上 下
441 / 706
第六章

6-93

しおりを挟む
 ドロプウォートはイリスの声に切っ先を止め、
「…………」
 頭目に向けるのと同じ「怒れる母の眼」を向け、
「何ですのイリィ。貴方、見逃せとでも……」
 一触即発。
 余談を許さない、緊迫を纏った空気に仲間たちがハラハラする中、怯む様子もないイリスがいつになく真剣な眼差しで、
「そんなつもりは毛頭ナイさね」
 ドロプウォートの懸念を切って捨て、彼女に負けず劣らずの怒りを以てして、

『臣民の不始末は皇女たる「アタシのケジメ」さねぇ!』

 歩み寄ると右手を差し出し、刀を貸すよう求めた。
『アクアの皇女だとぉおぉ!!!?』
 今更のように驚きを口にする頭目。イリスが故国の姫殿下と知り。
 しかし、

「…………」

 何ごとか得心が行った様子で、ニヤリと笑い、
「なるほどなぁ。破格の報酬は、この意味かよぉ」
「なッ!」
 怒りを増すイリス。
 彼らの行った愚行、蛮行には「何の矜持も無かった」と改めて知り、

『金に釣られてのォ悪行三昧ッ! テメェらは恥を知るさねぇえ!』

 今にも斬り掛からんとする気迫で切諌すると、
「!」
 黙したまま見つめる仲間たちの視線に気付き、
「その……済まなかったさねぇ、驚かしちまっただろぅ? 今まで素性を明かさなかったのぁそう言うワケだったのさねぇ。ガラじゃないとはアタシがぁ一番思ってるさぁねぇ」
 少々照れくさそうな、自嘲気味の笑みに、

『今更ですわのぉ?』

 ドロプウォートがヤレヤレ笑いを浮かべ、
「へ?」
 キョトン顔に、
「とうに気付いていまして、ですわぁ♪」
「のぉなぁ?!」
 イリスは驚き、ラディッシュ達を見回すと、
「「「「「「♪」」」」」」
 笑顔で大きく頷き、

「だって、同郷の人の悪事にあれほど落ち込む人って♪」
「普通は居ないさぁ♪」
「気付かれてないと思ってた、オメェの方がどうかと思うぜぇ♪」
「げにぃ、ありんすなぁ~♪」
「でぇすでぇすねぇ~♪」
「なぉなぉぅ~♪」

 仲間たちからの「想定外なダメ出し」に、
「アタシの今日までの気苦労はぁあぁ~~~!」
 イリスは頭を抱え、

「気付かれないようにと気を張るアタシが「一番馬鹿みたい」じゃないさねぇ!」

 気恥ずかしさを憤慨で誤魔化したが、むしろラディッシュ達は、
(((((((アレで?!)))))))
 ツッコミたい気持ちは各々あった。
 しかし今は、その様な時ではなく、イリスは小さく息を吐くに合わせて羞恥を一先ず収め、
「…………」
 気持ちを改め立ち上がり、

「ドロプ……」

 その声色から、表情から、覚悟を悟ったドロプウォートもまた、
「ハイ、ですわ……」
 真摯な面持ちで刀を差し出し、受け取るイリス。
「…………」
 切っ先を頭目に、静かに向け、

「アクア国の皇女の責を以て、今一度問うさねぇ」
「…………」

 余談は許さぬ眼差しで、
「アタシの命を狙った「真の雇い主」は、本当にお父様と、お母様なのさねぇ」
「…………」
 彼は何も答えず、何も答えない代わりに「フッ」と小さく笑い、その含んだ笑みに、
(そう来たさねぇ……冒険者としての仁義に従い、仲間たちの罪をも背負うと……)
 心粋(こころいき)には若干の感銘を受けつつ、彼が見せた覚悟に応えるように、

「そうさね」

 静かに頷き、刀を持つ手にチカラを込めた。
 すると、
『ウチが記憶を読んじまおぅさ?』
(!)
 腕まくりしながら歩み寄って来たのはニプルウォートであり、

「!?」

 慄きを隠せない頭目。
 そんな事をされては沈黙は無意味となり果て、全てが白日の下に晒され、自身が受け入れた極刑も意味を成さなくなってしまうから。
すると、

『その必要ないさぁねぇ』

 毅然と制する、イリス。
「…………」
 拒む彼女を見つめるニプルウォートは、言葉を選びながら、
「本当に、それで良いのか? このままコイツを斬っちまったら黒幕が誰か、誰が敵で、誰が味方か、分からないままになっちまうさ?」
 しかし彼女は「構わない」とだけ答え、
(ありがてぇ……)
 心の中で感謝する頭目。
 自身の「最期の心粋」に応えてくれた、彼女の気遣いに。

 問うたニプルウォートも、それが分かるが故に再考を促さず、
「やれやれ甘いねぇ、まぁ好きにしなぁさ」
 苦笑と共に背を向けると、イリスは「最後の恩情」とばかり、
「名は何と言うさねぇ」
 その問いにさえ、

「答えられると思うか?」

 薄っすら嘲笑う横顔に、
(愚問だったさぁねぇ……王族に、勇者一行に、天世に、弓を引いた者の身元が知れたら、親類縁者に何が起こるか……)
 沈黙を貫く、揺るぎない決意の彼に凛とした表情を崩さず、むしろ崩さぬよう過剰なまでの寡黙を以て、

≪アクア国の王族の責としてオマエを断罪するさねぇ≫

 刀を振り被ると、刑を目前にした頭目が唐突に、静かな物言いで、
「一つだけ、イイか?」
「……なんだ?」
 上段に構えたまま、見下ろし問うイリス。
 冷淡なまでの、鬼神の如き表情の彼女に見下ろされてもなお、死を受け入れた様子の彼は静かな物言いで、

「これ以上、辛い思いをしたくなかったら国に帰るのは止めときな」
「…………」
「これはアクア国の民としての、最初で最期の忠言だ」

 しかし彼女は変えぬ表情のまま、

「それは「聞けぬ話」さぁねぇ」
「…………」
「アタシは、その「アクア国の皇女」さねぇ。アタシにも「果たすべき役割」があるのさぁねぇ」
「そうか……そりゃそうだな……」

 自身がこの世で最期に語った言葉が、お節介、蛇足、余計なお世話であったのを自嘲気味に小さく笑うと、

『覚悟ォ!!!』
 ヒュン!

 イリスは切っ先から風切り音を鳴らし、一刀の下に彼を斬り伏せた。
 声なく地に横たえる頭目。
 自身の血に沈む同胞を、冷淡を維持出来なくなったイリスが悲し気に見下ろしていると、

『貴方の覚悟、御見事でしたわ』

 ドロプウォートが静かに歩み寄り、血が滴る刀を受け取りながら、
「王族としての責、しかと見届けさせて頂きましてですわ」
 すると、

『?!』

 イリスが彼女の肩に顔を埋め、
「少し……貸してくれさね……」
 仲間たちから表情を隠しながら、

「自国の民を……こんな形で斬る羽目になるなんてさねぇ……」

 その声は震え、泣いている様であった。
「「「「「「「…………」」」」」」」
 何も言わず、見守るしかない仲間たち。
 彼女の心が落ち着きを取り戻す、その時まで。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

処理中です...