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青木 森

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10.徳義の章_29

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 リビングに入るコーギーとヴァイオレット、そしてエラ。
 ケビンは三人が部屋に入るなり、申し訳なさげな笑みを浮かべ、
「(部屋の)手入れが行き届いていなくて、申し訳ありません。男と言うモノは、どうにもガサツでして」
 しかし彼が言うほど室内は散らかっておらず、本は本棚に、食器は食器棚にあり、テーブルや棚に埃も無く、小物なども置かれるべき所に置かれている。これを「散らかった部屋」と表現するならば、いささか嫌味ともとれるほど、整然とした印象を受ける部屋である。
「そちらへどうぞ」
 ソファーへと促されたエラ達は笑顔で座りつつ、
「そんな事はありませんよぉ。女性である私が「自分の部屋」を思い出して恥ずかしくなるくらい整われていますよ」
「そうですか? ありがとうございます。だとした、娘のお陰ですね」
「娘さんの?」
「男親一人ですから、娘に恥じない暮らしを心掛けているので」
 その笑顔に、胸に小さな棘が刺さる痛みを感じるエラとヴァイオレット。
「「…………」」
 思わず黙する二人に、ケビンは穏やかな笑みを浮かべ、
「それで今日はどういったご用件で?」
「「…………」」
 二人が話を切り出せずにいると、コーギーがいつも通りの作り笑顔のまま、ためらいもなく、
「会計操作をして、政治活動費の一部を私的に流用していますよね?」
「!」
 一瞬顔色が変わったが、スグに穏やかな笑みに戻り、
「ハッハッハッ。何の冗談ですかぁ」
 笑ってその場をやり過ごそうとしたが、コーギーは追及の手を緩めず、
「懐刀であった会計のトラビス・ハミルトン氏が亡くなったのに笑っていられるのは、いつかこう言う日が来ることを覚悟していたからなんじゃないですか?」
 するとケビンは初めて不愉快そうな表情をし、
「エラさん! これはいったいどう言う事ですかな!」
 話の矛先をエラに変えた。
 初対面のコーギーと違い、会話を交わした経験があり、多少なりとも人となりが把握出来ているので、与し易いと咄嗟に判断したのである。この辺の切り替えの早さは、さすが政治家である。
 しかし攻めるコーギーは逃さず、
「貴方とトラビス・ハミルトン氏は、両氏とも孤児院、児童養護施設の出だそうですねぇ」
 ギクリと動きを止めるケビン。ゆっくり振り返り、
「そ、それが何かぁ、問題でもぉ?」
 何かと問いつつ、その表情は、まるで首元にナイフを当てられているかのようであった。
 するとヴァイオレットが悲し気な表情を浮かべ、
「もぅ止めにしませんこと、ケビン州首相……」
「な!」
 突如激高して立ち上がり、
「何を止めろと言うんですか! 私は何も!」
「この州にある複数の児童養護施設だけ、寄付金が突出してるんです……」
 エラが無念そうに呟くと、証拠も握られ、全てが知られていると悟ったケビンは、
「ならぁ、どうすれば良かったんです! 中央からは否応なしに経費削減を突き付けられ、先行きの見えない不安定な国内情勢のせいで寄付金も減る一方! 実際に止めてしまった施設さえあると言うのにィ! 親を失った子供たちは何処へ行けば良いのですかァ!」
 声を荒げると、部屋の扉がゆっくり開き、
「ぱ、パパ……どうかしたのぉ……」
 聞いた事のない父親の声色に、セブリナが怯えた表情で顔を覗かせた。
「!」
 慌てて穏やかな表情を作るケビン。セブリナの下に歩み寄り、
「だ、大丈夫だよ。お話をしていて少し驚いただけだよぉ。パパは今、大事な大人の話をしている最中だから、もう少し一人で遊んでいなさい」
「う、うん……」
 幼い故に、敏感に違和感を感じ取るセブリナを、ケビンは無理して作った笑顔で部屋から送り出し、静かに扉を閉めた。
「…………」
 扉に額を当て、苦悩する背中に、コーギーはいつも通りの作り笑顔のまま、
「施設が苦しい状況にある事は理解しているつもりです」
「知った風な事を……」
「それでも貴方は、違う方法を取るべきでございましたですわ」
「!」
 ヴァイオレットの毅然とした言葉に苛立ち露わ、反論しようと振り返ると、コーギーが余談許さず、
「犯罪行為は、いつの日か明らかにされます。その時、「不正なお金で育てられていた」と言う事実を知った子供たちが心に負う傷の事を、アナタは考えなかったのですか?」
「そ、それは……」
 真理に、怒りの矛は向け先を失い、
「そ、それでも……それでも私は子供たちに温もりを……」
 尻つぼみに怒りを失速させて行くと、未だ反省の色を示さない言動にエラがついにキレた。
「セブリナちゃんを犠牲にしてでもですかァ!」
「ッ!!」
「貴方は信念を貫けたのですから、えぇ、さぞ満足でしょう! ですが彼女は、セブリナちゃんは貴方が勾留、収監されている間、貴方が幼少期に味わった寂しさを、悲しみを、幼い身を以って知る事になってしまったんですよォ!」
「セブリナ……」
 取り返しのつかない過ちを犯してしまった事に今更気付き、その場に崩れるケビン。

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