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第九章

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 一瞬の気の緩みが致命傷となる、勇者と誓約者による剣技の激しい応酬のさ中、

(こ、これが本気のラディ!)

 内心で慄く、剣姫と称される実力を持つ、天世の英雄でもある誓約者ドロプウォート。
 そして剣を幾重に交えながら、出会った頃の彼の「勇者の一人」とは到底思えぬ「逃げ腰(ヘタレ)」を思い返し、

(本当に強く、逞しくなりましたわぁ、ラディ)

 鬼の形相の内で密かに感嘆していた一方、ラディッシュの方は彼女に一太刀浴びせるたび、

(クッ……)

 苦悶の表情を見せた。
 覚悟を決めたとは言え、元仲間を、元戦友を、隣に生涯並んで居てくれたかも知れない彼女を傷付けている事に、痛みを覚えていただけではない。

 奪われたチカラの一部を取り戻すたび甦る、ラミウムにより消された筈の、元居た世界の「苦い記憶」に胸が締め付けられていた。

 彼がそこに見たのは、先に感じた同族意識の所以(ゆえん)と言える、人の良さに付け込まれ、騙され、裏切られ、見下され、誹られ、利用された、痛ましい記憶の数々。
 受けた理不尽は数え切れず、心は痛み、そして震え、

(僕はァ!)

 覚えた憤怒が増すに合わせ、

(僕はただァア!)

 繰り出す剣技は重さと数と鋭さを増して行き、

『僕はただみんなと仲良く過ごしたかっただけなのに何でぇなんだよォオーーーオッ!』

 堪えることの出来ない悲しみと怒りが咆哮となって暴発。
 正に、逆鱗。
 終末に世界の全てを焼き尽くすと言われる劫火(ごうか)を思わせる炎を、生身の女性に「白き火焔の一刀」として振り下ろし、

 バァガァァアアァァアアーーーッ!!!

 躊躇なく、容赦なく叩き付けた。
 天世のチカラの全力を、まともに受けるドロプウォート。
 受けた衝撃は大地を裂け崩し、大洋は荒れ狂い、地表に巨大クレーターまで作ったが、爆心地の中心で地表にまで達していた彼は、双刀を十字に振り抜けぬ格好のまま地に立ち、

『何で止めるァアァァアァアァ!』

 猛る顔は正気を失い、まるで鬼。
 堕落の町を一瞬にして滅ぼした天からの火矢、メギドの火の如き一刀を、
「「「「「…………」」」」」
 悲し気な表情で、全力を以て受け止める勇者組の仲間たちを呼気荒く睨み付けた。

 すると、

 パァン!

 平時の温和が消え失せた「憐れな横っ面」を、ニプルウォートが怒りに唇を震わせ平手打ち。

『よく見るさラディイ! ウチ達と! そしてアンタがした事をッ!』
『何をッ!』

 涙まで浮かべる彼女の一喝にさえ怒りが収まらぬ彼ではあったが、何かを目の当たりに、

『なッ!!!?』

 愕然とした。
 一瞬にして、正気を取り戻した。

 目に映ったのは重傷と聴かされていた、外傷の無いパストリスとチィックウィードの今にも泣き出しそうな悲しげな顔。
 無事な二人の姿に、仲間たちの悲痛な表情に、信じられないほど体に馴染むようになっている「百人の天世人のチカラ」に、
「ま、まさか……僕の……」
 全てを悟る勇者ラディッシュ。

 頭と心の処理が追い付かない。
 両手に残るは自身の誓約者を斬り続けた、確かな感触。

(そ……そんなぁ……)

 現実を直視するに恐れを覚え、仲間たちの今の表情を窺い見る余裕さえない。
 トドメの一刀こそ仲間たちが防いでくれたとは言えそれは完全でなく、百人の天世人の全力を容赦なく放たれ、浴びたドロプウォートが無事でないのは大地に刻まれた「天災級の傷跡」を見れば明らか。

 自らの行為に恐怖し、異様に早まる鼓動。

 流れ落ちる脂汗。

 心臓が口から飛び出てしまいそうな緊張に息を呑む中、足元で待っているのは、やり直しの出来ない現実。
(どぉ……ドロプは……)
 カタカタと震えながら、ゆっくりと、恐る恐る視線を下ろす。

 そして、

「こぉ、これを僕がぁあぁぁ………」

 ガァシャシャシャーッ!

 託され、大切に扱っている双刀を、失意から無意な粗雑で地に落とし、
「う……うあぁ……」
 胸元を千切れんばかりに握りしめ、

『うわぁぁぁぁぁぁっぁあぁぁっぁっぁっぁぁっぁあぁーーーーーーーーーッ!!!』

 空に向かって、あらん限りの声で後悔を泣き叫んだ。

 身動き一つせず地に横たわる、全身傷だらけで血にまみれた、無残な姿に変わり果てた盟友、肉親よりも強い絆で結ばれていた筈の「誓約者ドロプウォート」を前に。


~物語は次の章へと~

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