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0.邂逅
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古代世界を描いた叙事詩において、大津波や大洪水で国が滅んだ伝承は世界各地に存在し、他にも人類は何度か滅び、今の人類は神によって新たに作られた何世代目であるなど、時代、場所を選ばず、類似を見る伝承は数限りなく存在する。
この類似は何を意味しているのか。
それを知る上で一つの可能性を示す物が「その時代に似つかわしくない発掘遺物」、オーパーツである。
近年、解析技術の向上により、作製時期の誤りや詐欺的ニセ遺物など、まがい物オーパーツの正体が次々明らかにされて来ている。
しかし、中には未だ解明不可能な遺物がある事も事実であり、また今後の発掘調査により、真のオーパーツが発掘されうる可能は否定できない。
新たなオーパーツが発見された時、現代に生きる我々は過去に何を見るのであろうか。
南半球の太平洋上にポツンと浮かぶ小さな島。
南国特有の樹木に囲まれた、面積〇・三七平方キロメートル、海岸線長二・七キロメートル、端的に言えば、ドーム型球場がかろうじて九個作れる程度の小さな島である。
青く澄み切った空の下、一人の少年が息を弾ませ木漏れ日の下を走っていた。
木々の間を抜けると眼前に、離れ小島とは不釣り合いな、コンクリート製の三、四階建てのビル群が姿を現し、遠くにはタジン鍋の様な形をした「原子炉建屋」まで見える。
しかしよく見れば、破棄され幾年経過しているのか、建物の窓は割れ一部は崩壊、アスファルトは至る所で歪み裂け、植物の楽園と化していた。
さながら人類が滅んだ後の地球の様である。
陽の光の下に飛び出した少年は身長が百七十センチ位であろうか、ごつい軍用ブーツに緑の迷彩柄のパンツと黒のタンクトップ姿。
しかし南国の強い日差しにさらされている筈がさほど日焼けはしておらず、顔立ちから「若い」と言うより、幼さの残る東洋人の様に見える。
少年はゴーストタウンと化した建物群の間を駆け、野菜を栽培する四十畳ほどの畑を抜け、奥に建つ施設へと続くトンネルに入って行った。
トンネル内は破損もないうえ石ころ一つ落ちておらず、稼働していない様に見える原子炉の代わりに太陽光パネルでもあるのか、LED照明で明るく照らされていた。
やがて少年は薄暗い廊下に光が零れる、扉が開いたままの部屋に駆け込み、
「ただいまぁーーー! 見回り終わったよ!」
「おう。ご苦労さん!」
「お疲れ様」
ダイニングテーブルを挟み、明るい声を返すイスに座った男女。
男性は短髪で三角顔に無精ひげ。
軍用ブーツに緑の迷彩柄パンツと、袖を折り曲げた迷彩シャツを黒のタンクトップの上に羽織ると言う出で立ちで、首にドックタグを下げている事から軍人の様である。
対面に座る女性は、よく見ると何かしら障害があるのか車イスに座っている。
色白で目鼻立ちの整った女性は、肩まで伸びる栗色の艶やかな髪を持ち、その容姿と白いワンピースとが相まって知的な印象を醸し出し、軍人と思われる男性と並ぶと「美女と野獣」。
正にその様な形容がピタリとはまる組み合わせであった。
「じゃあエマ母さん! 俺、下で調べ物するから!」
今帰ったばかりの少年が、帰ったその足で慌ただしく部屋から駆け出そうとすると、
「ほどほどにね」
優しい微笑みに、少年は笑顔を返しつつ部屋から駆け出して行った。
「お、おいヤマトぉ~ッ! オヤジの俺には、なんも無いのかよぉ~」
男性が不満げな声を上げると、ヤマトと呼ばれた少年は顔だけのぞかせ、
「エマ母さんに面倒かけない様にね、ジェイソン!」
苦言を呈す様に指差すと、再び走り去って行った。
「たく……相変わらず何なんだよ、この扱いの差はよぉ~」
嘆くジェイソンに、エマはクスリと笑い、
「ろくな事を教えないからじゃない? まあ言うなれば……人徳の差?」
「言ってくれるよぉ」
小さな苦笑いを見せると、
「なぁエマ……ヤマトのヤツ、最近熱心に何調べてるか知ってるか?」
「さぁ? でも何か見つけては熱中するのって、いつもの事じゃない?」
するとジェイソンは少し困った様に、
「お前を歩ける様にしたいんだとさぁ」
「そう……なんだ」
微笑む表情は、少し悲しげであった。
と、突然、
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!」
エマが口元にハンカチを当て、激しく咳き込み、
「大丈夫か!」
ジェイソンが慌てて駆け寄った。
少し呼吸は荒いものの、エマはゆっくりジェイソンの顔を見上げ、
「……せっかく二人でトンネルを通り易くしてくれたのに……ごめんね……」
「エマ……」
微笑むエマを、悲痛な表情で見つめた。
エマの手に握られた、彼女の鮮血で赤く染まるハンカチ。
彼女は末期がんであり、歩行困難はガンが転移し、進行した結果引き起こされた症状である。
破棄された離れ小島に医者や、まして抗がん剤等ある筈もなく、医療行為を受ける事が出来ないエマの死は避け難い物となっていた。そしてヤマトには、とある理由によりこの事実は知らされていない。
エマはハンカチを懐に隠すと、
「はぁ……でも心残りは、ヤマトの彼女になる子を見られない事ねぇ」
冗談混じりにため息を吐き、
「ハハハ……俺達三人しかいない、この島じゃあなぁ~な」
ジェイソンが努めて笑って見せると、
「ジェイソン! エマ母さん!」
「「!?」」
二人は駆け出して行った筈のヤマトの呼び声に驚いて振り返り、更に驚いた。
「お、お前! その子どうしたぁ!?」
ヤマトの隣に、エマに似た栗色の、腰までありそうな長い髪を持つ、ヤマトより頭一つ分背の低い少女の姿が。
呆けているのか、感情を読み取るのが困難なほどボーッと立ち尽くし手を繋ぐ少女は、羽衣の様な真っ白い一枚布を透明感のある素肌に纏り、その上にはヤマトが着せたのであろうか、この施設のスタッフジャンパーを羽織っていた。
運命的な邂逅を果たした少年と少女ではあるが、話は一度、十年ほど前にさかのぼる。
この類似は何を意味しているのか。
それを知る上で一つの可能性を示す物が「その時代に似つかわしくない発掘遺物」、オーパーツである。
近年、解析技術の向上により、作製時期の誤りや詐欺的ニセ遺物など、まがい物オーパーツの正体が次々明らかにされて来ている。
しかし、中には未だ解明不可能な遺物がある事も事実であり、また今後の発掘調査により、真のオーパーツが発掘されうる可能は否定できない。
新たなオーパーツが発見された時、現代に生きる我々は過去に何を見るのであろうか。
南半球の太平洋上にポツンと浮かぶ小さな島。
南国特有の樹木に囲まれた、面積〇・三七平方キロメートル、海岸線長二・七キロメートル、端的に言えば、ドーム型球場がかろうじて九個作れる程度の小さな島である。
青く澄み切った空の下、一人の少年が息を弾ませ木漏れ日の下を走っていた。
木々の間を抜けると眼前に、離れ小島とは不釣り合いな、コンクリート製の三、四階建てのビル群が姿を現し、遠くにはタジン鍋の様な形をした「原子炉建屋」まで見える。
しかしよく見れば、破棄され幾年経過しているのか、建物の窓は割れ一部は崩壊、アスファルトは至る所で歪み裂け、植物の楽園と化していた。
さながら人類が滅んだ後の地球の様である。
陽の光の下に飛び出した少年は身長が百七十センチ位であろうか、ごつい軍用ブーツに緑の迷彩柄のパンツと黒のタンクトップ姿。
しかし南国の強い日差しにさらされている筈がさほど日焼けはしておらず、顔立ちから「若い」と言うより、幼さの残る東洋人の様に見える。
少年はゴーストタウンと化した建物群の間を駆け、野菜を栽培する四十畳ほどの畑を抜け、奥に建つ施設へと続くトンネルに入って行った。
トンネル内は破損もないうえ石ころ一つ落ちておらず、稼働していない様に見える原子炉の代わりに太陽光パネルでもあるのか、LED照明で明るく照らされていた。
やがて少年は薄暗い廊下に光が零れる、扉が開いたままの部屋に駆け込み、
「ただいまぁーーー! 見回り終わったよ!」
「おう。ご苦労さん!」
「お疲れ様」
ダイニングテーブルを挟み、明るい声を返すイスに座った男女。
男性は短髪で三角顔に無精ひげ。
軍用ブーツに緑の迷彩柄パンツと、袖を折り曲げた迷彩シャツを黒のタンクトップの上に羽織ると言う出で立ちで、首にドックタグを下げている事から軍人の様である。
対面に座る女性は、よく見ると何かしら障害があるのか車イスに座っている。
色白で目鼻立ちの整った女性は、肩まで伸びる栗色の艶やかな髪を持ち、その容姿と白いワンピースとが相まって知的な印象を醸し出し、軍人と思われる男性と並ぶと「美女と野獣」。
正にその様な形容がピタリとはまる組み合わせであった。
「じゃあエマ母さん! 俺、下で調べ物するから!」
今帰ったばかりの少年が、帰ったその足で慌ただしく部屋から駆け出そうとすると、
「ほどほどにね」
優しい微笑みに、少年は笑顔を返しつつ部屋から駆け出して行った。
「お、おいヤマトぉ~ッ! オヤジの俺には、なんも無いのかよぉ~」
男性が不満げな声を上げると、ヤマトと呼ばれた少年は顔だけのぞかせ、
「エマ母さんに面倒かけない様にね、ジェイソン!」
苦言を呈す様に指差すと、再び走り去って行った。
「たく……相変わらず何なんだよ、この扱いの差はよぉ~」
嘆くジェイソンに、エマはクスリと笑い、
「ろくな事を教えないからじゃない? まあ言うなれば……人徳の差?」
「言ってくれるよぉ」
小さな苦笑いを見せると、
「なぁエマ……ヤマトのヤツ、最近熱心に何調べてるか知ってるか?」
「さぁ? でも何か見つけては熱中するのって、いつもの事じゃない?」
するとジェイソンは少し困った様に、
「お前を歩ける様にしたいんだとさぁ」
「そう……なんだ」
微笑む表情は、少し悲しげであった。
と、突然、
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!」
エマが口元にハンカチを当て、激しく咳き込み、
「大丈夫か!」
ジェイソンが慌てて駆け寄った。
少し呼吸は荒いものの、エマはゆっくりジェイソンの顔を見上げ、
「……せっかく二人でトンネルを通り易くしてくれたのに……ごめんね……」
「エマ……」
微笑むエマを、悲痛な表情で見つめた。
エマの手に握られた、彼女の鮮血で赤く染まるハンカチ。
彼女は末期がんであり、歩行困難はガンが転移し、進行した結果引き起こされた症状である。
破棄された離れ小島に医者や、まして抗がん剤等ある筈もなく、医療行為を受ける事が出来ないエマの死は避け難い物となっていた。そしてヤマトには、とある理由によりこの事実は知らされていない。
エマはハンカチを懐に隠すと、
「はぁ……でも心残りは、ヤマトの彼女になる子を見られない事ねぇ」
冗談混じりにため息を吐き、
「ハハハ……俺達三人しかいない、この島じゃあなぁ~な」
ジェイソンが努めて笑って見せると、
「ジェイソン! エマ母さん!」
「「!?」」
二人は駆け出して行った筈のヤマトの呼び声に驚いて振り返り、更に驚いた。
「お、お前! その子どうしたぁ!?」
ヤマトの隣に、エマに似た栗色の、腰までありそうな長い髪を持つ、ヤマトより頭一つ分背の低い少女の姿が。
呆けているのか、感情を読み取るのが困難なほどボーッと立ち尽くし手を繋ぐ少女は、羽衣の様な真っ白い一枚布を透明感のある素肌に纏り、その上にはヤマトが着せたのであろうか、この施設のスタッフジャンパーを羽織っていた。
運命的な邂逅を果たした少年と少女ではあるが、話は一度、十年ほど前にさかのぼる。
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