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第六章

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 十分な距離まで逃げ果(おお)せて後――

 少々お疲れ気味な御様子で、森を歩く勇者一行。
 当初の計画通りであったなら負う筈のなかった「無駄な緊張」から解放された代わりに、今は妙な疲労感が残る。
 そんな中、

「…………」

 遥か後方となった崩落現場をチラリと見遣(や)る、ラディッシュ。
 歩みは止めず、

(救えなかった……)

 水と土砂に消えて逝った、汚染獣の群れを想い。
 合成獣と違い、汚染獣は普通の生き物となんら変わりなく、多量の土砂で動きを封じられた挙句に水攻めに遭っては、生命活動の維持は不可能。
 それが咄嗟の、止むを得ない判断であったとは言え「浄化の天技」を使えば地世の汚染を取り除き、平和的に解決できた可能性があったから。

 そして後悔を抱く者が、
「…………」
 もう一人。

 過ぎた去った後方を見遣(や)るは、崩落させた張本人ドロプウォート。
 彼女もまた地下道を思い、先頭を歩くイリスの背に、

「ね、ねぇイリィ……」
「んぁ?」
「ち、地下通路を破壊してしまいましたが……その……大丈夫ですわの?」

 恐る恐る尋ねると、彼女は、彼女流の気遣いからか「キィシッシッ」と笑い、

「アレは幾つもあると、言ったさねぇ♪」
「いえ、そうではなく!」
「ん?」
「中に誰か居た可能性はありませんでしたわのぉ?!」

『『『『『『!?』』』』』』

 ギョッとするラディッシュ達。
 失念に気付かされ、慌ててイリスを凝視したが、

「それこそ要らぬ心配さねぇ~♪」

 彼女は仲間たちの不安を笑い飛ばし、少々闇を感じさせる悟った眼差しで、

「百歩譲ってぇ汚染獣だらけだったあの場所に、一人で着替えも満足に出来ない「王族連中の誰か」が居たとして……」
(((((((いたとして……?)))))))
「タダで済んでると思うさねぇ?」
「「「「「「「!」」」」」」」

「それに音が反響する管のような通路でぇ、誰かの悲鳴の一つでも響いて来たさねぇ?」
(((((((たしかに……)))))))

 彼女の指摘は最もであり、少し心の落ち着きを取り戻すラディッシュ達。
 しかし同時に素朴な疑問も。

「そもそも、どうして汚染獣の群れが居たんだろ? 王族しか入れない筈の通路に、どうやって?」

 首傾げに、イリスは何か思い付いた様子で悪い顔してニヤリ。
 ドロプウォートをあからさまにチラ見した上で、

「さてぇさてぇソイツはムズカシイ質問さねぇ~、何せぇ今となっちゃぁ調べようも無い話さぁねぇ~♪」

 暗に、彼女が破壊したのをからかうと、
((((((!))))))
 意図を察したラディッシュ達も、小さくニヤリ。
 彼女のからかいに乗っかる形で、

「「「「「「たしかにぃ~♪」」」」」」

 前科何犯になるのか、
「ゴメンナサイなのですわぁあぁぁー」
 即座に頭を抱えるドロプウォート。
 その申し訳なさげな姿に仲間たちから笑いが起こった。
 
 
 やがて森を抜け――

 太陽の下に駆け出したラディッシュは、

『町だぁ♪』

 歓声を上げた。
 眼の前に広がっていたのは、網目状に張り巡らされた水量豊富な運河に佇む、美しき街並み。
 イリスはその町を背にラディッシュ達の方へ向き直ると、背筋をスッと伸ばして片足を引きながら、スカートの両端を持って膝を少し曲げ、
「…………」
 社交界で淑女が行う挨拶であるカーテシーをしながら、

『水の国アクアへ、ようこ御出で下さいました勇者様方』

 恭しく目線を伏した。
 日頃のガサツからは到底想像出来ぬ、内から溢れ出る「煌めく品位」に、
「「「「「「「!?」」」」」」」
 仲間たちは絶句。
 ギャップ差も手伝い、しばし見惚れていると、

「?!」

 イリスは何かしらのツッコミを入れられると思っていたのか、想定外の反応だった様子で、慌て、照れ臭そうに「よしとくれぇよぉ」と笑いだし、
「あ、アタシも、一応は「お姫様」さねぇ~、これ位の挨拶は出来るさぁねぇ♪」
 その笑顔に、

(((((((そうでしたぁ♪)))))))

 ラディッシュ達は失念を苦笑しつつ、
「これからどうするの、イリィ?」
 すると彼女は、

「そ、そうさなぁ~」

 未だ羞恥の赤面が残る困った様子で考え込んだ。
 急いて帰国する事ばかりに囚われ、その先の方針を考える余裕が無かったからである、

 そんな彼女に、きっかけを与える助け舟が。
『そもそも私達には情報が足りておりませんのですわ、イリィ。それも圧倒的に』
 ドロプウォートの一言を皮切りにニプルウォートも、

「だなぁ。ウチ達は「この国の事」を、あまりに知らな過ぎるさぁ」
「げにぃありぃんすなぁ~。しかしぃそぅなりんすとぉ、情報集めぇの拠点が欲しくなりぃんすなぁ~」

 カドウィードが続き、
「それには換金しねぇとマズイっスねぇ、ラディの兄貴ぃ?」
「ボクも、そう思うでぇす。手持ちの通貨が違うとぉ何も出来ないのでぇす、不自由なのでぇすぅ」
 ターナップやパストリスの声を参考に、
(そうなると……)
 イリスが考えをまとめる為に黙考し、大人たちが答えを待っていると、

ぐぅうぅうううっぅぅうぅ!
(((((((ん?)))))))

『オナカすいたなぉ~』

 空腹を訴える、待ちくたびれた様子の幼子。
 何の打算も無い、素直な意見に、眉間にシワを寄せ合い、難しく考え込んでいた大人たちは毒気を抜かれたような、軽い気持ちになり、

『なるほどぉ一先ず飯さぁねぇ♪』

 イリスの提案に、仲間たちは笑顔で頷いた。

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