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第六章
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その日の深夜――
灯りの消えた室内で、看病疲れからかベッドの傍らの椅子に座ったまま、静かな寝息を立てるパストリス。
誰が掛けたのか、上掛けを羽織った状態で。
同じく上掛けを羽織った状態で、幼いチィックウィードも椅子に座ったままベッドに突っ伏し深い寝息を立てていると、ベッドの主であるイリスが静かに起き上がり、
「…………」
物音一つ立てずにベッドから降りると、そのままフラフラとした足取りで部屋から出て行った。靴も履かず、寝間着姿のまま。
まるで、空中を漂う風船の如くにふわふわと。
漂うように、気配を感じさせない足取りで宿を後にすると、ひと気の失せた深夜の町の中を何かに導かれる様に歩き、
「…………」
やがて辿り着いたのは町はずれの、うっそうと茂った森の中。
獣の泣き声さえ聞こえない、異様な静寂の闇に、
「…………」
木々の隙間から僅かにこぼれ落ちる月明りに照らされながら待っていたのは、頭からローブをすっぽり被った個人識別不能な何者か。
イリスは警戒心なく、吸い寄せられるように歩み寄ると、その人物は無言で立ち尽くす彼女に右手をかざし、何事か口にした途端、
「!」
意識を失っていたと思われる彼女が、ハッと正気を取り戻し、
『どっ、何処さねぇココはぁ!?』
向けられた右手を慌てて跳ね除け後退り、
「アンタは何者さねぇ!」
謎の人物を、噛みつきそうな勢いで睨み付けた。
すると謎の人物は女性とも男性ともつかぬ「作られた声」で、弾かれた右手をわざとらしく擦りながら、
{なんと、記憶が戻って居ない?}
少し驚いた様子を見せ、
{どうやら賭けは当方の勝ちのようですが、流石に「このまま」と言うのも些か困りますね}
小馬鹿にした物言い。
その「異質な声と佇まい」は、幼きチィックウィードを手に掛けようとしたリクエスターと呼ばれていた人物と思われる。
しかし何者か知らぬイリス。
単純に、リクエスターの物言いが甚だ癇に障り、
「記憶ぅ?! 賭けぇ?!! アンタは何を言ってるのさねぇ! アタシをアクア国の皇女と知っての狼藉かぁい!」
食って掛かったが、リクエスターは「クックックッ」と抑えた笑いをし、ムッとする彼女に気付くや否や、
{いやいやこれは失礼♪ よもや、ここまで記憶が戻っていないとは}
謝罪を口にした割に小馬鹿口調に変化は無く、皮肉を交えた物言いで、
{おかしいとは思わないのですか?}
「何をさねぇ!」
{記憶と現実にズレがある事に?}
「なっ、何の話さねぇ!」
{そうですね、例えば……世間における「幼馴染の評判」とか?}
「!」
{微妙な違和感は抱いていたようですね}
「…………」
図星であった。
当初は「重ねた人生経験が性格を歪めた」とも思ったが、それでは説明がつかない事柄が他にも幾つもあり、
「…………」
イリスは芽吹き始めた「漠然とした不安」に押し黙った。
しかし、
{まあ、それはともかく}
彼女の懸念を歯牙にも掛けず悠然と話を仕切り直し、
{記憶が戻ろうが戻るまいが当方の知った事ではなく、貴方には実行してもらわないと困るのですよ}
「何をさねぇ!」
初対面でありながら生理的嫌悪の交じった怪訝顔に、リクエスターは再び右手をかざしながら、
{「偽りの姫」であろうとなかろうと「皇女としての両親殺しを」ですね}
『何だとォ!』
イリスは驚愕した。
灯りの消えた室内で、看病疲れからかベッドの傍らの椅子に座ったまま、静かな寝息を立てるパストリス。
誰が掛けたのか、上掛けを羽織った状態で。
同じく上掛けを羽織った状態で、幼いチィックウィードも椅子に座ったままベッドに突っ伏し深い寝息を立てていると、ベッドの主であるイリスが静かに起き上がり、
「…………」
物音一つ立てずにベッドから降りると、そのままフラフラとした足取りで部屋から出て行った。靴も履かず、寝間着姿のまま。
まるで、空中を漂う風船の如くにふわふわと。
漂うように、気配を感じさせない足取りで宿を後にすると、ひと気の失せた深夜の町の中を何かに導かれる様に歩き、
「…………」
やがて辿り着いたのは町はずれの、うっそうと茂った森の中。
獣の泣き声さえ聞こえない、異様な静寂の闇に、
「…………」
木々の隙間から僅かにこぼれ落ちる月明りに照らされながら待っていたのは、頭からローブをすっぽり被った個人識別不能な何者か。
イリスは警戒心なく、吸い寄せられるように歩み寄ると、その人物は無言で立ち尽くす彼女に右手をかざし、何事か口にした途端、
「!」
意識を失っていたと思われる彼女が、ハッと正気を取り戻し、
『どっ、何処さねぇココはぁ!?』
向けられた右手を慌てて跳ね除け後退り、
「アンタは何者さねぇ!」
謎の人物を、噛みつきそうな勢いで睨み付けた。
すると謎の人物は女性とも男性ともつかぬ「作られた声」で、弾かれた右手をわざとらしく擦りながら、
{なんと、記憶が戻って居ない?}
少し驚いた様子を見せ、
{どうやら賭けは当方の勝ちのようですが、流石に「このまま」と言うのも些か困りますね}
小馬鹿にした物言い。
その「異質な声と佇まい」は、幼きチィックウィードを手に掛けようとしたリクエスターと呼ばれていた人物と思われる。
しかし何者か知らぬイリス。
単純に、リクエスターの物言いが甚だ癇に障り、
「記憶ぅ?! 賭けぇ?!! アンタは何を言ってるのさねぇ! アタシをアクア国の皇女と知っての狼藉かぁい!」
食って掛かったが、リクエスターは「クックックッ」と抑えた笑いをし、ムッとする彼女に気付くや否や、
{いやいやこれは失礼♪ よもや、ここまで記憶が戻っていないとは}
謝罪を口にした割に小馬鹿口調に変化は無く、皮肉を交えた物言いで、
{おかしいとは思わないのですか?}
「何をさねぇ!」
{記憶と現実にズレがある事に?}
「なっ、何の話さねぇ!」
{そうですね、例えば……世間における「幼馴染の評判」とか?}
「!」
{微妙な違和感は抱いていたようですね}
「…………」
図星であった。
当初は「重ねた人生経験が性格を歪めた」とも思ったが、それでは説明がつかない事柄が他にも幾つもあり、
「…………」
イリスは芽吹き始めた「漠然とした不安」に押し黙った。
しかし、
{まあ、それはともかく}
彼女の懸念を歯牙にも掛けず悠然と話を仕切り直し、
{記憶が戻ろうが戻るまいが当方の知った事ではなく、貴方には実行してもらわないと困るのですよ}
「何をさねぇ!」
初対面でありながら生理的嫌悪の交じった怪訝顔に、リクエスターは再び右手をかざしながら、
{「偽りの姫」であろうとなかろうと「皇女としての両親殺しを」ですね}
『何だとォ!』
イリスは驚愕した。
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