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青木 森

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6.聞知と修練の章-8

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 どれ位の時間が経ったであろうか、
(ひ、酷い目に遭いましたですわぁ……)
 ヴァイオレットが薄目を開けると、
「大丈夫ですかぁ!?」
 目の前に、空を背にして見下ろすコーギーの不安気な顔があった。
(コーギー……)
 次第に意識がハッキリしてくると、後頭部に柔らかく、ほのかな温もりが。
 それはヴァイオレットが膝枕されている光景に他ならず、
(町なかで殿方にぃ!?)
 恥ずかしさから半身飛び起きるも、頭がクラリ。
「あぁ……」
 貧血でも起こしたかの様に、フラフラと再びコーギーの膝の上。
 もはや起き上がる事も出来ず、
「ふ、不本意でございますですわぁ……あたくし……動けませんですのぉ……」
「いきなり無茶するからぁ」
 呆れ笑いのコーギーに、
「こ、公衆の面前で、殿方に膝枕……あたくし……ハレンチ女でございますですわぁ……」
 両手で顔を隠すと、
「人目につかないベンチを選んだから大丈夫ですよぉ」
「……本当……ですの……?」
 指の隙間からそっと周囲を窺うと確かに周囲に人影は無く、まばらに樹木が立っている事から、公園の様である。
 一先ずホッとするヴァイオレットであったが、
「そ、それでも未婚の女子が殿方の膝枕なんて、恥ずかしいんでございますですのぉ!」
 ツンと、横向いた。
 クスリと小さく笑うコーギー。
「それだけ元気なら大丈夫ですねぇ」
「まったく……酷い目に遭いましたでございますですわぁ」
「あははは、あの悪乗りさえ無ければ、イイ人なんですけどねぇ。コレ、お詫びの品だって」
 二人分のドリンクとデザートを、横たわるヴァイオレットに見える様に差し出すと、
「うっ……」
 露骨な警戒顔。
「そ、それは……大丈夫なんですわよねぇ……」
「定番の人気商品だから大丈夫ですよ。新作だけ、ヘンなスイッチが入っちゃうみたいなんです」
 するとヴァイオレットは横になったまま、少し赤い顔しておずおずと、
「その……あ、あたくし、まだ起き上がれませんで……」
 コーギーは飲ませて欲しい事を察しつつ、イタズラっぽい笑みを浮かべ、
「飲ませて欲しいんですか? 膝枕より恥ずかしい姿ですよねぇ?」
「う、動けないのですから仕方ないではありませんかぁ!」
「あははは、冗談ですよぉ。ハイ、どうぞぉ」
 ストローを口元まで差し出すと、
「ま、まったくぅ」
 憤慨しつつストローにパクリ。
 唐辛子でヒリつく口の中に、芳しい紅茶の香りが広がった。
「落ち着きますですわぁ~~~これは昨日のレディ・グレイと違いスッキリめの紅茶ですのねぇ」
「『イングリッシュブレックファースト』です。オジサンが選んでくれた物ですよ」
「うふふ。腕は確かの様ですわねぇ」
 二人は顔を見合わせ、思わず吹き出した。
 人けが無く、都会の喧騒とも無縁な公園の昼下がり。
 ヴァイオレットは池の対岸を見つめて、ゆっくり起き上がり、
「こんな時間も、悪くないですわねぇ……」
「ですね……」
「(こんな時間が)ずっと続けば良いですのに……」
 遠い何かを見つめる目をすると、コーギーが改まった口調で、
「あ、あの……ヴァイオレット……」
「何ですの?」
 何の気なしに振り向くと、
「ヴァイオレットの行こうとしてる「アジア」って、もしかして……「西アジア」……」
「!?」
 ギョッとするヴァイオレット。
「「…………」」
 しばし無言で見つめ合う二人。
(貴方も「クローザー」ですの?)
(君も「クローザー」なの?)
 口に出してしまえば穏やかな今が壊れてしまいそうで、二人は何も言えなかった。
(ど、どうしましょう……あたくし、何を言えば良いのか……)
 返す言葉が見つからず思わず視線を逸らすと、コーギーがおもむろに立ち上がり背を向け、
「帰りましょうか?」
「え……」
(どこへですの……まさか、あたくし達の「果たすべき務め」に……)
 思わず不安気な顔して向けられた背中を見つめると、コーギーが笑顔で振り返り、
「僕達の家に、ですよぉ!」
 右手を差し出し、ヴァイオレットは笑顔を弾けさせ、
「はい!」
 手を取り立ち上がった。
 しかしその頃、二人の住むアパートの周囲には、物陰から建物の様子を窺う幾つもの人影が。
 不穏な空気は足音も無く、二人の「ひと時の穏やかな生活」に迫りつつあった。

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