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青木 森

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1.始まりの章-4

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 ジョセフの研究室は午前のティータイム。
 林の大学時代の失敗談で笑いに包まれていた。
 すると、「ピィー」と言う単調な電子音と共に、
「仮想領域へのインストールが完了しました」
 事務的とも思える平静なジゼの声。
「「「「!」」」」
 相反し、高揚した顔を見合わせる研究員たち。
「諸君! 歴史的瞬間を、私と共に刮目せよ!」
 最も興奮した目をするジョセフは卓上マイクに向かい、
「ジゼ! 仮想領域のデータを動かしてみたまえ!」
「はい」
 と、その時、
「コンチハァーーーッ! ニコニコ電機でぇす!」
 青いつなぎの作業員達が、いきなり研究室に雪崩込んで来て、最も入り口近くいた林は慌てて駆け寄り、
「ちょ、ちょっと、今部外者に入ってもらっちゃ!」
 バスッ!
 乾いた音共に、その場に声なく倒れた。
 作業員の一人に眉間を撃ち抜かれたのである。
 声を上げる間もなく吉岡も。
 ジョセフと白川は互いに庇おうと駆け寄り。
「ジョセフ!」
「保子!」
 白川は背中から、抱きしめたジョセフごと撃ち抜かれた。
 折り重なるように倒れる二人に、銃口から煙を上げ身構える、後部座席にいた華奢な男。
 その光景に、助手席にいた白人女性は銃を片手に呆れ顔。
「あぁ~あ、捕獲対象の博士までやっちまいやがった。これだから素人は……」
 嘆息を漏らすと、男は虫の息のジョセフの傍らに立ち、
「あんたが悪いんだよぉ。この研究室と研究はぁ、全て僕の物だぁ!」
 低く濁った声で見下ろし、目深に被った帽子を取りジョセフに素顔を晒した。
「き……キミは……!?」
 息も絶え絶え、驚きの声で見上げる目に映ったのは、例の研究員である。
「フゥヘヘへへ……」
 まともな精神状態に見えない、狂気じみた笑顔を見せる男に、
「キィモッ」
 ドン引きする女兵士達であったが、男の耳には届かない。
 しかし後部座席で鋭い目を光らせていた軍曹は気にもせず、腕時計をチラリと見、
「先生さんよ、時間が無いんだ。さっさと始めてもらえるかい?」
 射貫く様に睨むも、男は薄ら笑いを浮かべ、
「そうだねぇ~軍曹ぉ」
 ジョセフの席に座り、
「さぁジゼちゃ~ん。本当のパパが、お迎えに来たでちゅよぉ~」
 キーボードを操作し始めた。
 息絶えたのか、傍らの床で突っ伏したまま、身動き一つしなるジョセフ。
 隊員達は不快感を露わ、
「ケッ」
「ウザッ。研究員に同情するぜぇ」
「チッ。任務じゃなければこんなヤツ」
 聞こえる事を気にもせず、むしろ聞こえる様に嫌悪を口にするも、男は全神経をジゼに向け聞こえていないのか、血走った両眼をカッと見開き、不気味な笑みを浮かべてモニタを見つめたまま、指先だけが別の生き物の様に、キーボードの上を跳ねまわる。
 隊員達が辟易した顔を見合わせる中、突然ヘッドセットに、
「軍曹ォ!」
 モニタールーム班の焦燥した声が響いたが、軍曹は慌てた様子を微塵も見せず、
「トラブルか?」、
「いっ、いえ、それが、その……」
「何だ? 早く言え」
「さ、サァ、イエッサァー! ほ、本部から即時撤退せよとぉ!」
 軍曹の顔が怒りに急変、
「ここまで来させておいて、ビビりやがったか! 制服組のクソ共がァ!」
 怒り任せに近くのごみ箱を蹴飛ばした。
 国益の為と費やした膨大な時間、労力、お金、犠牲者、その全てが事務方の「撤退」のたった一言により水泡と帰したのであるから怒りも当然と言える。
「理由は何だァ!」
「それが……」
 猛る軍曹は返る答えに、表情を一転させた。
「か、核戦争だと……確かなのか!?」
 懐疑的な表情を浮かべる軍曹と、ざわつく隊員達。
「だ、第三国のボンボンが制裁措置に逆切れ発射して、それを皮切りに核保有国同士が報復合戦を始めたようです! マスコミもエライ勢いで速報を流しています!」
 殺害した警備員が握っていたスマホに見入る、モニタールームの隊員達。
 軍曹は思案する間も見せず、
「引き上げだァ! 急げ急げ痕跡を消そうと思うな! 基地に入れば治外法権だ!」
 慌ただしく撤退準備に入る隊員達。
 ふと見れば、例の男は周囲の声さえ耳に入らないほどパソコン操作に熱中、と言うより思い通りにいかないのか苛立ちで顔を歪めていた。
「あなたにはアクセス権限がありません」
 機械的、事務的に拒否を宣告するジゼに男は怒り、机を何度も何度も叩き、
「何故なぁんだぁうおぅうぅ! こうなったら最上位権限でこじ開けてやるんだぞぉ!」
 軍曹は隊員の一人にアイコンタクト。
 隊員は頷き返すと男の首に躊躇なく麻酔を注射し、男は怒りの表情のまま卒倒。
 そうこうしている間にも、核戦争開戦を知った施設内も騒がしくなり始める。
「悪いねぇ先生さんよ。クライアントに死なれると、こちらの沽券にかかわるんでねぇ」
 軍曹は、昏倒した男を睨む様に見下ろすと隊員達に目配せ、
「混乱に紛れるぞ!」
 麻酔を刺した兵士は男を担ぎ、軍曹達は部屋から飛び出した。
 阿鼻叫喚、怒声と悲鳴に包まれる外とは対象的に、ひと気が無くなり静まり返る研究室。
 するとジョセフの机の上に、血にまみれた誰かの手が伸び上がって来た。
 震える手で体を支え起き上がって来たのは、辛うじて意識を繋ぎ止めるジョセフであった。
 懸命に、机の上に上半身を投げ出しカメラに顔を映すも、ジゼは淡々と、
「ジョセフ博士、 呼吸、脈拍に異常が見受けられます。早急な診察と治療が必要と考えます。生命維持にかかわる状態である事を報告します」
 しかしジョセフは血の気を失った、青い顔で微笑み、
「……ジゼ……僕は……死ぬんだよ……」
「死? 人の「死」とは何でしょうか?」
「僕と言う存在が……命が……消えるんだ……」
「存在、命が消える。分かりません。不足データの追加インストールを要求致します」
 変わらぬ口調のジゼに、ジョセフは最後の力を振り絞り、
「いいかいジゼ……よく聞くんだ……。彼らを恨んでは……殺しては……いけない……安易に人を殺す者……人、ケモノ……でもない……それはケダモ……ノ……だ……よ……」
 再び床に崩れ落ちた。
 何故そんな事を口走ったのか、本人にも分からない。
 ジョセフは仰向けで呼気荒く天井を見つめ、
「ハハ……人間とは……実に不可解……だ……」
 薄れ行く意識の中、小さく笑うも、
「ジョセフ博士、直ちに治療を受ける事をお勧め致します。白川博士、林研究員、吉岡研究員いらっしゃいませんか? ジョセフ博士への緊急処置を進言致します」
 白川達の死も理解出来ず、ジゼは淡々と研究員達を呼ぶ。
 消えかける命の灯火。
 ジョセフは残ったチカラを振り絞り、冷たくなってしまった白川の手をなんとか握り、
「ジゼ……最期くらい……ぼくらを……パパ……ママと……」
 虫の息で皮肉っぽく微かに笑うと、
「……ぱ、ぱ……ま、ま…………」
 それは幻聴だったのかも知れない。
 しかし最期に聞こえたジゼの確かな呼び声に、ジョセフは涙し、
「ありがとう……愛しい……ぼくらの、むす……め……」
 穏やかな微笑みを浮かべ、静かに最後の脈を打ち終えた。
 非常電源に切り替わり、薄暗くなった施設内に鳴り響く、緊急警報と退避を促す絶叫アナウンス。そして逃げ惑う人々の、けたたましい悲鳴と怒声。
 ジゼが研究員達の名を連呼する声は、その全てに掻き消され、やがて非常電源も切れたのか、施設内の薄明りも消えて行き、徐々に消え行く人々の阿鼻驚嘆と同調する様に、ジゼの声も次第に消えて行く。
 数分後、ひと気が無くなり、静かな闇と化す施設内。
 一瞬にして目も眩む様な明かりに照らされ、一拍遅れで全ての窓ガラスが一瞬にして吹き飛び、爆風が施設内を駆け抜け、舞い上がった可燃物は一瞬にして灰と化した。

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