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第九章

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 跪いたまま、チョウカイの苦言に、

「なるほど……」

 静かに頷く、二代目コマクサ。
 元より彼女の言う事に「異を唱える」など皆無であったが、得心が行った様子で、

「確かに相手は「単なる天世人」などではなく、百人の天世人。まかり共倒れになった所を、地世が見逃さすとも思えませんしね……なれば」

 チョウカイを真っ直ぐ見据え、
「私の子飼(こが)いも、不穏分子の警戒に当たらせましょう」
「子飼い……貴方が育てた八部衆ですか?」
「御意に」
 頷きに、彼女は二言返事で、

「良いでしょう」
「では」

 立ち上がって退出しようとするコマクサであったが、立ち上がるなり動きを止め、
「…………」
 部屋の外に感じた、立ち去る気配に、

「チョウカイ様、放って置いて良いので?」

 すると彼女は動じた様子も、危惧する素振りも見せず、
「構いません」
 短く答えると、消えた気配を見つめ、

「あの者の望みは、不変の天世。天世が揺れるを嫌い、元老院(私達)に逆らう事はないでしょう」
「…………」

「アレは、目に見えぬ「亡き者との誓い」と言う名の鎖で、自らを縛って居るのですから」
「疾(とう)に死んだ女を相手に……まったく不器用な男ですね」

「私とて同じ女子(オナゴ)として、あのような気質の男に出逢いたかったと思った時期もありました」
「…………」

 二人が見つめる先、無骨な無表情で去って行くのは、
「…………」
 両手持ちの大剣を背に負う、天世の七草サジタリアであった。

 やがて遠ざかる気配が完全に消えるなり、
「時に、チョウカイ様」
 コマクサは振り返り、

「反乱分子の鎮圧にあたり、私に策が一つあるのですが」
「策、とな?」
「はい。反乱分子とは、所詮は烏合(うごう)の衆。頭を潰してしまえば容易く散らせる物でしょう」
「頭……」

 言葉を反芻するとスグさま、
(リンドウ!)
 彼女を筆頭に、複数の顔が浮かぶチョウカイ。

 彼女たちは天世における異物、厄介者として、天世から体よく放逐する為、中世に向かうのを知りながらあえて阻止しなかった者達であり、

「あの者らは、ラミウムの後継(ラディッシュ)どもに守られ、」
「丁度良い人柱が、すぐ近くに居るではありませんか」

 懸念に対する不敵な笑みに、

「!」
「そうです。この様な時の為の「放し飼い」なのですから」
「…………」

 無言は承認を表し、闇を窺わせる「密かな企て」が動き出して後、

『ワァハッハッ♪ 頭(リンドウ)を潰す位の話で、随分と回りくどい手を使いますねぇ大将♪』

 とある一室にてコマクサに、豪快に笑い掛けるのは大男。
 サジタリアを彷彿とさせる筋骨隆々の大男は「寡黙なサジタリア」とは真逆な陽気で以て、

「オレ等ぁ八部衆に任せれば容易いものを♪」

 室内を見回せば、他にも一癖二癖ありそうな男女が七人。
 彼と同類であるのか、無頼(ぶらい)な笑みを浮かべる一団に、

「困った人達ですねぇ」

 一人毛色の違うコマクサは平然と呆れ笑い、

「政(まつりごと)とは、そう単純で済む物ではないのですよ」

 幼子に対する「叱り付け」のような物言いであったが、大男は気にする素振りも見せず再び豪快に「ワァハハ」と笑い、

「チマチマ面倒臭ぇんならぁ、大将があのオバハン(チョウカイ)の地位を奪っちまえばイイさ♪」

 愉快げに自身の膝をバシバシ。
 大音を立て叩いて見せたが、コマクサはいたって平静に、
「やれやれ。人を見た目で判断して侮るのは御止めなさいと、何度も教えた筈ですよ」
 言われた事に、大男プラス七人は「覚え」はあった。
 
 実例が、目の前に。
 
 しかし、その「当人からの苦言」を差し引いたとしても、
「おん?」
「「「「「「「?」」」」」」」
 自分たちの頭目(コマクサ)の敗北が想像できずに居ると、うつむき加減の彼は、

《あの御方は「悠久の化け物」ですよ》

 畏怖を以て、片手で静かに眼鏡を「クイッ」と上げ、
「私が加わった九人が束になっても……まぁ瞬殺でしょう」
 薄ら笑いを浮かべる姿に、

「「「「「「「「…………」」」」」」」」

 強者(つわもの)揃いで、強面(こわもて)揃いの八人は思わず息を呑んだ。

 自分たちを戦士として育て上げたほどの人間に「そこまで言わせるのか」と。
 底が知れない、得体の知れない、悠久を生きる彼女(チョウカイ)の存在に。

 認識を改め「緊張を纏う配下」に、二代目コマクサは「フッ」と小さく笑い、

「ですが私は「勝てる勝てない」以前の話で、あの御方に反旗を翻す気など毛頭ありませんよ」
「「「「「「「「…………」」」」」」」」

 話の流れの変化に、何故か困惑の色を滲ませる八部衆。
 話の「行き着く先」が分かっている様子の八人を前に、彼は紳士的な物言いで淡々と、

「私はこれからも変わらず、あの御方を御側で支え」
「「「「「「「「…………」」」」」」」」

 そしてついに、
《時おり御見せになる、穏和から一転したゴミ虫を見るような、あの冷たい、殺意の眼差しに見つめられていたいのです》
 内なる性癖の披露。

 彼女が懸念していた、彼女も知らない、彼から感じていた「闇の正体」。
 悦に入った、恍惚とした表情で夢想する自分たちの頭目に、

((((((((これさえ無ければ……))))))))

 内心で嘆く八部衆であった。
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