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青木 森

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13_流転の章_46

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 数日前、二人の下に「ムスカムアのクローザー」がやって来ていた。
 来訪を待ち望んだ「強き者たちの一人」との対峙に二人は歓喜し、先ずは男が手合わせを行ったのであるが……期待は大きく裏切られる結果となった。
たった一振り。
ロイドの時と同じく、たったの一振りで雌雄は決し、ムスカムアのクローザーは他の敗者たちと同様、その場で滅却処分されたのであった。
「妾も出会いに喜びんしたがぁ~」
 女は遠い目をしてため息交じり、
「今に思えばぁ相手は下位、六位のクローザーでありんすぅ。上位の妾やヌシに敵う筈がありんせぇん」
 すると男は再び大きなため息を一つ吐き、
「こんな事なら下位のクローザーになった方が、上位を倒す楽しみがあったでござろうかぁ」
「何を言うでありんすぅ」
 女はやおら起き上がり、
「最強を目指すが弱者になりんしたら本末転倒でありんしょう」
 気怠そうな物言いのままではあったが、すかさず苦言を呈すと、男は他意無く「ハハハ」と笑い、
「暇ゆえの単なる戯れ事、冗談でござるよ。然るに、お主……」
「?」
「ヌシの吐息のワケも、「衣の事だけ」ではあるまい?」
 察した笑顔を見せると、
「まったくでありんすぅ」
 女は両頬を餅の様にぷっくり膨らませ、
『ファティ坊の成分が足りないでありんすぅうぅぅう!』
 駄々っ子の様に両手両足をバタバタ。不服を全面に押し出し、
「何ゆえファティ坊は、妾より衆愚との時間を選ぶでありんしょうぉ」
「ハハハハハ。「育ての親の仇」以前に、構い過ぎるからでござらぬかぁ?」
「愛くるしきモノを愛でて何が悪いでありんすぅ!」
 心外そうに憤慨し、
「それにでありんすぅ、妾はヌシが言うほどファティ坊を構いなど、」
 否定し掛けた瞬間、扉が開き、
「もどったなぉぅ」
 すると女は妖艶さのカケラも無い満面の笑顔で、
「「ただいま」でありんしょう、ファティ坊ぉ! 待ちんしたぇえぇぇぇ!」
 小さく細い首元に飛びつき、
「ファティマは「ファティ坊」じゃないなぉぅ!」
 抵抗するファティマを物ともせずに頬擦り。
 その、孫を猫可愛がりする祖父母の様な姿に、
(それが構い過ぎと言っているでござるがぁ……)
 男が苦笑いしていると、
「かえりたくなかったのに、「ただいま」なんていいたくないなぉぅ!」
 プイッと顔を逸らしたが、女はそんな彼女の両頬を笑顔で挟んで自分の方に無理矢理向かせ、
「その様な態度を、妾にとって良いでありんすかぁ~?」
「!」
「この町が生きるか死ぬるか、ファティ坊の妾に対する献身によりんすぇ」
 無論、弱者をいたぶって楽しむ嗜好など持ち合わせていない彼女の冗談ではあるが、そうと知らないファティマは、すかさず満面の引きつり笑顔で、
「ただいまもどりましたぁなぉぅ!」
「うんうん。素直な童は大好きでありんすぅ」
 満足げな笑顔に、
(単なる「脅迫」と思うでござるが……)
 男は思わずヤレヤレ笑い。
 すると今度はファティマが女の目を真っ直ぐ見据え、
「それならファティマのことも「ファティマ」って、いってほしいなぉぅ」
「!」
「ファティマは、ファティマなぉぅ!」
 しかし、
「イヤでありんすぅう」
 子供の様に素気無くプイっと横向き、拒否する女。ファティマの両頬から手を放し、
「愛らしいファティ坊の事を『ファティ坊』と呼んで何が悪いでありんすぅ」
 含んだ所も、悪気も感じられない物言いで言い放ち、
「妾のファティ坊は、ファティ坊でありんすぅ!」
 キュッと抱き締めた。
「…………」
 呆れ顔のファティマ。
(ダメなオトナなぉぅ……)
 抗う術も無く、もはやされるがまま。
 その様子に、
(相変わらず(心惹かれる事柄に対し)大人げないでぇござるなぁ……)
 呆れ笑う旧知の間の男。
 すると女は急に思い出した様に、
「稽古の時間でありんす!」
「なぉぅ!? でも、」
 病院から帰って一息もついていないファティマの二の句を待たず、
「行くでありんすぅ!」
 手を取ると一分一秒を惜しむかのように、着替えもせずに部屋から飛び出して行った。
 ポツンと一人残される男。
「せっかちも相変わらずでござるなぁ」
 困惑の笑顔で二人を見送ったが、その眼の奥には何かしらの怪訝が浮かんでいた。

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