一種の防衛反応と言えるだろう。
更に今回殺人の動画の合間に佐藤幸治の音無しの動画を挟む事で、残虐な殺人と佐藤幸治をこの男性に無意識のうちに関連付けさせた。
初めは無音だったはずの佐藤幸治の動画も繰り返し見る事と、精神状態が不安定になる事が重なると、幻聴のように頭の中で音声が加えられる。
これにより残虐な動画を見る事で、自分が感じている精神的なストレスが、佐藤幸治によるものだと錯覚するようになるのである。
この事からも人間の脳は実に曖昧で、都合良く出来ていると言える。
今説明した動画を男性に、リピートで見せ続けた。
ーー1週間後ーー
あまりの精神的ストレスに男性はグッタリしている。だが動画を見せ続けた。
「……やめ……ろ。殺さないでくれ……助けてやって……くれ」と弱々しい声で呟いた。
その頬には今にも枯れそうな涙が、数滴流れている。
「そろそろ……かな」
男性の様子を見ると、主人格の限界を迎えようとしているのが分かった。
とどめを刺すべく、動画の音量を上げた。
たかが音量を上げるだけ? と思うかもしれないが、ここまでストレスを感じている人には、この程度のほんの少しのきっかけで十分だった。
音量を上げた動画を見ると男性の体がビクンと電流が流れた様に痙攣した。
そして顔は下を向き、完全に気を失った……
数秒後、ハッと頭を上げたのでHMDを外し会話を始める
「悔しいです。許せないです! あの佐藤幸治という男に私は子供を殺されました……どうしても許せないんです。どうすればいいんだ」と涙を流し、男性に演技をして見せた。
「そうなの? おじさん可哀想だね。僕が仇を討ってあげるよ! 僕も佐藤幸治って人どうしても許せないんだ。あいつは色んな人を騙し、殺してきた……
僕が殺してあげる。そしてみんなを守るよ」と笑顔で言ってきた。
口調や表情からすると、どうやら小学生くらいの男の子の人格が現れたみたいだ。
そして狙い通り佐藤幸治を憎んでいる。
「ありがとう……君は私のヒーローだよ。絶対に佐藤幸治を殺してくれ」
「任せて! 僕はみんなのヒーローだから」と力強く男性は言い切った。
準備は整った。後はこの人格を意図的に出現させて、犯行に臨んでもらうだけだ。
また元の主人格に戻ったら、繰り返しあの動画を見せる。そして頃合いを見て音量を上げ、この小学生くらいの男の子の人格を出現させる。それを数回行えば意図的に人格を操る事が出来るだろう。
俺は【笑顔の民】の田中篤に電話をかけ、準備が整った事を伝えた。
そして佐藤幸治のスケジュールを確認し、1週間後、殺害を決行する事に決めた。
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