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第九章

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 喜怒哀楽の欠落を感じさせる無表情で立つグラン・ディフロイス――

 しかし、
「…………」
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
 誰一人として、彼を見ようともしない。

 講師となった彼が、教壇に立って居るにも拘らず。
 見ないどころか、生気の失せた青い顔して自身の内に引き籠り、

「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」

 ただただ、うつむいていた。
 その姿は、まるで手に掛けた誓約者たちの亡霊に取り憑かれてかのよう。

 微かに動かしている口元に耳を傾ければ、聴こえて来たのは「後悔」と「言い訳」の繰り返し。
 この世界に勇者として呼ばれ、蝶よ花よと持ち上げられると思った矢先、拉致され、あげく保身の為に「憎くも無い中世人(誓約者)」を手に掛けたのだから、茫然自失もやむを得ぬとは思えるが。

 しかし教壇に立つグラン・ディフロイスは甘い顔を見せる事も無く、放心の生徒たちを前に、
「…………」
 右腕を真横に素早く一振り、

 ゴァオガシャアァァァア!

 義手から放たれた地世のチカラにより容赦なく破壊される壁。
 新任講師の突然の奇行に、

「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」

 流石にギョッとした九十九の視線が集まると、彼は眉の一つも動かさず、能面のような無表情で淡々と、

『プエラリア様のお役に立てないようなゴミは、今、この場で、私が処分します』
「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」

 静かな物言いが、むしろ怖さを引き立てた。
 少年少女たちは、知る。
 この講師を前に、

《殻に閉じこもっている場合でない》

 再び訪れた、命の危機。
 危機は、少年少女たちに我を取り戻させるに十分であった。

 始まったのはグラン・ディフロイス直接指導による、天法とは用法が異なる、地法の基礎理論から実用に至るまでの技能や武技全般、軍事教練。

 有無を言わせぬ、叩(たた)き込み。

 体力的にも厳しい一方的な「詰め込み教育」に対し、自我を取り戻した生徒たちの一部に当然の如く、反目も発生した。
 言葉足らずなグラン・ディフロイス側にも問題はあるのだが、彼の「無骨な教えの根底」にあったのは、

《この世界で生きていけるだけのチカラを与えよう》

 自覚無き「愛情」である。
 同じ世界から来た、先輩としての。

 単なる「いがみ合い」であったなら、何処まで行っても平行線な関係であったであろうが、「真なる想い」は日々の積み重ねの中でいつか相手に伝わる物である。
 そこに邪念が介在して居なければ。

 おのずと心の距離は近づいていく。

 過酷な軍事教練の中で、言葉足らずなグラン・ディフロイスがそれを可能にした理由こそ、彼が心根に持つ「優しさ」や「純粋さ」であった。
 そのような人物でなければ、戦士としての命である両腕を投げ打ってまで、敵であるラディッシュ達を助けたりしないのである。

 教官と教え子の関係以上に、不器用ながらも心と心を次第に深く通わせた、愛すべき日々。

 それら全てを魔王プエラリアは易々と踏みにじり、変質していく愛弟子たちを見ている事しかできない苦悶の彼に悪びれる様子もなく、

「何をそんなに悲しむのさ♪ その子達は、これで本物の「地世の戦士」になれたんだよん♪」
「…………」
「不満かい♪」
「…………」
「それなら聞くけどぉ、その子達の手は「血にまみれてない」とでもキミは言うのかぁい♪」

『!』

「そうだよねぇ♪ 地世に連れて来たあの日、この世界の真実を知らされたその子達は、自ら選択して、自らの意志で手に掛けたんじゃないかぁ♪」
「…………」
「誓約者を、知り合ったばかりの中世の民を、自らの「保身の為」にねぇ♪ アハハハハハハハハハ♪」

 子供のような、無邪気で楽し気な笑い声に、

「クッ!」

 苛立ちを覚えた彼は即座に、

『この世界に来た覚悟と信念を折られた挙句、命の選択を迫られれば!』
「「止むを得なかった」とでも言うのかぁい♪」
「…………」
「それは相手が「作り物の命」だから♪」
「違ッ!」
「だから「殺した事にはならない」とでも言うのかい♪」
「そんなつもりは!」
「アハハハ♪ ボクよりヒドイ事を言うねぇグランくぅんは♪」

 ケラケラ笑うプエラリアの笑顔に、彼は「作り物の命」が何を意味しているか知っている素振りで、

「そ……それは……」

 口籠ると、両目をつぶったままの魔王は淡々と、

《ボクは迷いなく選択したよ》
「!」

 一瞬の真顔の後、怖いくらいの満面の笑顔に瞬時に戻り、

「何人もの仲間を失い、やぁっと辿り着いたこの城で、老い先短い、老いぼれ魔王から真実を知らされたアノ時にぃねぇ♪」

 プエラリアは天使の笑顔の口元に、微かな闇を滲ませ、

「(七草の)キミ達だって、そうだったじゃない♪」
「…………」

 グラン・ディフロイスは当時を思い返し、そして、
「…………」
 視線を落とした。

 身に覚えがあるだけに。

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