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青木 森

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13_流転の章_50

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 一時間ほど後―――
 ナース服に着替えたファティマの姿が、とある病院の一室にあった。
「はぁ~」
 深いため息を吐くと、
「ファティマちゃん、どうかしたのかい?」
 ベッドの上で体温測定をしてもらっていた患者が、自分の事の様に不安げな表情で顔を覗き込み、ハッと我に返ったファティマは、
(イマはシゴトちゅうなぉぅ。シゴトにシュウチュウ、シュウチュウなぉぅ!)
 自身に言い聞かせつつ、
「なんでもないなぉぅ!」
 笑って誤魔化し、体温計の数値を確認。
「タイオンはモンダイないなぉぅ」
 数値をバインダーに記入すると、困り者二人と同居している事を知る患者は彼女の気苦労を察し、
「ファティマちゃんの方は「問題あり」みたいだけどなぁ」
 気遣いに、苦笑いを返し病室を後にした。
 次の病室へと向かい歩き、
(アサはヒドイめにあったなぉぅ……)
 再び大きなため息を一つ。
 彼女は無事に難(クローザーの女の撮影会)から逃れていた。
 恐れおののくファティマを顧みず、今まさに「邪な撮影会」が始まろうか言う刹那、クローザーの男が再度朝食の誘いに来た事が功を奏し、逃れる事が出来たのであった。
 それが無ければ完全に遅刻、いや遅刻ならまだしも、あの欲望に満ちた邪な顔を見る限り、下手をすればモデルとして一日中監禁されていた可能性すらあった。
 最悪の光景を想像し、
(オソロシイなぉぅ)
 思わず身震い。
 すると背後から、
「先輩、お風邪ですか? 風邪には気を付けて下さいね」
 優しい女性の声に、
「なぉぅ……」
 少々困惑気味の笑顔で振り返る。
 そこにいたのは、ナース服に身を包んだ二十代前半くらいの女性看護師。彼女はクローザーの女の稽古に参加する一人であり、ファティマは彼女たち門下生から、先んじて女の稽古を受けていた事で「先輩」と呼ばれていた。
「ふぁ、ファティマは、すこしはやくおそわってたダケなぉぅ。みんなのホウがオネエサンで、ファティマは「センパイ」なんてよばれるみたいなリッパじゃないなぉぅ」
 町の人たちとの関係性を崩さない為にも困惑は極力胸の内に留め、精一杯の笑顔でそれとなく拒否して見せると、女性看護師は天使を前にでもしているかのように胸元で両手を合わせ、
「いいえ。そんな事はありませぇん」
「?」
 キョトン顔のファティマを、神々しい者でも見つめるかのように目を細め、
「先輩は立派でぇす。自らを戒め、贖罪と称して患者さんを治療して回るなんてぇ、戒めを口にする事は誰にでも出来まぁすが、実践するなど大人でも容易な事ではありませぇん」
「…………」
 過剰反応とも思える「持ち上げ過ぎ」に、悪い人物ではないと理解しつつ、
(どうしてファティマのまわりは「ヘンなオトナ」ばかりあつまるなぉぅ……)
 自らの「変人呼び寄せ体質」に閉口していると、
「それに……」
「なぉぅ?」
「一見すると大人びた行動をとっているのに、ご自身の事を「名前呼び」するところのギャップも堪らないでぇす! キャ!」
 ポッと顔を赤らめた。
「な、ぁ、なぉぅぅ!?」
 地味にショックを受けるファティマ。
 自覚がなかった。一人称が「ワタシ」から「ファティマ」へと変わっていた事に。
 彼女は「ファティ坊」と呼ばれる事に拒絶を示し「ファティマはファティマなぉぅ」と言い続けているうち、一人称を名前呼びする癖が付いてしまっていたのであった。
(なんてコトなぉぅ……)
 内心で愕然とするファティマ。
 一日も早く二人(クローザーの男女)から逃れる為、駆け足で大人になろうとあがく中、自覚症状が無かったとは言え、子供っぽい部分を指摘されてショックを受けたのである。
「どうかしましたかぁ、先輩ぃ?」
 他意無く、不思議そうに顔を覗き込む女性看護師に、ファティマは動揺を隠せなかったが、
「な、何でもないなぉぅ♪」
 頑張って作った笑顔でお茶を濁すと、
「それと、前々から気になっていた事があるんですけどぉ」
「!?」
(まっ、まだナニかあるなぉぅ!?)
 引きつり笑顔のファティマに、
「先輩と御姉様って、どう言う関係なんですか?」
「なぉぅ?」
(カンケイ?)
 唐突な質問に、どう答えて良いモノか考えていると、
「とっても「仲良しさん」ですよね♪」
「のぉおぉ!?」
 本日最大の衝撃を受けるファティマ。脳内で何度も鳴り響く『仲良しさん』の残響音。
 しかし天然系ゆえの女性看護師の無垢な指摘は続き、
「何でも言い合える、気の置けない間柄と言うかぁ~」
(なぉうっぅぅっぅ!?)
 トドメの一撃。

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