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青木 森

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2.邂逅と別れの章-7

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 エレベーターは地上一階で停止。
 扉が開くと同時に、農場特有の動物のニオイがエレベーター内に流れ込んで来た。
 知識が無くとも人が取る行動は一緒なのか、ジゼが思わず鼻をつまみ、
「ご、ごれば何!?」
 眉間にシワを寄せると、
「大丈夫だよ、スグ慣れる。牛のニオイさ。まぁ「生き物」が生きている証拠ってとこかな」
 笑って見せるヤマトに、ジゼは自分の腕をクンクン嗅ぎ、
「ニオイしない……私は生き物じゃないから?」
 落ち込んだ様な表情を見せると、
「自分のニオイは分からないものよ。ウソだと思うなら、どぅ~ぞ」
 エマは腕を差し出し、ジゼはスンスン匂いを嗅いでみたが、
「ここだと、よく分からない……でもエママの匂い、何故か落ち着く……」
「そう? ありがとう」
 微笑むと、
「じゃあ、行きましょうか」
 エレベーターを降りるなり、ジゼは背丈ほどある牛達が見せる息遣いに、
「うしぃ! 大きい! 本物! 生きてる! 動いてるぅーーー!」
 研究室で森を見た時以上の輝きを見せ、ニオイも忘れて柵に駆け寄った。
 牛達も騒がしい新参者に興味津々。
 ジゼに近づき集まると、挨拶代わりのつもりか、ひと鳴きしてジゼの頬をべロリ。
「ウヒャ!」
 一瞬驚いた顔をするも、初めてハッキリとした笑顔を見せた。
 牛舎の隣は鶏舎。
「生きてるニワトリ……」
 ジゼはコツコツ首を動かし歩き回るニワトリを、興味深げにジッと見つめ、
「ヤマト」
「ん?」
「赤黒い「突起物」が付いてるのが男?」
「お、おう、オスな! あと、誤解を招く様な言い方には気を付けようなぁ!」
 気まずそうに答えるも、ジゼはそれどころではない。
 見る物全てが新鮮で興味を引かれ、
「ヤマト、ヤマト! 付いてない上にオスが乗ってる! アレは何をしてる?」
「ん? あぁ~あ、メスな。交尾だよ」
「こうび?」
 純真無垢な瞳で小首を傾げ、ヤマトはドデカイ地雷を踏んだ事に気付くも、ジゼは追い打ちをかける様に、
「私の所持するデータでは、交尾とは「子を作る行為」とあるけど、」
「かっ、母さん! 俺、休める所を作っておくから! じゃあそう言う事で後よろしく!」
「ちょ、ちょっとヤマトォ! ズルイわよぉーーーーーーッ!」
 ヤマトは制止を振り切り猛ダッシュ。
 荷物を抱え、海へと走り去って行った。
「…………」
「?」
「え、えぇ~とジゼちゃん、これも大事な話だから……その……今夜、お部屋でちゃんと、順を追って説明するわね」
「? 分かった」
「私達も海に行きましょうかぁ」
 困り笑顔のエマがイスの車輪を回そうとすると、一刻も早く外に出たい筈のジゼが、車イスを静かに押し、
「ありがとう、ジゼちゃん」
「うん」
 鶏舎エリアを抜け出る二人。

 ジゼは鶏舎エリアを出るなり、
「お、おぉおぉぉぉ…………」
 両目をキラキラと輝かせ、感嘆の唸りを上げる。
 ついに外の世界へ、初めての一歩を踏み出したのである。
 見上げれば、どこまでも突き抜ける青い空。
 雲一つない空に浮かぶ太陽はギラつき、肌をピリピリと痺れさせ、生い茂る南国特有の木々は天に届きそうであった。
 ジゼは身震い一つすると、舞う様に走り出し、
「太陽ォ! 空ァ! 土ィ! 木ッ!」
 幹にしがみつくと目をつぶり、そっと耳を当て、
「……生きてる……」
 五感で感じる自然の息吹に微笑みを浮かべ、
「ジゼちゃ~ん! ヤマトが待ってるわよぉ~」
 優しく促すエマの声に目を開けると、
「分かったぁ!」
 エマの下へ、駆け戻った。

 その頃、浜辺に見つけた木陰にレジャーシートを敷き終わったヤマトは、日よけと風よけになるブルーシートの端を木の幹に括り付け屋根を作っていた。
 しかし近づく人の気配に振り返り、
「!」
 ギョッとした。
 エマが南国の強い日差しの下、日傘も射さず、ジゼに車イスを押してもらいながら、砂浜に設けられた木道を通って来ていたのである。
「母さぁーん! ダメじゃないかぁ!」
 慌てて駆け寄ると、目をつぶったままのジゼが顔を上げ、
「ヤマト? 居るの?」
「ジゼ? 何で目をつぶってるんだ?」
「エママが、良いって言うまで開けちゃダメって……」
 エマのイタズラっぽい笑顔に、理由を察したヤマトは困った様に笑い、ため息交じりに、
「なるほどねぇ」
 日傘を開くと、車イスに取り付けた。
「ありがとう、ヤマト。でも大丈夫よ。二人(ヤマトとジェイソン)が、木道を作ってくれたお陰。それにジゼちゃんが押してくれているから」
 すると未だ目をつぶったままのジゼが眉間にシワを寄せ、
「エママ……まだ? 足元に細かい粒がいっぱいあって、すっ、滑るぅ……」
 エマはクスリと笑い、
「開けて良いわよぉ。でも目を傷めるといけないから、ゆっくりとねぇ♪」
「分かった……」
 促されるまま、ゆっくり目を開けたジゼは、
「!!」
 絶句した。
 広がる青い空と青い海。
 そして南国の強い陽射しを照り返す、白く輝く砂浜。
 穏やかなリズムを奏でるさざ波は透き通り、はるか遠くの水平線には、モコモコと綿菓子の様な雲が浮かんでいた。
「うっ、うみぃぃぃぃぃぃ!」
 驚嘆の表情したジゼはブーツをスポンと脱ぎ捨て、駆け出そうとしたが、
「ちょ~~~と待ったぁ!」
 ヤマトがすかさず細腕を掴んで捕縛。
 足首と手首に、手早く腕時計の様な装置を巻き付け、
「いいか、ジゼ。これは放射能アラームだ。コイツが鳴ったら、すぐに戻るんだ!」
「うん、うん、うん、うん!」
 海ばかり見てカラ返事を返すジゼに、ヤマトは両手で頬を挟み、自分の方を向かせ、
「大事な事なんだ! 本当に分かってるのか!?」
「分かってる分かってる!」
 ヤマトはジッと目を合わせてから、
「なら行ってヨシ!」
 両手を離した途端にジゼは一目散。猛ダッシュで砂浜へ駆けて行った。
「まったくジゼのヤツ……俺の言った事、ちゃんと分かってるのかぁ?」
 言葉とは裏腹、ジゼの素直な喜びように思わず表情を緩めると、
「フフフッ。すっかり保護者ね」
 笑うエマに苦笑いを返しつつ、車イスからお姫さま抱っこ。
 そのまま木の幹を背もたれ代わり、レジャーシートの上に座らせた。
 木陰を流れていく爽やかな浜辺の風。
「良い風ねぇ」
「うん」
 一息ついた二人の目に映る、波打ち際で小波と戯れる無邪気なジゼの姿。
 その姿は、普通の少女と全く変わらない。
「本当に良い子。ジョセフ博士と白川博士の人柄なのかしら……ねぇ、ヤマト」
 何かのサインを送っている、エマの含んだ微笑みに、
「な、何だよ……」
「べっつにぃ~~~~~~♪」
「い、言いたい事があるならハッキリ言えば良いだろうぉ?」
「そう? なら聞くけど、ジゼちゃんと「お付き合いしたいなぁ」なんて思わない?」
「な!? そ、そう言うの俺にはよく分からない! それにジゼの気持だってあるだろ!」
「ふぅ~ん。じゃあ、ジゼちゃんがオーケーなら良いんだぁ~」
「揚げ足取りかよ! か、勝手に盛り上がるなよなぁ!」
 照れ臭そうにスクッと立ち上がり背を向けた。
「でも、それだけじゃないわ。あなたとジゼちゃんには……運命的な物を感じるの」
「俺も……「棺」から目覚めたからか? 見つかった場所も、形も違う。たまたまだよ」
「どうかしら……でもこんな体になったからなのか、感じ、見えるの。あなたとジゼちゃんが、まだ見ぬ仲間達と未来を歩んでいく姿が……」
「…………」
 チラリと振り返るヤマトの目に映る、何かを悟った様な穏やかな微笑みを浮かべるエマ。
 その穏やか過ぎる微笑みに、得も言われぬ不安を感じたヤマトはスグに前を向き、
「……なぁ母さん……一つ聞いても良いか……」
「なぁ~に、改まっちゃって気持ち悪いぃ」
 おどけて見せたが、ヤマトの背は、いつもと違い反応を返さず、
「…………」
 しばし黙り込んだのち、
「やっぱいいや! 何でもない!」
 過剰とも思える満面の笑みで振り返り、
「ジゼェーーーッ! 飯にしようぜぇーーーッ!」
 浜辺に向かって大きく手を振ると、
「分かったぁーーーーーーーーー!」
 ジゼはヤドカリを釈放し、駆け足で戻って来た。
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