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青木 森

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3.旅立ちの章-2

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 トリオ漫才を繰り広げる三人が目標へ辿り着くと、ボートは元々哨戒艇として作られた船なのであろうか、ボートと呼ぶには少し大型でクルーザーに近く、船内からは人の気配や物音一つさせず、寄せる波に身を任せ、波間を漂っていた。
 ダニエルはカメラ付きのヘッドセットの通話ボタンを押し、
「これから船をつけ、船内の探索に移ります」
 ボートを横付け。
 マシューとルークは鋭い視線を周囲に配り、軽い身のこなしでクルーザーに飛び移った。
 マシューが周囲を警戒、ルークはダニエルが投げたロープをクルーザーに括り付ける。
 憎まれ口を叩き合いつつも、流れる様な連係プレイ。
 ダニエルもクルーザーに移ると、マシューとルークにアイコンタクト。
 無言で頷く二人は足音を潜ませ警戒しつつ、暗い船内へと足を踏み入れて行った。
 ダニエルは入り口の前で自動小銃を構え、周辺警戒を開始。
 息を殺すマシューとルークは数メートル進み、突き当りのドアに辿り着いた。
 緊張した面持ちでアイコンタクトを送り合い、頷き合うと、右手に自動小銃を構えたマシューが一気にドアを開け放ち、左手に自動小銃を構えたルークが部屋の上下左右に銃口を向けた。
 しかし真っ暗な室内に、人の気配はやはり感じない。
 と、マシューが部屋の奥、床の上に転がる大きな影に気が付いた。
 奥の床を無言で指差すマシュー。
 頷くルークは銃口を向けつつ、一歩、また一歩と慎重に、影に近づいた。
 床に転がる影、それはジーンズにTシャツと言う軽装姿の男女であった。
 既にこと切れているのか二人とも身動き一つせず、マシューは呆れ顔で銃口を逸らし、
「平和ボケした「金持ちボンボン」と「お嬢ちゃん」の、駆け落ちの末路ってか~」
「だとしたら、無秩序なこの時代に正気の沙汰じゃねぇ~な」
 毒づくと、何故か二人はジャンケンを開始。
 勝ったマシューは無言で渾身のガッツポーズ。
 負けたルークはかなり悔しそうな顔を見せ、入り口で警戒に当たるダニエルは呆れ顔。
 腐敗臭はせず、どっちが女性の生死を確認するか、ジャンケンで決めていたのである。
 ため息交じり、横たわる男性に近づくルークと、勝ち誇った様に、横たわる女性に近づくマシュー。
ルークの目に、男の首にかかる三枚のドッグタグが映り、マシューの目にも、女性の首に一枚のドッグタグが掛かっているのが見えた。
((なんで三枚と一枚?))
 不思議そうな顔を見合わせる二人であったが、暗がりの中でも女性が均整の取れた顔立ちである事が分かるや否や、マシューは下心見え見えの笑みを浮かべ、ルークに「確認してみる」とジェスチャー。
 歯ぎしりそうな勢いで悔しがるルーク。
 その様子は当然ブリッジモニタに映し出され、ニヤついて女性に手を伸ばすマシューの姿に、副長が怒り心頭。
「マシュー! 何をしているんです!」
 怒鳴り上げるも、マシューの邪まな手は女性の胸へと伸びて行き、触れそうなった瞬間、
「ダメェーーーッ!」
 カッと両目を見開いた女性が叫び声を上げた。
「「!」」
 身動き一つ出来ず、冷たい汗を落とすマシューとルーク。
 二人の首筋に、ナイフの刃先が刺さる寸前で止められていたのである。
「艦長!」
 驚きの声を上げる副長と、ざわつくブリッジクルー。
 二人にナイフを向ける男は、ゆっくり起き上がり、
「動くなよ……それと入り口の一人! オマエも入って来い!」
 明らかに素人とは思えない男の言動に、ダニエルは諦めた様にため息を吐き、ゆっくりと薄暗い船内に入って行った。
 男はマシューとルークの首にナイフを当てたまま、
「三人とも武器をゆっくり床に置け! ハンドガンとナイフもだ! ゆっくりだ!」
 ルーク達三人は苦虫を噛み潰したような悔しさを滲ませつつ、武器を全て床に置くと、男は自動小銃を拾い上げて構え、
「こっちに背を向けて、手を後ろに回せ!」
 男は三人に銃口を向けつつ、
「武器を拾って、これで三人の指を縛るんだ」
 女性に結束バンドを渡した。
 女性は武器を拾い集め、男の傍らに置き固めると、
「ごめんなさい。抵抗はしないで」
 一人一人に謝りながら、三人の親指を結束バンドで後ろ手に縛った。
「テメェ! 俺らにケンカ売って、ただで済むと思うなよ!」
 悪態をつくマシューに男は無言で歩み寄り、ヘッドセットをむしり取ると、自身に装着。
 ルークのヘッドセットのカメラに自分の姿が映る様に立つと、
「貴艦の艦長に要求する。こちら側の要求は貴艦が所有するボート一隻。呑んでいただけるなら、クルーの身の安全は保障する」
 暗くハッキリとは見えない男のシルエットに、艦長は帽子のツバの下で、ほんの一瞬微かに口元だけ笑い、何年も彼の右腕として勤め来た副長は、その一瞬を見逃さず、
「艦長?」
 不思議そうな顔をするも、艦長は静かに帽子を被り直し、
「何でもない」
 男が映るモニタを見上げ、
「私が本艦ガルシアの艦長のロジャー・イノウエだ。君は核戦争後の混乱が続くこの世界で、仲間や機材がいかに大切か分かって言っているのかね?」
「…………」
 自覚はあるのか、答えない映像の中の男。
「ならもう一つ問う。何故、彼等のボートを強奪しなかったのかね?」
「……単に奪って逃げても砲撃され、沈められるだけだ」
(当然か……)
 艦長はフッと小さく笑い、
「しかし我々は、顔も名前も明かさない君の、何を信じて、船一隻と仲間の命を交換出来ると思えば良いのかね? 仲間の無事に確信を以て交渉出来る道理がどこにある?」
「…………」
 しばし沈黙する男であったが突如船内の明かりを点け、姿を晒した。
 モニタに映し出された男女は、ヤマトとジゼであった。
「俺の名前は「ヤマト」、連れは「ジゼ」だ。改めて交渉を願いたい」
(やはりな……)
 帽子のつばの影で、小さく笑う艦長。
 その表情は、馬鹿正直に姿を晒したヤマトに対する嘲笑と言うより、懐かしんでいるように見える。
 艦長は小さく一呼吸すると表情を戻し、ゆっくり顔を上げ、
「人質と言う卑劣な手段に訴えている以上、交渉の余地はないと思っていただきたい」
 冷たい目を向けた。
「仲間の命がどうなっても構わないと……」
 機材を優先したかの様に思える艦長の言葉に、ヤマトが不愉快そうな表情を浮かべると、
「ボートが欲しいと言う事は、君達には「目的地がある」と言う事ではないのかね?」
「!」
「ならばどうだろう? この艦は、どこの国にも属さないダイバーズの船。君達さえ良ければ、目的地まで安全に運ぶ事を「依頼」として受けるが?」
「「「「艦長!?」」」」
 声を上げるクルー達をジェスチャーで制し、モニタの中のヤマトを真っ直ぐ見つめた。
「…………」
 黙考するヤマトに、ジゼが訴えかける様にそっと身を寄せ、
「ヤマト……」
 しかしヤマトは静かに首を横に振り、
「非人道的手段を取っている自覚はある。出来る事ならそうしたい……しかし俺達には支払うべき対価が……」
 艦長はフッと小さく笑い、
「ならば君達のボートと、移動中の労働力を対価に、それではどうかね?」
 驚くヤマトであったが、ジゼの曇りの晴れた表情から答えは決まり、
「……それで依頼を受けてもらえるなら」
「交渉成立だな」
 武骨な表情の中に笑顔を見せる艦長と、安堵に包まれるブリッジクルー達。
「調査班の諸君、思う所はあると思うが今から二人は客人だ。丁重にブリッジへ、お連れしてくれたまえ」
 通信を切ると、艦長は一仕事終えたかの様に、シートに深々身を預けた。
 しかし傍らに立つ副長は不安を拭えず、
「艦長……素性の知れない者を乗艦させる事になりますが、よろしいのでしょうか……」
 憂いを口にするも艦長は短く、
「構わん」
 消えたモニタを見つめ、
(彼ならば……な)
「?」
 近くに居た副長でさえ聞き取れないほどの小さな声で呟き、静かに目を閉じた。

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