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第七章

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 ラディッシュが寿命の縮む思いをしていた頃――

 巻き添えを恐れて逃亡したターナップは青空の下に一人、
「…………」
 生まれ育った村を、そぞろ歩いていた。

(あっ、危なかったぜ……)

 パストリスに姿を見られなかった事に安堵を覚えていると、
「イイ天気ですねぇ若様ぁ♪」
「今日は御一人なんですねぇ、若司祭様ぁ♪」
 村人たちに声を掛けられ、気さくな笑顔で手を振り応えたが、その心の内では、

(…………)

 とある決意を抱いていた。
(今の時間だとジジィは教会か……)
 足先を教会に向け直して歩き出し、

(やっぱぁコソ泥みてぇにチマチマするのぁ俺の性に合わねぇ!)

 歩く速度を速めて勢いそのまま、
 バァン!
 教会の扉を開け放ち、

『やいジジィ!!!』

 祭壇に向かって祈りを捧げている最中であった大司祭の背に、いつもより強めのケンカ腰で怒鳴ると、
「やれやれ騒々しい気配が近付いて来ると思ったら「やはりお前」か。今度は何の騒ぎ、」
 祖父の呆れ交じりの振り返りを待たず、

『俺に見せてねぇ「オヤジが遺した本」があんだろ!』
「お、お前……それを何処で?!」

 驚きを隠せぬ様子に確信を持った彼は、
「ガキん頃に見ようとして、一度こっ酷く怒られ……って、それぁどうでもイイ!」
 前置きを自ら打ち消し、

『その本を俺に見せやがれぇ!』

 すると大司祭は猛る若司祭とは真逆の、祈りの姿勢を冷然で解いて静かに立ち上がり、
「天技を使わぬ格闘戦で、このワシから一本取れたら見せてやる」
 威圧するでも、気負うでもない、凪のような物言いに、
(…………)
 第六感的な「畏れ」を背筋で感じるターナップ。
 しかし戦う前から気持ちで負けていては勝負にならず、

『面白ぇじゃねぇかぁ! ガキの頃との違いを見せてやるぜぇ!』

 気概と気合を見せこそしたが、むしろ気負い過ぎ。
 本人にその自覚があるか無いかは不明であるが、感覚的に感じた「畏れ」を意識しするあまり、冷静さを欠いた「前のめり」になっていた。

 ただならぬ空気を纏い裏庭へ移動する、大司祭(祖父)と若司祭(孫)。

 騒ぎを聞きつけ、執務室から駆け付けるインディカやスパイダマグ達親衛隊。
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
 固唾を呑んで見守る中、

「「…………」」

 二人は静かに距離を取って対峙する。
 ヒリヒリと肌を焼く、言い知れぬ緊張感が場を支配する中、本気で正対して改めて知る祖父の存在感の大きさ。
小さく息を呑む孫ターナップ。

(マジとんでもねぇ化け物だぜぇ……♪)

 強い相手を前に、畏怖に似た感覚はあるものの思わず口元が緩み、
「俺ぁラディの兄貴や、ドロプの姉さん方と、数々の修羅場をくぐり抜けて来たんだ。ガキの頃と同じだと思ってると、しばらくベッドの上での生活が待って、」
 勝ちたい思いの強さから軽口が口を衝いたが、

「イイから来ぬか」
「…………」

 祖父の静かな闘志に、
(クッ!)
 格の違いを見せつけられた気がした孫は苛立ちを覚え、

『大怪我してから吠え面かくんじゃねぇぞォオ!!!』

 気負いと共に殴り掛かった。
 一瞬の交差。
 そして、

「「「「「「「「「「なっ?!」」」」」」」」」」

 インディカやスパイダマグ達が息を吐く間も無く見た物は、

((((((((((何が起こったぁ?!))))))))))

 地面に背中を着け倒された、ターナップの姿であった。
 あまりに一瞬の出来事で、我が目を疑うインディカ達。
 試合開始後、瞬き程度の間に起こった事とは、孫が初手を「当てられた」と誤認する程の紙一重で祖父はかわし、

「まだまだァアァ!」

 孫が返す拳の裏で殴り飛ばそうとしたが、祖父は距離も取らずに足を止めスッと屈んでかわして、そのまま足払い。
 チカラ任せに拳を振り回していた孫は回避できず、容易に蹴倒され、

「痛ぇ!」

 地面に後頭部を打ち付け眼を開けると、

『ッ!?』

 そこには喉元に指先を当てる祖父の姿が。
 向けられた指先に息を呑み、

(あと数センチ、指先を出されてたら俺ぁ……)

 喉をえぐられ、即死していたかも知れない自分の姿に恐怖した。
 そんな孫を前にした祖父は、静かに手を引き戻しながら、
「これが実戦であったなら、死んでおったなバカ孫が」
「!」
「チカラ任せの、雑な戦い方をしおって……」
 何処か寂し気に呟き、

「…………」

 教会へ戻って行った。
 それは「孫の成長」を期待していた気持ちの裏返しか、現実を受け入れられない様子で固まったままのターナップを置き去りに。

「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」

 掛ける言葉が見つからないインディカ達。
 当然である。
 彼は「七草の一人」を自称し、それに恥じぬ結果も残しておきながら、国はずれの田舎村の「老いた司祭」に、善戦どころか手も足も出ず、秒殺ならぬ、瞬殺されたのだから。
 積み上げて来た「自負とプライド」をズタズタにされたのは言うまでもなく、

「…………」

 思考は完全停止し、虚空をただ見つめるだけ。
 そんなさ中にあって、
「…………」
 彼の一連の行動から「何かしらの決意」を感じ取る、スパイダマグ。

 何を感じ、何を思ったのか。

 一枚布で隠された素顔からでは、窺い知る事は出来ない。
 一方、大切な仲間の一人が「耐え難い屈辱を味わっていた」など知る由も無いラディッシュ達。
 それぞれ自由な時間を思い思いに謳歌していて、ターナップの「完膚なきまでの敗北」を知ったのは、その日の夜であった。

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