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7.岐路の章_22
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人知れずブリッジを出たマリアは船内にいた。
彼女が当初感じた通り有能な人材が揃っているのか、船内クルー達は事故直後とは思えない機敏な動きで、廊下に横たわる怪我人達の手当を行う者や、武器を手に慌ただしく廊下を走る者など、各々が今行うべき最善の職責を自ら考え実行していた。
(本当に素晴らし乗員ですわ)
口元に小さな笑みを浮かべ、感嘆を漏らすマリア。
床に落下した船内図で、劇場の場所を確認すると、
(わたくしも、なすべき事を!)
決意を以って走り出した。
劇場内の乗客達はマリアの指示に従ったお陰で、外にいた負傷者達とは比べ物にならない位に元気な様子ではあった。
しかし懸念していた通り、落下物でケガをした乗客が少なからずいて、女性クルーから手当てを受けている最中であった。
(わたくしの手助けは不要のようですわねぇ)
微笑むも、緩めた表情をあえて凛と変え、毅然とした佇まいでヒールを踏み鳴らしながら劇場のステージ中央に立った。
注視を促す様に踵でカッと床を鳴らし、客席側を向いて仁王立ち。
劇場内が異質な空気を纏う女性クルー(マリア)の登場にザワついたが、マリアは歯牙にもかけず、大きく息を吸い込むと、
「今! この船は乗員達の献身により支えておりますわ! ですが! 人手が圧倒的に足りませんの! ぜひ乗客の皆様のお力をぉ!」
派手な演説をするかのように両腕を広げて訴えかけると、乗客達の一部から、
「オマエの声には聞き覚えがあるぞ! 頭ごなしに命令したクルーだろォ!」
「私達は乗客だぞぉ!」
「コッチだって疲れてんだぁ!」
「その分の金は払っていますのよぉ!」
「「「「そう(だ・よ)、そう(だ・よ)!」」」」
他力本願の大合唱。
笑顔が引きつるマリア。
(職務を全うせんと懸命に働くクルーの皆様を前に、よくもぬけぬけとぉ!)
苛立ち露わ、床をガツッと先程より激しく踏み鳴らし、
「お黙りなさいですわァ!」
「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」
淑やかな容姿を持った女性の憤怒の激怒に、不満タラタラの大合唱は水を打ったように静まった。
「怪我人や子供、女性が大勢いる中ァ! これからこの船は群がる盗賊者たちと戦いながら救助を待つ事になるんですわよ! これだけの大型船をクルー達だけで賄える筈がありませんでしょ! 貴方方には守りたい方がおりませんですの! 野盗の侵入を許せば、男は皆殺され、女は凌辱され、子供は売り払われてしまいますのよォ!」
「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」
幼い子供も複数いる中であったが、今、自分達が置かれている現実を直視してもらいたいマリアは、あえて歯に衣着せぬモノ言いで乗客達に訴えた。
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
突き付けられた現実に、皆が押し黙る中、一人の乗客が手を上げた。
「自分は軍隊経験者です! お役に立てると思います!」
すると他の乗客達も次々と、
「私は看護師の経験があります!」
「ワシは金属溶接をやっとたぞ! 何か出来る事があるんじゃないのかぁ!」
手は「俺も、私も」と次々上がり、満面の笑顔のマリアは涙を浮かべ、
「よろしくお願い致しますわぁ! 共に、この困難を乗り越えましょうぅーーー!」
頭を下げると、乗客達から大歓声が湧き上がった。
(人員に関しては一安心ですわねぇ)
笑顔を上げるマリア。
贈られた拍手に手を振り応えながらステージ袖に入ると、女性クルーの一人が笑顔で迎え、
「ありがとう。不安に駆られていた乗客の、いえクルーも含めて、心を一つにする事が出来たわ!」
「いえ、わたくしは、ほんの少し皆様の背中を押しただけですわ」
謙遜するマリアに笑顔を向ける女性クルーであったが、マリアの制服の胸に貼られたネームプレートが目に留まり、
「え!? キャサリン?」
ハッとするマリア。
(ま、マズいですわ……)
気まずそうに後退ると、
「こ、この制服はキャサリンさんから、お借り致しましたのぉ! わたくしったら制服を汚してしまいましてぇ。で、ではわたくし次の任務があるのでこれで!」
「ちょ、」
女性クルーの制止を振り切り、逃げる様にその場を去った。
(わたくし、うっかりしてましたわぁ! 制服を(強引に)お借りした方を、トイレに縛り付けたままでしたわ!)
船底近くの女子トイレに駆け込むと、一旦呼吸を整え、一番奥の「Under Repair(調整中)」の張り紙をした個室を開けた。
中には目隠しと猿ぐつわをされ、便座に座った状態で水タンクに縛り付けられた女性の姿が。津波の衝撃でケガをしない様にとのマリアの配慮であり、彼女が制服の持ち主のキャサリンである。
キャサリンは普段着と思える服を着ていた。
女性を下着姿で放置する事を嫌ったマリアが、ランドリー籠から拝借した乗客の服であり、女性らしい気遣いと言える。
両目は塞がれ見えないものの、人が入って来た気配に、怯えた様子を見せるキャサリン。
(怪我は無いようですわねぇ)
マリアは一先ず安堵し、
「怖い思いをさせてしまい、申し訳なかったですわ」
穏やかな口調で謝罪すると、
「今から解放しますので、他のクルーの皆様と、乗客の皆様を支えて下さいですわ」
「……?」
予想外の優しい声に、戸惑う様子を見せるキャサリン。
何も見えないが、体を拘束していたロープがほどかれる感覚が体に伝わり、
「!?」
自由になった両手で、恐る恐る目隠しをずらし、
「…………」
そこにマリアの姿はなかった。
彼女が当初感じた通り有能な人材が揃っているのか、船内クルー達は事故直後とは思えない機敏な動きで、廊下に横たわる怪我人達の手当を行う者や、武器を手に慌ただしく廊下を走る者など、各々が今行うべき最善の職責を自ら考え実行していた。
(本当に素晴らし乗員ですわ)
口元に小さな笑みを浮かべ、感嘆を漏らすマリア。
床に落下した船内図で、劇場の場所を確認すると、
(わたくしも、なすべき事を!)
決意を以って走り出した。
劇場内の乗客達はマリアの指示に従ったお陰で、外にいた負傷者達とは比べ物にならない位に元気な様子ではあった。
しかし懸念していた通り、落下物でケガをした乗客が少なからずいて、女性クルーから手当てを受けている最中であった。
(わたくしの手助けは不要のようですわねぇ)
微笑むも、緩めた表情をあえて凛と変え、毅然とした佇まいでヒールを踏み鳴らしながら劇場のステージ中央に立った。
注視を促す様に踵でカッと床を鳴らし、客席側を向いて仁王立ち。
劇場内が異質な空気を纏う女性クルー(マリア)の登場にザワついたが、マリアは歯牙にもかけず、大きく息を吸い込むと、
「今! この船は乗員達の献身により支えておりますわ! ですが! 人手が圧倒的に足りませんの! ぜひ乗客の皆様のお力をぉ!」
派手な演説をするかのように両腕を広げて訴えかけると、乗客達の一部から、
「オマエの声には聞き覚えがあるぞ! 頭ごなしに命令したクルーだろォ!」
「私達は乗客だぞぉ!」
「コッチだって疲れてんだぁ!」
「その分の金は払っていますのよぉ!」
「「「「そう(だ・よ)、そう(だ・よ)!」」」」
他力本願の大合唱。
笑顔が引きつるマリア。
(職務を全うせんと懸命に働くクルーの皆様を前に、よくもぬけぬけとぉ!)
苛立ち露わ、床をガツッと先程より激しく踏み鳴らし、
「お黙りなさいですわァ!」
「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」
淑やかな容姿を持った女性の憤怒の激怒に、不満タラタラの大合唱は水を打ったように静まった。
「怪我人や子供、女性が大勢いる中ァ! これからこの船は群がる盗賊者たちと戦いながら救助を待つ事になるんですわよ! これだけの大型船をクルー達だけで賄える筈がありませんでしょ! 貴方方には守りたい方がおりませんですの! 野盗の侵入を許せば、男は皆殺され、女は凌辱され、子供は売り払われてしまいますのよォ!」
「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」
幼い子供も複数いる中であったが、今、自分達が置かれている現実を直視してもらいたいマリアは、あえて歯に衣着せぬモノ言いで乗客達に訴えた。
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
突き付けられた現実に、皆が押し黙る中、一人の乗客が手を上げた。
「自分は軍隊経験者です! お役に立てると思います!」
すると他の乗客達も次々と、
「私は看護師の経験があります!」
「ワシは金属溶接をやっとたぞ! 何か出来る事があるんじゃないのかぁ!」
手は「俺も、私も」と次々上がり、満面の笑顔のマリアは涙を浮かべ、
「よろしくお願い致しますわぁ! 共に、この困難を乗り越えましょうぅーーー!」
頭を下げると、乗客達から大歓声が湧き上がった。
(人員に関しては一安心ですわねぇ)
笑顔を上げるマリア。
贈られた拍手に手を振り応えながらステージ袖に入ると、女性クルーの一人が笑顔で迎え、
「ありがとう。不安に駆られていた乗客の、いえクルーも含めて、心を一つにする事が出来たわ!」
「いえ、わたくしは、ほんの少し皆様の背中を押しただけですわ」
謙遜するマリアに笑顔を向ける女性クルーであったが、マリアの制服の胸に貼られたネームプレートが目に留まり、
「え!? キャサリン?」
ハッとするマリア。
(ま、マズいですわ……)
気まずそうに後退ると、
「こ、この制服はキャサリンさんから、お借り致しましたのぉ! わたくしったら制服を汚してしまいましてぇ。で、ではわたくし次の任務があるのでこれで!」
「ちょ、」
女性クルーの制止を振り切り、逃げる様にその場を去った。
(わたくし、うっかりしてましたわぁ! 制服を(強引に)お借りした方を、トイレに縛り付けたままでしたわ!)
船底近くの女子トイレに駆け込むと、一旦呼吸を整え、一番奥の「Under Repair(調整中)」の張り紙をした個室を開けた。
中には目隠しと猿ぐつわをされ、便座に座った状態で水タンクに縛り付けられた女性の姿が。津波の衝撃でケガをしない様にとのマリアの配慮であり、彼女が制服の持ち主のキャサリンである。
キャサリンは普段着と思える服を着ていた。
女性を下着姿で放置する事を嫌ったマリアが、ランドリー籠から拝借した乗客の服であり、女性らしい気遣いと言える。
両目は塞がれ見えないものの、人が入って来た気配に、怯えた様子を見せるキャサリン。
(怪我は無いようですわねぇ)
マリアは一先ず安堵し、
「怖い思いをさせてしまい、申し訳なかったですわ」
穏やかな口調で謝罪すると、
「今から解放しますので、他のクルーの皆様と、乗客の皆様を支えて下さいですわ」
「……?」
予想外の優しい声に、戸惑う様子を見せるキャサリン。
何も見えないが、体を拘束していたロープがほどかれる感覚が体に伝わり、
「!?」
自由になった両手で、恐る恐る目隠しをずらし、
「…………」
そこにマリアの姿はなかった。
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