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12.胎動の章_19
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数日後、オーストラリア首都キャンベラ―――
ニューサウスウェールズ州内にありながら特別自治を認められた、神奈川県ほどの面積を有するオーストラリア首都特別地域内にある町。
州の中に州がある様な独特な地理となっているのは、国の成り立ちの折り、大都市であった「シドニー」と「メルボルン」が首都となる事を互いに譲らなかった為、双方の中間地点であった「キャンベラ」に首都を置くと決めた経緯があった為である。
その様な州都内にある、一般的な貸しビルとは形状を異にする、現代建築アート的であり、特異な形状をした大型ビル。この国の大手テレビ放送局の一つが入る建物である。
ビルの地下に向けて緩やかなカーブを描くスロープを下りる、特徴的な外観を持った一台のワゴン車。その独特な形状と側面に描かれた同社のロゴから、同社の所有する中継車である事が分かる。
階下は駐車場となっていて、中継車は空きスペースに駐車。駐車するなり、車内から局のスタッフジャンパーとキャップで身を包んだ、技術スタッフと思しき社員八人が、わらわらと降車し、三人は足早に無言のうちに散り、五人は撮影機材を手に手に、同じ方角へ足早に歩き始めた。
華やかなイメージのあるテレビ局の通路とは思えない、薄暗く、人の気配が感じられない廊下をズンズン進む五人。それでも局の社員と思しき何人かに遭遇して挨拶を投げ掛けられたが、五人は足を止めること無く軽く会釈を返すに留め足早に歩き続けた。まるで何かに導かれるように。
やがて五人が辿り着いた先―――
そこは、この国の人間ならば誰しも一度は目にした事のある、名の知れたニュース番組用セットが組まれたスタジオであった。しかし、予め「使用スケジュール」を確認していたのかスタジオ内は無人。
揃いのスタッフジャンパーに身を包んだ五人組のうち、三人が全ての出入り口を施錠して回り、残りの二人はニュースキャスター席まで来ると、
「メイクを、お願いしますわぁ♪」
聞き覚えのある声の一人が、キャップとスタッフジャンパーを脱いだ。マリアである。しかもどうやって中に着込んでいたのか上着を脱ぐと、久々となる「お姫様ドレス」。いわゆる、彼女の「勝負服」である。
「任せてぇ!」
キャップとスタッフジャンパーを脱ぎ、対抗する様にアイドル風の決めポーズを見せるのはジゼ。
その姿に、施錠して回っていた三人組の一人であるヤマトは苦笑い、
(ジゼは映らないだろぉ……)
周辺警戒も兼ねているため、外部に存在を知られない様に声は出さず、心の中でツッコんだ。
彼らは、国民的ニュース番組のスタジオをジャックしてマリアの演説を国中に放送する事により、元女王である彼女の「この国の現状」に対する憂いを、想いを、より強く、より鮮明に、国民へ印象付けようと考えたのである。
「馬鹿やってねぇでサッサと始めろやァ!」
声を潜める事に努めたヤマトと相反し「どうせ今から存在を知らしめるから」と苛立ち露わに、施錠して回りながら歯に衣着せぬツッコミを入れるのはジャック。
そして施錠して回っていたラストの一人は、ナクア。
「終わったぁ。うぬぅ。早く済ませ、て、リリィ、に会いたい」
担当箇所の施錠と確認が終わると、持ち込んだパソコンに何事か打ち込み始めた。
ヤマトも担当箇所が終わり、「今更俺だけ声を潜めても」と言わんばかり、
「終わったぞォ!」
「こっちもだ!」
ジャックも声を上げ、スタジオの端々から上がる声に、メイク道具を手にしたジゼは満足げな笑み浮かべ、
「こっちも終わったよぉ♪」
声を上げながら、マリアに手鏡を手渡した。
「ありがとう、ジゼぇ」
仲間たちを信じているからなのか、微塵の不安も感じさせない笑みを浮かべ、鏡を覗き込むマリア。綺麗に整えられたナチュラルメイクに、
「ありがとう」
微笑むと、
「どういたしましてぇ」
ジゼも笑みを返し、
「後はよろしくねぇ」
「ここまでしていただいたのですから、もちろんですわ」
頷き合うと、ジゼはメイク道を片付け、今度は放送用スタジオカメラを操作して、キャスター席のマリアにレンズを向けた。
(いよいよですわぁ)
カメラの向こう側にいる全ての国民と対峙する様に、凛然とした表情でレンズを見つめるマリア。
「そろ、そろ、時間だ、よ」
ナクアの一声で、スタジオ内に緊張が走る。
いつもと変わらぬ「不思議なセンテンス」のナクアの声からは、緊張感は感じられなかったが。
「サ、ンだよ。ニ、ィだよ。イ、チだよ」
独特なカウントダウンが終わると、
「ホウソウ、をカイシ」
無表情のナクアはパソコンのエンターキーを弾いた。
ニューサウスウェールズ州内にありながら特別自治を認められた、神奈川県ほどの面積を有するオーストラリア首都特別地域内にある町。
州の中に州がある様な独特な地理となっているのは、国の成り立ちの折り、大都市であった「シドニー」と「メルボルン」が首都となる事を互いに譲らなかった為、双方の中間地点であった「キャンベラ」に首都を置くと決めた経緯があった為である。
その様な州都内にある、一般的な貸しビルとは形状を異にする、現代建築アート的であり、特異な形状をした大型ビル。この国の大手テレビ放送局の一つが入る建物である。
ビルの地下に向けて緩やかなカーブを描くスロープを下りる、特徴的な外観を持った一台のワゴン車。その独特な形状と側面に描かれた同社のロゴから、同社の所有する中継車である事が分かる。
階下は駐車場となっていて、中継車は空きスペースに駐車。駐車するなり、車内から局のスタッフジャンパーとキャップで身を包んだ、技術スタッフと思しき社員八人が、わらわらと降車し、三人は足早に無言のうちに散り、五人は撮影機材を手に手に、同じ方角へ足早に歩き始めた。
華やかなイメージのあるテレビ局の通路とは思えない、薄暗く、人の気配が感じられない廊下をズンズン進む五人。それでも局の社員と思しき何人かに遭遇して挨拶を投げ掛けられたが、五人は足を止めること無く軽く会釈を返すに留め足早に歩き続けた。まるで何かに導かれるように。
やがて五人が辿り着いた先―――
そこは、この国の人間ならば誰しも一度は目にした事のある、名の知れたニュース番組用セットが組まれたスタジオであった。しかし、予め「使用スケジュール」を確認していたのかスタジオ内は無人。
揃いのスタッフジャンパーに身を包んだ五人組のうち、三人が全ての出入り口を施錠して回り、残りの二人はニュースキャスター席まで来ると、
「メイクを、お願いしますわぁ♪」
聞き覚えのある声の一人が、キャップとスタッフジャンパーを脱いだ。マリアである。しかもどうやって中に着込んでいたのか上着を脱ぐと、久々となる「お姫様ドレス」。いわゆる、彼女の「勝負服」である。
「任せてぇ!」
キャップとスタッフジャンパーを脱ぎ、対抗する様にアイドル風の決めポーズを見せるのはジゼ。
その姿に、施錠して回っていた三人組の一人であるヤマトは苦笑い、
(ジゼは映らないだろぉ……)
周辺警戒も兼ねているため、外部に存在を知られない様に声は出さず、心の中でツッコんだ。
彼らは、国民的ニュース番組のスタジオをジャックしてマリアの演説を国中に放送する事により、元女王である彼女の「この国の現状」に対する憂いを、想いを、より強く、より鮮明に、国民へ印象付けようと考えたのである。
「馬鹿やってねぇでサッサと始めろやァ!」
声を潜める事に努めたヤマトと相反し「どうせ今から存在を知らしめるから」と苛立ち露わに、施錠して回りながら歯に衣着せぬツッコミを入れるのはジャック。
そして施錠して回っていたラストの一人は、ナクア。
「終わったぁ。うぬぅ。早く済ませ、て、リリィ、に会いたい」
担当箇所の施錠と確認が終わると、持ち込んだパソコンに何事か打ち込み始めた。
ヤマトも担当箇所が終わり、「今更俺だけ声を潜めても」と言わんばかり、
「終わったぞォ!」
「こっちもだ!」
ジャックも声を上げ、スタジオの端々から上がる声に、メイク道具を手にしたジゼは満足げな笑み浮かべ、
「こっちも終わったよぉ♪」
声を上げながら、マリアに手鏡を手渡した。
「ありがとう、ジゼぇ」
仲間たちを信じているからなのか、微塵の不安も感じさせない笑みを浮かべ、鏡を覗き込むマリア。綺麗に整えられたナチュラルメイクに、
「ありがとう」
微笑むと、
「どういたしましてぇ」
ジゼも笑みを返し、
「後はよろしくねぇ」
「ここまでしていただいたのですから、もちろんですわ」
頷き合うと、ジゼはメイク道を片付け、今度は放送用スタジオカメラを操作して、キャスター席のマリアにレンズを向けた。
(いよいよですわぁ)
カメラの向こう側にいる全ての国民と対峙する様に、凛然とした表情でレンズを見つめるマリア。
「そろ、そろ、時間だ、よ」
ナクアの一声で、スタジオ内に緊張が走る。
いつもと変わらぬ「不思議なセンテンス」のナクアの声からは、緊張感は感じられなかったが。
「サ、ンだよ。ニ、ィだよ。イ、チだよ」
独特なカウントダウンが終わると、
「ホウソウ、をカイシ」
無表情のナクアはパソコンのエンターキーを弾いた。
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