CLOUD(クラウド)

青木 森

文字の大きさ
上 下
440 / 535

14_歪の章_7

しおりを挟む
 慌てて声を潜め、
(あれはクローザーのアナクスでは……)
(ですよね……)
 探し求めていた強敵の、いきなりとなる出現に息を呑み、
「で、では先ほど店員が話していた事は……」
「です。これで確信が持てました。あの少女と共に居た医師はスティーラーで、彼を破壊し、町の兵士たちに多くの死傷者を出したのは「上位クローザー」の二人です」
「何と言う事でございますですのぉ……ファティマちゃんは、スティーラーとクローザーの戦いに巻き込まれたのでございますですわねぇ……」
 幼い身に降りかかった不遇の境遇を思い、眉を顰めたが、同時に素朴な疑問も頭をよぎり、
「ですが何ゆえ、ムスカムア(スティーラー)とアナクス(クローザー)は、ファティマちゃんを連れ歩いているのでしょう……」
 自問自答するかのように呟き、考え込んでいると、
『狙いが見え見えでありんすぅ! 何度言ったら分かるでありんすぅ!』
 怒声と共に、アナクスの右掌がファティマの小さな腹部にめり込んだ。
「カァハッ……ハッァ……」
 掌底を打ち込まれ、前のめりで地面に手を着くファティマ。
 その光景にヴァイオレットは使命も忘れ、
「理由なんて「どうでも良い」でございますですわ!」
 血相変えてベンチから飛び出そうとしたが、コーギーが肩をグッと押さえて動きを制し、
(何処に行くつもりですか!)
(ファティマちゃんを助けに決まっていますですわァ!)
(上位クローザーと無策で真正面からぶつかる気ですかァ!)
(見殺しにするおつもりでございますですのぉ!? あのままではファティマちゃんが、なぶり殺されてしまいますですわァ! 先ほどの方々も「憂さ晴らし」と言っていたではないですかぁ!)
(ひと先ず落ち着いて下さい!)
(あたくし達以外に誰が彼女を助けられるんでございますですの!)
 そんな事など百も承知のコーギーは堪らず、
(僕たちが負ける訳にはいかないんですよォ!!)
(!)
 ハッとするヴァイオレット。
(一時の感情に流されないで下さい! 僕たちが負けたら、兄さんや貴方のお姉さん達、そして世界の人々に終わりがもたらされるのですよ!)
「わ……分かっています……分かっていますで、ございますですわ……しかし……」
 口籠り、見守る事しか出来ない非力にうつむくと、
「気持ちは分かるつもりです、ヴァイオレット……ですが落ち着いて、二人を、よく見て下さい」
 諭される様に促され、
「…………」
 静かに顔を上げると、ベンチの背もたれ越しにそっと様子を窺った。
「立でありんすぅ! 敵は待ってはくれないでありんすぇ!」
 凛然とした表情で言い放つアナクス。地に手を着くファティマが、そんな彼女の顔を、歯を食い縛って見上げ、
「ぐくっっ……」
 挑む気迫を以って立ち上がると、
「そうでありんす!」
 厳しい表情の中にも微かな喜びを滲ませ、
「敵から目を離してはいけないのでありんすぇ!」
 その光景は先入観を持たずに見ると、紛れも無く「ファティマの為」に行っている稽古であった。
 アナクスを「育ての親の仇」として見ているであろうファティマに、その想いが、どの様に受け取られているかは不明であるが。
 コーギーはアナクスに存在を認識されないよう、遠巻きに見つめる町の人達と同様にそれとなく稽古を眺め、
「僕には「憂さを晴らしているダケ」の様には見えませんが……」
「…………」
「ヴァイオレットには、どう見えていますか?」
(……ですわ…………)
 呟きに、コーギーは変わらぬ作り笑顔の中に本当の笑顔を滲ませ、
「少し様子を見て見ましょう」
 二人はしばらく様子を窺う事にした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

我慢できないっ

滴石雫
大衆娯楽
我慢できないショートなお話

処理中です...