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第七章

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 謁見の間を後にして――

 ラディッシュが手綱を引く馬車で、勇者組は貴族街を進む。
 四大貴族が一つ、オエナンサ家現当主であるドロプウォートの両親に招かれ、屋敷に向かっていたのであったが、ラディッシュは不意に、御者台に並び座るニプルウォートから腕を肘で軽く突かれ、

「?」

 何の気なしに振り向くと、彼が「突いた理由」を問うより先、彼女の無言の眼は「ドロプウォートを見ろ」と訴えていて、

(へ?! ドロプを?)

 促されるまま振り返る。
 するとそこには、憂いた表情で物思いにふけ、
「…………」
 景色をただ眺める彼女の姿が。
 何とも声を掛け辛い、全身から漂う「掛ける言葉」によっては地雷を踏み抜きそうな気配に、

(ハぁイ! 僕には無理でぇす!)

 ラディッシュは早々に敵前逃亡。
 視線をニプルウォートにグルリと戻し、

(コミュ障の僕にアナタはどぅしろとぉおぉ!)

 半泣きの訴えに、
(ワケを訊けって言ってんのさ! アンタはウチ達のリーダーだろぅ!)
 苦笑のニプルウォートがツッコムと、

(うぅ……)

 及び腰のラディッシュも、流石に「リーダーとしての責」を持ち出されては逃げる訳にはいかず、
「…………」
 息を呑んで腹を括り、

(ま、先ずは、軽く雑談から入ってぇ、それで本題に……)

 暗中模索の手探り状態で、緊張感から少々上擦った物言いで、
「どぉっ、ドロプの御両親って先に屋敷に向かわれたんだよねぇ~どぅせ目的地は一緒なんだからぁ僕達の馬車に乗って行けば良かったのにねぇ~」
 精一杯の気遣いで声を掛けたが、
「そうですわね……」
 返ったのは絵に描いたようなカラ返事。

「…………」

 心が折れそうになるラディッシュ。
 しかし、反対席で「煽り立てる眼差し」を向けるニプルウォートの気迫に背中を突き押され、勇気を振り絞って、

「あっ、で、でもぉさ! 四大貴族が荷台で帰宅って、体面が良くないかぁあははははは」

 笑ってお茶を濁すも、
「…………」
「…………」
 ついにカラ返事すら返らず、

(もぅ無理ぃいぃ!)

 ラディッシュは涙ながらに振り返り、
(ヘタレな僕にこれ以上訊ける筈ないでしょ!)
 チカラ強い訴えに、

(みっともない事で威張んなさぁ!)
(だったらぁニプルが訊いてよぉおぉ!)
(うっ…り、リーダーのアンタが訊かないでぇ誰が訊くってのさぁ!)
(こぉんな時だけ(リーダーとして)立てるなんてぇズルイよ!)

 失敗した時の責任の押し付け合いを、失敗する前から、眼による無言の会話で成立させるコミュ障が二人。
 そんな御者台の様子を幌付きの荷台から、

((((ヤレぇヤレぇ))))

 呆れ笑いで生温かく見つめるパストリス、カドウィード、ターナップとチィックウィード。
 三人に負けず劣らずのコミュ障で、悩めるドロプウォートに声を掛けられない自分たちを棚に上げ。



 馬車は貴族街の煌びやかな衣料品店や豪奢な門構えの前を進み――

 やがてひと際大きな大門を抜けると、ちょっとした城かと見紛うばかりの邸宅の、前庭を見栄えさせる円形アプローチを通り、ラディッシュは馬車を正面玄関前に止めた。

 笑顔で待っていた使用人。

 馬車の管理を笑顔で任せ、
「「「「「「…………」」」」」」
 些か緊張した面持ちで、玄関扉の前に並び立つ勇者組。

 御家(おいえ)の主義、思想、哲学を体現しているかのように、過度な派手さは無いものの、質実剛健な扉。
 そのような「誇れる実家の扉」の前に立ちながら、何故か、

「…………」

 未だ浮かない顔のドロプウォート。
 むしろその表情は悪化した様にも見え、扉に手も掛けず。
 しかし彼女が扉を開けてくれない限り、仲間たちも中に入る事が出来ず

「「「「「「…………」」」」」」

 困惑顔を見合わせた後、
(やっ、やっぱりリーダーの僕が何とかしなきゃ!)
 ラディッシュは改めて腹を括ると、

「ど、どうかしたのドロプ? 何か心配事ぉ?!」
「!」

 彼女は声掛けにハッとした様子で振り返り、振り返った途端に慌てた様子で、

「なっ、何でもぉありませんのですわラディ♪ ぉほほほほほほ♪」
「「「「「「…………」」」」」」

 あからさまな、誤魔化し笑い。
 何かしらの「憂い」を秘めているのは明らかであったが、彼女は仲間たちの疑問をよそに誤魔化し笑いのまま、

「おっ、オエナンサ家にようこそ、なのですわぁ♪」

 遂に扉を開け放った。
 開け放つと、二階へのアプローチを促す、緩やかな曲がり階段を正面奥に左右二つも有する広々ロビーの中央で、

『『当家へようこそぉ~~~♪』』

ドロプウォートの両親が歌劇団ばりの笑顔とポーズで歓迎を示し、

『『『『『『『!!!?』』』』』』』

 面食らう愛娘やその友人たちを尻目に「ハの字」に並び立つメイド服姿の使用人たちも当主の二人に負けず劣らず満面の笑顔で、

『『『『『『『『お帰りなさいませぇ御主人様方、お嬢様方ぁ♪♪♪』』』』』』』』

 歌劇団ポーズの大歓迎。
 両親や使用人たちの、頼んでもいない「行き過ぎの気遣い」に、

『いやぁあぁぁっぁぁあぁっぁぁ!!!』

 堪らず悲鳴を上げる、一人娘ドロプウォート。
 彼女にとっては、正に赤っ恥。
 耳まで真っ赤に染まった羞恥の赤面顔を両手で覆い、

『アレほどぉヤメテとぉ言ってありましたのにぃ嫌な予感的中なのですわぁーーー!』

 屋敷の奥へと走り去り、

『『『『『『『『お待ち下さぁいお嬢様ぁあぁぁああぁ♪』』』』』』』』

 後を追って行くメイドたち。
 何処か楽しんでいる風にも聞こえる声色で。

 そんな愉快な背中たちから「彼女の憂いの理由」を知り苦笑で見送っていると、原因を作った張本人の二人が、
「娘の「照れ屋」にも困ったものだね♪」
「あの子もお年頃ですわねぇ旦那様ぁ♪」
 困惑笑いで手を取り合い、その姿に、

((((((いやいや、あぁなるでしょ!))))))

 心でツッコム、ラディッシュ達。
 子の心、親知らず。
 招いた知人に対する「親の過度な接待」は、子にとって羞恥以外の何モノでもなく、それを理解しない、少々天然な上に、少々浮世離れした彼女の両親。
 娘が抱えた恥ずかしさを意に介する様子も無く、

「皆さん、長旅で疲れましたでしょう」
「実の家のように、ゆるりと御休み下さいなのですわ」

 ねぎらいの言葉と共に唐突に、

「当家は屋敷内に「温かい鉱泉」を引き入れ、温泉なる物を造ったのだよぉ~♪」
「疲労回復、美容効果もありますのよぉ~♪」

 二人は舞うが如くに再び手を繋ぎ合い、

『『浸かって癒されて(くれたまえ・下さいですわ)~~~♪』』

 歌と笑顔の圧に、
「「「「「「…………」」」」」」
 顔で笑いながらも心で引くラディッシュ達。
 しかし、
≪ホントに仲が良いな、この夫婦はぁ≫
 とも思いつつ、

「あ、ありがとうございます♪」

 笑顔を返しつつ、
「後ほど利用させて頂きます♪」
 謝意を表す会釈をした。
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