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第九章

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 光の無い世界に昼をもたらす為、人々の穏やかな日常を天世の眼から隠す為、天世からの直接攻撃を防ぐ為、数多(あまた)の理由から常に雲で覆われる、地世の世界。

 雲が太陽や防壁の役割を果たす、晴れていても薄曇りなこの世界を、天世人や中世人に忌み嫌われる地世の民を、守護する魔王が住まう居城。
 その謁見の間にて、両目はつぶったままでありながらも変わらぬ中世的な愛らしい笑顔の下に、

(このボクがぁ「こんな出来損ない」に気圧されているだってぇえ?!)

 裏腹な焦りを隠すのは、

(地世を統べる王たる「このボク」がぁ!)

 魔王プエラリア。
 未だ本領を発揮していてない様子は見せながらも、笑顔の下では、

(有り得ない! 認めない!! ボクは絶っ対に認めなぁい!!!)

 薙ぎ払うように素早く剣を振るう。
 そんな魔王を相手に、

「クッ!」

 苦悩を抱えた表情ながらも善戦を繰り広げていたのは言わずもがな、百人の天世人ラミウムの正統後継であり、百人の勇者の一人であるラディッシュ。
 その勇姿に「ヘタレ勇者」の二つ名は何処へやら。
 双刀を手にする彼は、荒ぶる心を抑えず怒りを前面に、

『プエラリアぁああぁ=========ァ!!!』

 切れ間なく左右の剣技を繰り出した。
 プエラリアに負けず劣らずの、神速とでも称すべき速さで。

 とは言え、相手は地世を統べる魔王である。
 並の相手ならば開戦まもなく細切れにしていたであろうが、

『調子に乗り過ぎですよぉラディイイィイ♪』

 笑顔で怒れるプエラリアは両眼を見開き、真っ赤な瞳をあらわ、

『勇者の残りカスがぁあぁああぁぁぁあッ♪』

 その身を漆黒に輝く炎で包みむと同時、ラディッシュが放った無数の剣戟のうちの一刀に刃を合わせ、鍔迫り合いからチカラ任せの強引で、

『ラミウムを守れなかった負け犬がぁぁあぁぁあっ♪♪♪』

 剣ごと彼を弾き飛ばし、仁王立ちして見せた。
 自身のチカラを誇示するように。

 しかしラディッシュは弾き飛ばされながら、
(ラミィ!)
 彼女の笑顔を想って奥歯をギリッと噛み鳴らし、

『ラミィを置き去りにぃ! 魔王に堕ちた貴方が言えた事かァーーーッ!』

 易々とは引き下がれぬ怒りと、意地と、誇りで以て、
《我がチカラァア! 内なる天世のチカラを以て我は行使す!》
 その身を白き輝きで包みながら空中で体勢を立て直して着地すると、プエラリアをキツク睨み、

『どんな理由を並べようとぉ! 苦難を共にした仲間を手に掛けてイイ理由にはならなァいッ!』

 叱り付けるように叱責したが、プエラリアの良心に届いた様子はなく、
「サロワの事も言っているのかぁい!」
 心に痛みを覚えた様子も見せないなどころか、むしろ怒りを増し、

『どいつもこいつも、仲間、仲間と、鬱陶しいぃ!』

 苛立ちを露に、

『魔王たるボクに有るのは「使い捨ての利く駒だけ」だぁあ!』
「なっ!?」

 衝撃を受けるラディッシュ。
《プエラリアは堕ちた勇者で、地世の魔王》
 元より「分かっていた筈」であった。

 この世界に降り立ってから今日まで起きた出来事を顧みれば。
 それでも、やはり、心の何処かで、

《ラミウムに見出された、似た者同士》

 同族意識のような、いつかは分かり合えると、深い所で通じる絆のような、淡い想いを拭い去れずに居た。
 しかし目の前で、本人の口から直接投げつけられた言葉は、

(こんなヤツの為にラミィはぁ! サロワはァ!! 僕が先に出会っていたらァア!!!)

 悔しかった。
 抱いた想いを、シンプルに表現するならば。

 まかり自身が先に出会っていたとして「ハッピーエンドが待っていた」などと、おこがましい事は言えなかったが、

(それでも僕には共に悩み! 苦しむ覚悟はあった!)

 とは言え、どれ程の覚悟を持ち合わせて居たとしても全ては遅きに失した。
 何故なら彼女たちは、この世に「もう居ない」のである。

(だからこそぉお!)

 ラディッシュは双刀を凛然と構え直し、
『僕は貴方を討ちます、プエラリアァ!』
 その姿を、覚悟と誇りの表れを、

『アハハハッハハハ! このボクぉ「討つ」だってぇ?!』

 敵として定められたプエラリアは一蹴、高笑い。
「正気かぁい、ラディ♪ このボクが消えたら地世がどうなるか、分からないほど「愚かなキミ」じゃないよねぇ~♪」
(…………)
 黙るラディッシュの微かな表情変化に、

「そう、その通りさぁ~♪」

 理解できているのを察すると、より饒舌に、

「このボクをまかり倒せたとしてぇ、地世に施された「地法の全て」が消えるんだよぉ~? キミは無防備に晒された地世の民が天世に蹂躙されるのを見過ごせるのかぁ~い♪」
「…………」
「見捨てられる筈が無いよねぇ~心優しいキミにぃ~♪」

 流暢な見下しに、
「クッ……」
 ラディッシュは苦虫を噛み潰した表情を見せつつも、言い返することが出来なかった。
 プエラリアの言った事は全て事実であり、ラディッシュの剣筋がいつもより若干鈍っていた要因でもあったから。
 プエラリアがその事に「初めから気付いていた」か「途中で気付いたのか」は、分からない。

 しかしラディッシュが精神的窮地に追いやられたのも、また事実であり、
((((((ラディ……))))))
 固唾を呑んで戦況を見守る仲間たちであったが、何かを目の当たりに、

『『『『『『『ッ!?』』』』』』』

 ラディッシュと共に驚愕した。
 精神的優位に立ったプエラリアが戦闘中であるにも拘らず、あろう事か、無防備にも彼に向かって両腕を広げ、

「さぁラディ♪ キミが持つその剣でぇ、このボクを「サクッ」と貫いてごらんよぉ♪」

 愛らしい笑みは消え失せ、嫌味なほどに苛立ちを覚える「半笑い」を見せたのである。
 すると、

 サクッ!

 プエラリアの、女子と見紛(みまが)う華奢な上半身のど真ん中を剣先が貫き、
「そうそう♪ こんな風にサクッとね♪」
 まさかの事態に思わず笑ってしまうプエラリアであったが、自身の胸から突き出る剣先を改めて認識するや、

『なぁんだよぉコレぇーーーッ!』

 ギョッとして焦りの声を上げた。
 前触れ無き唐突な異変に、驚いたのはラディッシュたち勇者組も同様であったが、何より驚いたのは、プエラリアを背後から剣で貫いたのが、
「…………」
 魔王の玉座の隣に坐していた「全身鎧の何者か」であったから。

 背中から貫かれた「余裕の笑みであったプエラリア」は、表情を「信じられない」と言った形相に変え、全身鎧を真っ赤な両眼で恨めしく睨み、
「ど、どぅしてぇ……」
 やっと開いた口元から、

「ごふっ……」

 溢れ出る鮮血。
 多量の血を吐く地世の魔王プエラリアは、悔し気に眉を歪め、

(グランの裏切りが無ければぁこんな事にはァア!)

 地世の七草グラン・ディフィロイスが、再起をかけた最後の作戦さえ失敗に終わらせたフリンジを、謁見の間まで連れ帰った時のことを思い返した。
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