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第十章

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 密かな監視を続ける男はトロペオラム達の屈託無い喜怒哀楽や、それを大人として見守る村人たちの優しさを目の当たりに自分の行為に虚しさを覚えたが、そこは生真面目が過ぎる彼である。

(いやいや何を落ち込んでるんだ俺は!)

 任された仕事を途中で放棄するなど出来る筈も無く、変わらぬドジと謝罪を繰り返しながらも監視任務をこなし、やがて待ち合わせ場所で地世信奉者たちに「見たまま」を、個人的感想や、脚色無く報告した。

 すると彼らは、
《御苦労様でした同志よ》
 男の労をねぎらった上で一人が手のひらサイズの小袋を差し出し、思いもしなかった成り行きに、

『え?! これは???』

 躊躇いと、戸惑いを覚える男。
 中身が金銭であるのは容易に想像できたが、彼としては金銭目当てで参加したつもりが無かったから。

 生真面目が過ぎるが故に男はそれを安易に受け取ってしまうと、中世の民の晴らせぬ想いを代行したつもりが「安い偽善へ」と自らの行為を貶める気がして、受け取りに躊躇いを覚えたのである。
 
 そんな男の不器用を、信奉者たちは嘲笑う事なく淡々と、
「志を同じくしているからと言って、全てを自腹で賄えとは」
「それはあまりに理不尽でしょう」
「これは活動費の足しになさい」
 中に入っているのが金銭であるのを改めて窺わせ、それを罪悪感なく受け取れる大義名分に、

『あっ、ありがとうございまぁす!』

 男が手放しで感謝を伝えると、信奉者たちはフード部分から僅かに覗く口元に微かな笑みを浮かべて頷き、

「「「…………」」」

 落ちた陽により生じた闇の中に音なく、静かに、紛れるように去って行った。
 その場に一人だけ残さた「蓄財を削る日々の無職男」は思わぬ臨時収入に、
(ありがたい♪)
 中を確認するなり、

「昼飯一回分……」

 小さくこぼした。
 中から出て来たのは、子供の御駄賃ていどの少額。
 
 面喰らい、
(そうか……だから「日当」じゃなく「活動費の足しに」って言い方をしたのか……)
 落胆を覚えたが、

(いやいや履き違えるな!)

 落ち込む自身の発想を邪と断じ、

(俺は日当を稼ぐ為に行動したんじゃなく「天世に天誅を下す行為」に貢献したんだ! 額の多い少ないに一喜一憂してどうする!)

 諭すように言い聞かせた。
 幾分、自己暗示的にありつつ。

 それからも男は生真面目に、
「…………」
 小さな自警団の動向を監視し、目にした光景のありのままを報告する日々を送った。
 
 そんなある日、いつも通りに報告を終えると信奉者たちもいつもの通り「御苦労様でした」と男の労をねぎらったが、労をねぎらった後に一人が、

『それにしても目障りですね』
(え?!)

 小さく驚く男を尻目に、
「やはり少々痛い思いをさせないといけませんね」
「それには七草のガキが邪魔ですね」
「狙うなら、やはり不在の時でしょう」
「報告の通りならば、おあつらえ向き定期的に参加していない日があるようですし」
 トロペオラム達への襲撃計画を語り合い始め、男は、

(なっ、何を言ってるんだこの人達は?! 痛い思い?! 七草ぁ?! 相手は幼い子供だぞぉ?!)

 指示されるがままに活動して来たが故に、話が全く見えなかった。
 額面通りならば幼い子供たちに対する「無慈悲な襲撃の企て」であり、戸惑いを覚え、そして今更ながら思った。

《とんでもない連中の下で働いていたのでは?!》

 恐れを抱くと同時、自身がもたらした情報が「子供たちの命」を危機に陥れる可能性に恐怖し、

《そんな事はすべきじゃない!》

 蛮行を諭すべきであるとも強く思ったが、
(!)
 目の前に居る黒ローブの一団は、エルブ国国王軍とかつて死闘を演じた地世信奉者たちの残党である。

 そんな一団を前に、全く以て今更ではあるが、
(こっ、こんな人たちに面と向かって批判をぶつけたらぁ、いったいどんな報復がぁ?!)
 湧いた恐怖に加え、理由はどうであれ自らも「違法行為に加担した」のは紛れもない事実であり、罪を犯した自覚もあるが故に、

(どぉ、どっ、ど、どうしよう……どうしよう……)

 苦言に二の足を踏んでいると、

『貴方まだ居たのですか? もぅ帰って良いのですよ』

 信奉者の一人に帰宅を促されてしまった。
 だからと言って素直に帰ってしまったら、

(俺が流した情報で、俺が知らない所で子供たちが襲われるかも!)

 恐怖と罪悪感と、僅かに首をもたげた正義感の板挟みから、
「あっ、え、えっと……あの……その……」
 惑い、口にすべき「穏便に済ませられる正答」を探しあぐねていると、

『どうかされましたか?』
(ひぃっ!)

 不穏を察した一人にズイッと歩み寄られ、命の危機を感じた男は、とっさの保身の反射で、
『何でもありませぇえぇん♪ お疲れ様でしたぁあ♪』
 取り繕った満面の笑顔で逃げるようにその場を後にした。

 自身の危機は回避できた男であったが目覚めてしまった正義感と罪悪感はそれを良しとせず、借り部屋のベッドに駆け込み急いで鍵を閉めるとシーツを頭から被り、
(どっ、どどどどどどぉどぅしよう!)
 打ち震えた。

 脳裏をよぎるは、無垢なる四つの幼き笑顔。

(警備隊に知らせるべきか?! でもそんな事をしたら信奉者に加担したのがバレて捕まるるぅ!)

 良心と保身の狭間で、心は激しく揺れた。
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