上 下
458 / 706
第六章

6-110

しおりを挟む
 その日の深夜――
 
 灯りの消えた室内で、看病疲れからかベッドの傍らの椅子に座ったまま、静かな寝息を立てるパストリス。
 誰が掛けたのか、上掛けを羽織った状態で。
 同じく上掛けを羽織った状態で、幼いチィックウィードも椅子に座ったままベッドに突っ伏し深い寝息を立てていると、ベッドの主であるイリスが静かに起き上がり、

「…………」

 物音一つ立てずにベッドから降りると、そのままフラフラとした足取りで部屋から出て行った。靴も履かず、寝間着姿のまま。
 まるで、空中を漂う風船の如くにふわふわと。

 漂うように、気配を感じさせない足取りで宿を後にすると、ひと気の失せた深夜の町の中を何かに導かれる様に歩き、
「…………」
 やがて辿り着いたのは町はずれの、うっそうと茂った森の中。

 獣の泣き声さえ聞こえない、異様な静寂の闇に、
「…………」
 木々の隙間から僅かにこぼれ落ちる月明りに照らされながら待っていたのは、頭からローブをすっぽり被った個人識別不能な何者か。
イリスは警戒心なく、吸い寄せられるように歩み寄ると、その人物は無言で立ち尽くす彼女に右手をかざし、何事か口にした途端、
「!」
 意識を失っていたと思われる彼女が、ハッと正気を取り戻し、

『どっ、何処さねぇココはぁ!?』

 向けられた右手を慌てて跳ね除け後退り、
「アンタは何者さねぇ!」
 謎の人物を、噛みつきそうな勢いで睨み付けた。

 すると謎の人物は女性とも男性ともつかぬ「作られた声」で、弾かれた右手をわざとらしく擦りながら、
{なんと、記憶が戻って居ない?}
 少し驚いた様子を見せ、
{どうやら賭けは当方の勝ちのようですが、流石に「このまま」と言うのも些か困りますね}
 小馬鹿にした物言い。

 その「異質な声と佇まい」は、幼きチィックウィードを手に掛けようとしたリクエスターと呼ばれていた人物と思われる。
 しかし何者か知らぬイリス。
 単純に、リクエスターの物言いが甚だ癇に障り、

「記憶ぅ?! 賭けぇ?!! アンタは何を言ってるのさねぇ! アタシをアクア国の皇女と知っての狼藉かぁい!」

 食って掛かったが、リクエスターは「クックックッ」と抑えた笑いをし、ムッとする彼女に気付くや否や、

{いやいやこれは失礼♪ よもや、ここまで記憶が戻っていないとは}

 謝罪を口にした割に小馬鹿口調に変化は無く、皮肉を交えた物言いで、
{おかしいとは思わないのですか?}
「何をさねぇ!」
{記憶と現実にズレがある事に?}
「なっ、何の話さねぇ!」
{そうですね、例えば……世間における「幼馴染の評判」とか?}
「!」
{微妙な違和感は抱いていたようですね}
「…………」
 図星であった。

 当初は「重ねた人生経験が性格を歪めた」とも思ったが、それでは説明がつかない事柄が他にも幾つもあり、
「…………」
 イリスは芽吹き始めた「漠然とした不安」に押し黙った。
 しかし、

{まあ、それはともかく}

 彼女の懸念を歯牙にも掛けず悠然と話を仕切り直し、
{記憶が戻ろうが戻るまいが当方の知った事ではなく、貴方には実行してもらわないと困るのですよ}
「何をさねぇ!」
 初対面でありながら生理的嫌悪の交じった怪訝顔に、リクエスターは再び右手をかざしながら、

{「偽りの姫」であろうとなかろうと「皇女としての両親殺しを」ですね}
『何だとォ!』

 イリスは驚愕した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...