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第十章

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 傷が急速に修復されているとは言え細菌感染を恐れてか、一応包帯を巻かれた状態の彼女は命に別条が無いのが一目瞭然ではあったが、両目を開いているにも拘らず、

「…………」

 無表情で天井の一点を見つめだけ。
 心配する仲間たちを前にしてなお、

「…………」

 何の反応も示さず、
「どうして!?」
 戦慄(わなな)くばかりのラディッシュ。
 堪らずベッドに駆け寄り、

『ドロプ! 僕だよ! ラディッシュだよ! キミのお蔭で勇者として目が覚めてぇ! 借り物感覚だった天世人のチカラも体に凄く馴染むようになったんだよぉ!』

 状況が好転したのを早口でまくし立てるように、まるで詰め寄るが如くの勢いで謝意を口にしたが、
「…………」
 横たわる彼女は無反応。
 変わらず天井の一点を見つめたまま。

「そ、そんな……」

 目の前の現実を受け止め切れず、ただただ震えるラディッシュ。
 押し寄せるは、

(ぼぉっ、僕は、なんて事をしてしまったんだ……)

 取り消せぬ後悔。
 父親(仮)が見せる尋常ならざる姿に、異変を察した幼きチィックウィードは医師の足に泣きすがり、

『ママぁなおらなぁいなぉ!』

 さしもの医師も、幼子の涙に平静な態度を維持できず、
「そっ、それは……」
 動揺を露に、

「しょ、正直、私には「分かりません」としか……司祭様(ターナップ)とパストリス様の治癒の天技に加え、四大様(ドロプウォート)の人知を超えた回復力により重症は瞬く間に軽症へと改善されたのですが……」

 未知の症状を前に言葉は尻つぼんでしまった。
(原因が外傷によるもので無いなら!)
 精神に「何らかの異常をきたした」と即断するラディッシュ。

『ニプル! ドロプを診てぇ!』

 精神系の天技のスペシャリストである彼女の治療を求めて振り返った。
 しかし、

「無理さ……」
「?!」

 彼女は間を置かず悲し気に、
「もう診たのさ……まるで精神が白紙……こんな症状はウチも見たことがないさ……」
「そ……」
「ウチにはどうする事も……」
「そんな……」
「「「「「…………」」」」」
 勇者組の面々が視線を落とすと、

『回路が焼き切れたのよ』
「「「「「「!?」」」」」」

 原因と思しき言葉を淡々と語りながらも、音色に悲しみを滲ませるのはヒレン。
 勇者組が言われた意味を理解できず戸惑う中、
 
『そうし、ね……』

 リンドウもうつむき加減で彼女に同意を示しながら、
「ドロプは「天世の英雄」し」
((((((((…………))))))))
 分かり切った事を言われた。
 
 謎が深まるばかりの一行を前に、彼女はその様な反応が返って来るのも織り込み済みであったのか、言葉の真意が理解されていないのを平静に受け止めつつ、同席して居る一般人の医師、看護師たちに特段の注意を促すように、

『今から話す事は他言無用し。破ったら聴いた人間全てにも「天世の罰が下る」と心するし』

 強めの口調で釘を刺した上で、

「英雄とは言え、彼女は「天世に造られた勇者」しぃ」
(((!?)))

 期せずして、知られざる「世界の裏側の一部」を知る事となった、中世人の医師、看護師たち。
 それがどれ程の衝撃を受ける真実であったか「心の内を推し量る」は不可能であるが、驚愕する医師、看護師たちを尻目に、

「人造勇者の体に、しかも「百人の天世人のチカラ」を収め続けるなんて無謀な自殺行為だったのし……でも……」

 リンドウはドロプウォートが作戦を持ち掛けて来た時の「必死」を思い返し、
「この子は、こうなる覚悟を持ってたのし……」
 涙声で言葉を呑んだ。

『治らないの治せないのォ!』

 堪らず詰め寄るラディッシュ。
 しかし、

「私達にも分からないわよ」
(!)

 淡々と嘆くように呟くヒレン。
 その言葉には「可能なら治してあげたい」との想いがありありと滲み、リンドウも、

「堕落し切って先人の英知を失った今の天世には、英雄を治せる技術は無いのしぃ……天世の危機の近づきに「英雄がどうして現れるのか」さえ、今の天世には分からないのし……」

 横たわるドロプウォートの頬を、いたわるように優しく撫でた。
「…………」
 それでも無反応な彼女。

 思い出されるは凛とした中にも内なる慈愛が滲み、人を惹き付け、喜怒哀楽が服を着て歩いていたような、闊達であった彼女の姿。

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