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青木 森

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2.邂逅と別れの章-6

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 部屋の奥は八十畳ほどの保管庫。
 透明なペアガラスで仕切られ、気温、湿度が一定に保たれている。
 保管庫と言えば聞こえは良いが、その実、学者達が研究対象として世界各地から集めた訳の分からない物が統一感なく雑然と並ぶ、言わば大人版「おもちゃ箱」である。
 その中に、一際目を引く石棺が。
 蓋は外れ、中身のない状態で、他の品々同様無造作に置かれていた。
 ヤマト曰く、これがジゼの出て来た石棺だそうである。
 エマは見た事のない文字の様な、絵の様なのレリーフで飾られた石棺にそっと手を触れ、
「噂には聞いていたけど……やっぱり普通の石ね。内側も……何も無い」
 感慨深げに棺を眺め、
「ヤマト先輩としては、どう思う?」
「先輩?」
 ジゼが不思議そうにヤマトを見つめると、
「……どうかな」
 しばしば物思いに更ける様に棺を眺めていたが、二人の視線に、誤魔化す様に咳払い、
「そ、そう言えばさ、「ジゼ」って名前、どう言う意味があるんだ?」
 あからさまに話を逸らすと、
「それは興味深いわ! 「AI界の鬼才」ジョセフ博士と白川博士の娘さんですもの。きっと凄い意味があるのよねぇ?」
 前のめりに喰い付くエマであったが、
「パパが大好きなジャパニメーションの、ツンデレの女の子に似せて付けた名前……」
「「………………」」
 想定外の斜め上。
 しばしば言葉を失うエマとヤマトに、
「やっぱり……へん?」
 不安を滲ませるジゼ。
 ハッと我に返った二人は、
「ひ、人それぞれだと思うわ! それに好きな名前を付けたと言う事は、それだけジゼちゃんに愛情を注いでいたと言う証拠じゃないかしら! ね、ねぇヤマト!」
「あ? え!? うん! そ、そう言う事! それだけ大切に思われてたって事さ!」
「そうか……」
 表情変化は未だ乏しいものの嬉しそうに微笑み、二人がホッと胸を撫で下ろしていると、
「「ヤマト」は? 誰がつけたの?」
 するとエマは予てより不満に思っていたのか、
「良い事を聞いてくれたわ、ジゼちゃん聞いてよ! ジェイソンが付けたの!」
「?」
「日本人っぽい顔立ちしてるから、てっきり日本の神様「日本武尊(やまとたけるのみこと)」からつけたと思ったら……」
「思ったら?」
「「そんなのヤツは知らねぇ、日本と言えば戦艦大和だろ」だって! 大戦当時の敵国のフラグシップの名前よぉ~。ありえるぅ~?」
 呆れ顔を見せると、ヤマトがフッと小さく笑い、
「大きな和(わ)を以て貴し(とうとし)と為す」
「「?」」
「「和」は平和、調和、和やか。昔ジェイソンが、日系人の戦友に教えてもらったそうだよ。家族や仲間、好きになった女の子、大切な人達を守れる良い男になれだってさ」
「そんな話……私には一言も……」
「ジェイソンって普段あんなだから、本当の事を言うのが照れ臭かったんだよ」
「ヤマト……とても、良い名前……」
 ポツリ呟くジゼに、
「サンキュー、ジゼ!」
 嬉しそうに頭を撫でると、ジゼは途端に真っ赤になり、
「はぅ……」
 うつむき、されるがまま頭を撫でられた。
(ほほぅ~。これはこれは……)
 女の直感から、エマの眼の端がキラリと光る。
 しかし女性の機微など考えた事も無いヤマトは何も気づかず、
「母さん、そろそろ外に出よう。下の階は………………要らないよね?」
「え!? あっ、そ、そうねぇ……そうしましょう!」
 エマは瞬間的に残念そうな顔をしつつも、急に不穏な空気を漂わせた。
「下? 何?」
 ジゼが首を傾げると、二人は困惑顔を見合わせ、
「一番下は地熱発電所で、真下の階は指令室なの。でもその間がちょっと……ね……」
 言いにくそうなエマに代わり、
「動物実験場なのさ」
「どうぶつじっけんじょう?」
「戦前、生きたままの動物達を使って色んな実験をしていたフロアなんだ……正直、動物好きのジゼには見せたくない有様なんだよ……今も……」
 エマは見た事があるのか、青ざめ、ハンカチで口元を抑えた。
 様々な情報を取り込んでいる最中のジゼにとって気になる施設ではあったが、エマの体を気遣い、
「私が見たいのは、元気な動物」
「そっか。それなら牛舎を通って外に出よう」
「ぎゅうしゃ……牛の家!?」
「そうさ。その中を通って外に出るんだ」
 ヤマトは、未だ青ざめるエマの乗る車イスをそっと押すと、保管庫の奥にあるエレベーターに乗り込んだ。
 階数表示を見上げるジゼ目は、期待に胸膨らませ、「地上はまだか」と言わんばかりに輝いていた。
 しかしエレベーターは、何故か地下一階で停止。
「?」
 首を傾げると、
「ジゼ、母さん、ちょっと待ってて!」
 ヤマトだけ降り、どこかへ走って行った。
 再び閉まるエレベーター。
 一人減っただけで妙に静かになる室内で、ジゼがおもむろに、
「エママ……質問がある……の……」
「ん? どうしたの、ジゼちゃん?」
 微笑み見上げると、ジゼは自身の胸に手を当て、
「エママに頭を撫でてもらう、嬉しい。ヤマトに撫でてもらう、嬉しい……でも……」
「でも?」
「ヤマトに撫でられると顔が熱くなって、鼓動が早くなって……故障? 病気? アレルギー反応? 私の持つデーターベースにない症状……これは……何?」
「ジゼちゃん、それは故障なんかじゃないの……それはねぇ」
 微笑むエマが何か言いかけると、再び扉が開き、
「おまたせ!」
 ヤマトが手荷物を抱えて帰って来た。
 間の悪いヤマトに、エマは苦笑い。
「ジゼちゃん、それは大丈夫。それは特別なの。お部屋に帰ったら、教えてあげるからねぇ」
「……分かった」
 赤い顔をして小さく頷くジゼに、
「何? なんかあったの?」
 興味深げに二人の顔を窺うと、
「女同士の話を聞きたがるなんて、モテないわよぉ~」
「アハハハハ、モテるモテないなんて縁遠い話、俺には分かんないよぉ」
(なんてニブイ、不憫な子なのぉ……)
 そっと目頭を押さえるエマ。
 しかしヤマトは気にする風もなく、
「母さんに、コレを持って来たよ」
 日傘を手渡し、
「ありがとう、ヤマト」
「で、ジゼにはコレ」
 紫色のリボンが付いた、大きめの麦わら帽子をジゼの頭にスポリと被せた。
「ヤマト、これは?」
 被せられた帽子を脱ぎ、不思議そうに、まじまじと見つめるジゼ。
「麦わら帽子さ。南国の日差しは強いからな。あるとないとじゃ全然違うんだ」
 自慢げにそう言うと、自分も麦わら帽子を被って見せた。
「…………」
 促されるまま被ったジゼは、ヤマトの前でクルリと一回転。
「に、似合って……る?」
 するとエマはジゼに見えない様に、ヤマトの背をツンツン。
 答えを催促。
「に、似合ってるんじゃ、ないかなぁ……」
 照れ臭そうに答えると、ジゼは帽子のつばを両手で引っ張り、嬉しそうに赤面する顔を必死に隠し、ヤマトはヤマトで照れ隠しのつもりか、必要以上に大きな声で、
「そ、そうだ! そろそろお昼だから、コレも持って来たんだよ!」
 手にした籐籠バスケットの中を、二人に開いて見せた。
「サンドイッチじゃない!」
 感嘆の声を上げるエマに、
「天気が良かったから出掛けると思って、朝のうちに作っておいたんだ」
 鼻高々、得意満面のヤマト。
 ほのかに香るサンドイッチの美味しそうな香りに誘われ、ジゼが思わず手を伸ばすと、ヤマトはパタンとフタを閉じ、
「ニヒヒヒヒィ、後でな!」
 悪戯っぽい笑顔を見せ、
「ムゥ! お預けばかりぃ!」
 不満気な顔を見せるジゼに、ヤマトとエマは笑い合った。

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