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第六章

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 よもや話題の張本人がゾバに居るなど思いもしない客たちは、ざっくばらんに話を続け、そのまま聞き耳を立てると、
「戻られなかったら「次の王様」は、どうなっちまうんだぁ?」
「噂じゃ分家筋の「ディモルファンサ」様の名が挙がってるそうだぞぉ」

 イリスにとっては「意外な名」であったのか、
(?!)
 少し驚いた顔を仲間たちに見せる中、

「うげぇ、冗談だろぅ?! あの「親殺しの領主」が、」
(馬鹿ぁ! 声が大きいぃ!!!)

 咄嗟に声を潜め、咎める一人。
 もう一人も、意味を察して声を潜めながら、

(だっ、だってよぉ、噂じゃ家督欲しさに親を……それに、あそこの領地は「酷いモン」なんだろぅ? 税は重いし、反発する者への取り締まりも尋常じゃないって聞くぜぇ?!)

 強い懸念を滲ませると、声量は控えめのまま、
「確かに、そんな噂をよく耳にするなぁ」
「だろぅ? そんなんが王様になっちまったら、この国はどうなっちまうんだぁ?」
「今のうちに移住でもするかぁ?」
 嘆き交じりのボヤキ声に、

「…………」

 視線を落とすイリス。
 そんな彼女の横顔に、

(また一人で抱え込もうとしてる……)

 ラディッシュは気遣いから、
「ね、ねぇイリィ……今の話って……」
(!)
 彼女はハッとした様子で顔を上げ、不安げに見つめる仲間たちに気付き、

(ヤバぁ、余計な気遣いさせちまったさねぇ)

 自省すると、
「アタシの幼馴染みの……甥っ子の話さねぇ」
「なんか、その……すごく評判が……みたいだったけど……」
 奥歯に物が詰まった物言いに、彼女は寂しげにフッと小さく笑って、

「時間ってぇのはぁ無惨さぁねぇ、ラディ。アタシの記憶の中のアイツはぁ、気弱で泣き虫……でも「誰に対しても優しいヤツ」だったんだけどねぇ」

 少々感傷的にも思える物言いに対し、

『親殺しとは、どう言う事ですわの?』

 容赦なく踏み込むドロプウォートであったが、その不躾(ぶしつけ)が、今はむしろ有難かった。
 過度に気を回されてしまっては、何も言えなくなってしまうから。
 しかし、渦中の人物とよほど仲が良かったと見える彼女は、

「正直、アタシにも何の話か分からないさねぇ……」

 幼馴染の「親殺しの二つ名」に困惑を滲ませながら、
「世情が病床のアタシの所に来ることぁ、無かったからねぇ。アタシの知識の全ては、発病するまでの幼少と、床に伏してからは本で得た物なのさねぇ……」
 骨身に応えてか歯切れ悪く言葉尻を濁すと、

「「「「「「…………」」」」」」

 彼女の心中を察した仲間たちも視線を落とした。
 すると、

『(お城に)行く前に、する事が出来たね♪』
((((((!))))))

 前向きな笑顔を見せたのは、ラディッシュ。
 仲間たちも彼の意図するところを察すると、同様に察したイリスが珍しく低姿勢で、

「い、良いのさねぇ?」

 窺うように、
「アタシの「お家騒動」に、アンタ達を巻き込んじまう事に、」
「構いませんですわぁ♪」
 問い掛けの途中でドロプウォートが声を上げ、続くニプルウォートも、

「今さら「御伺い」なんて気持ち悪いさぁ♪」

 恐縮するイリスを物珍しげに、愉快げに見つめなら、

「ここに居る全員、互いに同じような迷惑を散々掛け合って来てるさ♪」
「げにぃありんすぅなぁ♪」
「ホントだぜぇ♪」
「でぇすでぇすねぇ♪ 元気のないイリィさんは、イリィさんらしくないのでぇすぅ♪」
「らしくナイなぉ♪ らしくナイなぉ♪」

 カドウィード、ターナップ、パストリス、チィックウィードと笑顔が続き、
「アンタ達……」
 一瞬、感動から両眼を潤ませるイリスであったが、

「おっ?! 鬼の目にも涙さぁ♪」

 ニプルウォートの即座のからかいに、

『なっ、泣いてなぃさねぇ!』

 即座の憤慨で応えながらも勢いよく立ち上がり、
「先ずは事の真偽を確かめる為の、情報収集さねぇ♪」
 いつもの明るさを取り戻した様子の彼女に、仲間たちも笑みを見せ合い立ち上がった。

 店を後にするラディッシュ達。

 何はともあれ一先ず換金所で手持ちの金を、四国同盟で使用ている通貨とは違う「この国の通貨」に換金し、イリスに立て替えて貰った食事代を返金して、宿を決めると三々五々情報を求めて町に散った。


 やがて陽が傾き始めた頃――

 得られた情報を手に、一人、また一人と宿に戻って来て、
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
 何とも言えない困惑顔を見せ合うラディッシュ達。

 徐々に集まった情報はイリスにとって好ましくない、食堂で耳にした話を裏付ける物ばかりであったから。
 特筆すべきは彼女の記憶の中で「心優しい幼馴染み」であった筈の現領主ディモルファンサが、

≪数年後には手に出来る家督欲しさに実の両親を「毒殺」した≫

 まことしやか囁かれていた噂であった。
 愕然としつつも、
「…………」
 信じられないと言った表情を見せるイリスであったが、集まる情報を精査すればするほど真実をおび、また彼が領主となってからの領民たちの苦悩も多く聞かれ、

「…………」

 イリスは不機嫌から眉間に深いシワを寄せた。
 仲の良かった心優しき幼馴染みの変わりようと、悪行の数々を知ってしまっては無理からぬ事。
 幼馴染みと言う「存在の記憶」を持たぬラディッシュでさえ同情を禁じ得ず、

(昔からの友達がそんな事をしてるの知ったら、その言う反応になるよね……)

 仲間たちも、
「「「「「…………」」」」」
 失意の彼女に何と声を掛けたら良いか思い惑っていると、おもむろドロプウォートが立ち上がり、

『行きましょうですわ、イリィ』

 その凛とした眼差しに、彼女の言わんとするところを察するイリス。
 しかしその決意に従うは、仲間たちを自身の御家騒動に、本格的に巻き込むのを意味し、躊躇いを覚え、
「い、行くってぁドコにさねぇ?」
 気付かぬフリをすると、彼女の躊躇いを感じ取ったラディッシュも、

『決まってるじゃない♪』

 やおら立ち上がると、仲間たちも呼応する様に、
「「「「「…………」」」」」
 笑みを浮かべて立ち上がった。
 それは言わずもがな「総意の表し」であり、

(アンタ達ってぇヤツぁ~)

 イリスはラディッシュ達の心粋にニカッと笑って立ち上がり、
『ならぁ行こうじゃないさねぇ世直しに! いざディモルファンサ地方さねぇ!』
 宿の部屋から意気揚々と出て行った。
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