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青木 森

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14_歪の章_32

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 殺されかけた恐怖から、扉の前に近づく事さえためらっていた部屋ではあるが、恐怖心を凌駕する不安感を以って開けた室内には、
「いないなぉぅ!?」
 津波の様に押し寄せる不安。しかし、その不安を自らの言葉で打ち消そうと、
(ふぁ、ファティマは、なにをアセッテルなぉぅ……ふたりがフラッとでかけうのは、いつものことなぉぅ……)
 心に言い聞かせながら落ち着きを演じると、静かに扉を閉め、灯りを点けたリビングに戻った。
「!」
 ふと気づく、テーブルの上に置かれた白い洋封筒。
 真ん中には手書きで、
『ファティマへ』
「!?」
 ギクリと身を硬直させるファティマ。再び大きく頭をもたげ始める不安感に、恐る恐る封筒を手に取り、中の手紙に目を通す。
「ッ!!」
 悲痛な表情に顔を歪め、部屋から飛び出す。手紙をきつく握り締め。
 コーギーとヴァイオレットは、砂漠の丘の頂上から麓を凝視。焦る内心をひた隠した固い表情で、
「奇遇ですねぇ、この様な夜中に散歩ですか?」
「仲が良いのでございますですわねぇ」
 月明りに照らされ立っていたのは、妖艶な笑みを浮かべるアナクスと、口元に薄笑いを浮かべるアナスであった。
 ホテルの廊下を必死の形相で走るファティマ。エレベーター昇降口に一瞥もくれずスルーして階段に駆け込み、転がりそうな勢いで駆け下りる。

 ≪いとしきファティマへ。
 お別れでありんす。
 可笑しなモノでありんす。筆を手にする前は、伝えておきたかった想いなど色々あった筈でありんすが、いざ言葉にしようとすると中々にして難しい物でありんす。
 ヌシには人知を超越した丈夫な体と、身を守る術を与え、脳の中には、妾の持つ知識の一部も入れたでありんす。幼くとも、一人で生きるに困る事はありんしょう。
 それに今の町ならば、ヌシを受け入れてもくれんしょう。
 ファティマ、ヌシのくれた日向のようなひと時に、感謝するでありんす。
 しかし妾の心は、ヌシからも大切な者を平静に奪った闇。共に居れば、いつかヌシの命とて。
 ヌシと出会い、妾の中に「新たに芽吹いた心」は眩し過ぎるる故、ヌシの下に置いて行くでありんす。
 健やかに。
 健勝で。
 幸多き事を願っているでありんす。
 ファティマ、
 おさらばぇ≫

(イヤなぉぅ!)
 大粒の涙をこぼしながらホテルのロビーを駆け抜けるファティマ。
 外へと飛び出し、
(もぅ……もぅヒトリはいやなぉぉおぉっぉおっぉ!)
 夜の雑踏へと消えて行った。
 行く当てなどないまま。
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