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4.偽りの新天地の章-16
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二人がいる町の中心から、海沿いに十数キロ北上した区域にある高級別荘地。
そんな中にひと際目を引く、絵画に出て来そうな洋城の様な建物があった。
森に囲まれた岬の突端に建つこの建物は、実際、中世ヨーロッパで城として使われていた物を移築した物であり、室内にある荘厳なアンティーク家具や調度品も、マリアの屋敷とは違い、全て本物が置かれていた。
贅の限りを尽くした別荘の書斎の中、整然と並び、手の触れた形跡の無い高価なビンテージ物の本に囲まれ、落ち着きなく右へ左へ歩き回る、小太りな中年男。
彼がこの別荘のオーナー、噂のカート・ブラウンであり、彼は「とある人物」の到着を、今か遅しと待ちわびていたのである。
すると豪奢な木彫り装飾が施された書斎の扉がノックされ、
「提督、おいでになられました」
扉の向こうから若い女性の声がすると、努めて平静を装い、
「分かった。今行く」
因みに「提督」とは、彼が周囲の人間に「無理矢理」呼ばせている愛称である。
ブラウンとは、そう呼ばねば恥ずかし気も無く返事を返さず、ヘソを曲げる、難物でもあった。
襟を正し足早に応接室に入ると、マリアが窓際に立ち海を眺めていた。
「お待ちしておりました、陛下! ささっ、どぅ~ぞ、どぅ~ぞコチラへ!」
茶色い艶のある革張りで、肘掛けに手の込んだ彫刻が施してある、見るからに高級感漂うアンティークソファーへと促す。
「失礼いたしますわ」
静々とソファーに座る姿を、ブラウンは困惑顔で見つめ、
「本日はその……中々独創的な……もとい、素敵なお召し物で……」
ふんだんにフリルが付いた、ピンク色したロングドレスを身に纏うマリア。
さながら子供向け絵本のプリンセス。
「ありがとうございますですわ」
「あぁ~~~と、そのぉ……もしかして、そのお召し物でコチラまで?」
「もちろんでございますわ。これはわたくしの戦闘服ですもの。それが何か?」
「いえいえいえいえ、何でもございません! そ、そうだ陛下! 何か、お飲み物でも?」
マリアは「結構」とジェスチャーを見せ、
「それよりわたくし、あなたに考え直していただきたく、こうして一人で参りましたの」
するとブラウンは大きく息を一つ吐き、自身もソファーに座り、
「陛下こそ、何故分かっていただけないのです。今世界はパワーバランスが確定しつつあります。小競り合いが終われば、次に狙われるのは豊かな我国なのは必至」
「…………」
「確かに、我が国の兵器レベルは桁違いに抜きん出ています。しかし国民には危機感がなく完全に平和ボケ。この状態で戦争になれば負けるのは我々なのです。倫理など吹き飛んだ今の時代、敗戦国の国民がどの様な扱いを受けるか、ご説明申し上げる事も無いと思いますが」
マリアが言っていた通り、この人物もまた方向性は違えど、この国を想い、人心をまとめるのにはマリアの存在が必要不可欠である事も認めていた。
であるからこそ、今日まで強引な手段を取らなかったのである。
しかしマリアを外堀から埋める協力関係にあった超党派の議員が、軍事企業が一斉検挙され、逆に外堀を埋められ丸裸同然にされてしまい、そうも言っていられなくなったのである。
「あなたの深い愛国心は理解しているつもりでございますわ、ブラウン上院議員。ですがチェックメイトです。潔く、醜態を曝さず、 出頭してはいただけませんかしら」
怒りに打ち震えるブラウンは立ち上がり、
「お断りします! 私は「領土拡大と徴兵制」を以て、この国を更なる発展へ導く!」
すると真逆の考えのマリアが、怒るどころか意外な言葉を返した。
「では「一つだけ」条件を呑んでいただけましたら、わたくしも議会に働きかけをいたしましょう」
「えぇ!? そ、それは願ってもない! で、条件と言うのは!」
身を乗り出すと、
「最前線に行って下さいまし」
「はぁ? いや、しかし、私はもうこの様な歳ですし、足手まといにしか……」
「「あなたに」とは、申しておりませんですわ」
「?」
「息子さんを最前線に、お孫さんは兵役に、」
ブラウンは間髪入れず、
「ゆぅ、有能な我が一族に何かあれば国の損失は計り知れずぅ!」
「お黙りなさい! あなたが今抱いた感情を国民には強いるのですか! 自衛の為ならいざ知らず他国を侵略などォ!」
マリアは真っ直ぐな眼差しを以て、ブラウンを一刀両断に切って落とした。
グウの音も出ないブラウン。
「わたくし達は国民に選ばれた、単なる代表。替えなど幾らでもいるのです。そのわたくし達が手前勝手な思いで国民の命を危険に晒す事など、許されて良い筈がありませんですわ」
「…………」
ブラウンはチカラなく、ドサリとソファーに尻を落とした。
そんな中にひと際目を引く、絵画に出て来そうな洋城の様な建物があった。
森に囲まれた岬の突端に建つこの建物は、実際、中世ヨーロッパで城として使われていた物を移築した物であり、室内にある荘厳なアンティーク家具や調度品も、マリアの屋敷とは違い、全て本物が置かれていた。
贅の限りを尽くした別荘の書斎の中、整然と並び、手の触れた形跡の無い高価なビンテージ物の本に囲まれ、落ち着きなく右へ左へ歩き回る、小太りな中年男。
彼がこの別荘のオーナー、噂のカート・ブラウンであり、彼は「とある人物」の到着を、今か遅しと待ちわびていたのである。
すると豪奢な木彫り装飾が施された書斎の扉がノックされ、
「提督、おいでになられました」
扉の向こうから若い女性の声がすると、努めて平静を装い、
「分かった。今行く」
因みに「提督」とは、彼が周囲の人間に「無理矢理」呼ばせている愛称である。
ブラウンとは、そう呼ばねば恥ずかし気も無く返事を返さず、ヘソを曲げる、難物でもあった。
襟を正し足早に応接室に入ると、マリアが窓際に立ち海を眺めていた。
「お待ちしておりました、陛下! ささっ、どぅ~ぞ、どぅ~ぞコチラへ!」
茶色い艶のある革張りで、肘掛けに手の込んだ彫刻が施してある、見るからに高級感漂うアンティークソファーへと促す。
「失礼いたしますわ」
静々とソファーに座る姿を、ブラウンは困惑顔で見つめ、
「本日はその……中々独創的な……もとい、素敵なお召し物で……」
ふんだんにフリルが付いた、ピンク色したロングドレスを身に纏うマリア。
さながら子供向け絵本のプリンセス。
「ありがとうございますですわ」
「あぁ~~~と、そのぉ……もしかして、そのお召し物でコチラまで?」
「もちろんでございますわ。これはわたくしの戦闘服ですもの。それが何か?」
「いえいえいえいえ、何でもございません! そ、そうだ陛下! 何か、お飲み物でも?」
マリアは「結構」とジェスチャーを見せ、
「それよりわたくし、あなたに考え直していただきたく、こうして一人で参りましたの」
するとブラウンは大きく息を一つ吐き、自身もソファーに座り、
「陛下こそ、何故分かっていただけないのです。今世界はパワーバランスが確定しつつあります。小競り合いが終われば、次に狙われるのは豊かな我国なのは必至」
「…………」
「確かに、我が国の兵器レベルは桁違いに抜きん出ています。しかし国民には危機感がなく完全に平和ボケ。この状態で戦争になれば負けるのは我々なのです。倫理など吹き飛んだ今の時代、敗戦国の国民がどの様な扱いを受けるか、ご説明申し上げる事も無いと思いますが」
マリアが言っていた通り、この人物もまた方向性は違えど、この国を想い、人心をまとめるのにはマリアの存在が必要不可欠である事も認めていた。
であるからこそ、今日まで強引な手段を取らなかったのである。
しかしマリアを外堀から埋める協力関係にあった超党派の議員が、軍事企業が一斉検挙され、逆に外堀を埋められ丸裸同然にされてしまい、そうも言っていられなくなったのである。
「あなたの深い愛国心は理解しているつもりでございますわ、ブラウン上院議員。ですがチェックメイトです。潔く、醜態を曝さず、 出頭してはいただけませんかしら」
怒りに打ち震えるブラウンは立ち上がり、
「お断りします! 私は「領土拡大と徴兵制」を以て、この国を更なる発展へ導く!」
すると真逆の考えのマリアが、怒るどころか意外な言葉を返した。
「では「一つだけ」条件を呑んでいただけましたら、わたくしも議会に働きかけをいたしましょう」
「えぇ!? そ、それは願ってもない! で、条件と言うのは!」
身を乗り出すと、
「最前線に行って下さいまし」
「はぁ? いや、しかし、私はもうこの様な歳ですし、足手まといにしか……」
「「あなたに」とは、申しておりませんですわ」
「?」
「息子さんを最前線に、お孫さんは兵役に、」
ブラウンは間髪入れず、
「ゆぅ、有能な我が一族に何かあれば国の損失は計り知れずぅ!」
「お黙りなさい! あなたが今抱いた感情を国民には強いるのですか! 自衛の為ならいざ知らず他国を侵略などォ!」
マリアは真っ直ぐな眼差しを以て、ブラウンを一刀両断に切って落とした。
グウの音も出ないブラウン。
「わたくし達は国民に選ばれた、単なる代表。替えなど幾らでもいるのです。そのわたくし達が手前勝手な思いで国民の命を危険に晒す事など、許されて良い筈がありませんですわ」
「…………」
ブラウンはチカラなく、ドサリとソファーに尻を落とした。
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