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第九章

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 大司祭が永い眠りに就いて数日後――

 一心不乱に、過剰とも思える気勢で稽古に打ち込むのはターナップとインディカ。
 懸命に、取り憑く何かを振り払おうとするかの如くに。

 そんな二人の痛々しい姿をラディッシュは不安げに見つめ、
(あんな話を聴かされた後で、大丈夫かな……)
 リンドウとヒレンから告げられた「大司祭の死」にまつわる話を思い返した。

 大司祭の亡骸を前に、
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
 呆然と立ち尽くすターナップ、インディカ、そしてラディッシュたち。

 ラディッシュの肩上には沈痛な面持ちで坐る、妖精ラミウムの姿も。
 急激な老化が見て取れてはいたが、よもや昨日の今日で「老衰で亡くなる」など思いもせず。

 重苦しい空気の中、ヒレンが苦々しげに呟くように、
「やられたわね……」
「どう言う意味だ?」
 険しい表情で即座に振り返るターナップとインディカに、

「叙事詩時代から生きて来た人間が、加齢で、老衰で、昨日今日でいきなり亡くなる筈が無いでしょ」
「「?」」
「元老院よ」
『『元老院ッ?!』』

 再びの悪名に二人の表情の険しさが増すと、リンドウも、

「そうしぃね……地技を用いて命を長らえていたプエラリアと違う仕組みの天技で、繋いでいた「命への恩恵」を切られたのしぃ……」
『『なっ!?』』

 慄く二人を彼女は真っすぐ見つめ、

「ようは用済みって事しぃ。アーシの暗殺に失敗した元老院にとって」
『何ァーんスッかぁソレァア!』

 インディカは悔し気に、涙ながらに激昂し、

「散々ぱらぁ利用しておいて不要になったらポイっスかァ!? そんなんあんまりじゃネェっスかァア!」
「止めねぇか、インの字」

 ターナップは静かながらも強い口調で短く諭したが、師匠が長らく受けていたであろう仕打ちを想うと彼は堪える事が出来ず、

『でもぉ兄貴ぃい!』

 なおも食い下がろうとした。
 すると、

「ありがとなインの字、ジジィの為に怒ってくてよぉ♪」
「?!」

 孫であるターナップは穏やかな笑顔を見せ、眠る祖父に視線を移し、

「ジジィは、こうなるのを初めから分かってやがったのさ。いや、望んでたのかも知んねぇ」
「ま、マジっ……すかぁ?! でも、なんで……?」
「疲れたって、言ってやがったじゃねぇか」
「そ……」
「偽り続ける人生ってヤツによぉ」
「…………」

「だから「自分が主犯」と分かり易い事件を起こした。ついでに、ヤベェストーカー野郎を捕まえるお膳立てまでしてなぁ」
(でもぉ兄貴ぃ!)

 納得がいかないインディカは苦言を口にしようとしたが、

(!)

 何かを目にして「グッ」と口をつぐんだ。
 目にしたのは「達観した笑顔」と相反する、血が出そうな程に固く握られたターナップの両拳。
 それは震える程に。

 笑顔が、怒りを懸命に堪えた、精一杯のモノと知る。

(オレっちぁ大馬鹿っす……一番悲しいのは、一番ド頭に来てんのぁ、ターナップの兄貴だってぇのに……)

 自身の浅はかを猛省し、ターナップの隠忍(いんにん)と呼ぶべき我慢から、大司祭の願いが「元老院へのカチコミ」などではないと悟らされた。
 
 そして今が《反抗の時宜ではない》とも。

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