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第六章

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 安全圏と言える距離まで移動して後――

 馬車の速度を並足にまで緩める、御者台で手綱を引くラディッシュ。
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
 未だ誰も何も言わない。

 車内に漂う、気マズイ空気。
 馬の蹄(ひづめ)が地を蹴る音と、荷台の車輪が立てるガラガラとした音のみが異様に響いて聞こえ、
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
 誰もが会話の糸口を探す中、

『そ、そぉのぉ~なんだぁ……』

 バツが悪そうな声を先陣切ってあげたのは、御者台のニプルウォート。
 イリスの話を最も怪しんでいた彼女は明後日の方を向きながら、心苦しげに、奥歯に物でも挟まった物言いで、
「わ、悪かった、さぁ……その……う、疑ってぇ……」
 少し照れ臭そうでもある謝罪に、イリスは少し驚いた顔を見せながらフッと小さく笑い、

「よしとくれさねぇ。アンタが素直だと気持ち悪いさぁねぇ~」
『んなぁ!?』

 ムッとした顔で振り返るニプルウォート。
 彼女の揚げ足取りな物言いに、例の如くの同族嫌悪から、
(こっちが素直に頭を下げれば「コレ」さァ!)
 応戦しようとしたが、

「仕方が無いさぁねぇ。疑われても」
「?!」

 イリスは訥々(とつとつ)と、

「アタシぁアンタ達に、何一つ明かしちゃいない、からねぇ……」
「「「「「「「…………」」」」」」」

 苦笑交じりに、手綱を引くラディッシュの背を見つめ、
「ラディ」
「?!」
「その辺で馬車を止めて欲しいさねぇ」
「?」
 促されるまま停車させると、

「世話になったさねぇ。アタシの旅は「ここまで」さぁねぇ」
「「「「「「「!?」」」」」」」

 ギョッとする仲間たちを前に、
「アイツ等に見つかっちまったからねぇ~」
 イリスは笑いながら、ヤレヤレと言った口振りで、

「手前勝手に引っ付いて来たアタシぁ、これ以上アンタ達に迷惑を掛けられないさねぇ」
「「「「「「「…………」」」」」」」

 彼女の言葉にジッと耳を傾けるラディッシュ達。
 黙して誰も語らず、苦楽を共にして来た間柄にしては、少し冷たく思える勇者組の反応ではあったが、彼女は感謝の笑みさえ浮かべ、
「なぁ~に心配はいらないさぁねぇ。近場の国境に飛び込んじまえばコッチのモンさねぇ。ヤツ等も他国で「あからさまなモメ事」は起こしたく無いだろうからねぇ~んなぁ事をしたら外交問題になっちまうさねぇ。まぁ、世話になったアンタ達にぃ何の礼もしてないのが「心苦しい」ちゃぁ苦しいが、」
 彼らの正体が何であるか知っている口振りで立ち上がると、

「みんな元気でさねぇ♪」

 他意無い笑みだけ残して荷台から降りようとした。
 すると、

『待ってぇ!』
(!)

 背中にぶつけられたラディッシュの声に、一瞬動きを止めるイリス。
「カルニヴァ国に入っちゃえば大丈夫なんでしょ?」
(…………)
 続けて発せられた彼の言葉に、心は激しく揺らいだ。
 しかし内に隠した未練を断ち切るよう、背は向けたまま「へっ」と小さく嘲り笑い、

「アンタ達にぃ「何の得がある」ってのさねぇ」
「え?」
「何のチカラも無い、御荷物でしかないアタシを乗せといてもぉ、アンタ達にぁ何の得にも、」

『それでもですわぁ!』

 自嘲する彼女の二の句を強い口調で遮ったのは、ドロプウォート。
「それでも「貴方の現状」を知ってしまった今! 放り出す事など出来ませんのですわぁ!」
 熱を帯びた声を、背を向けたままのイリスは「キッシッシッ」と愉快げに笑い、

『ほぅらアンタ達の悪癖がまた出たさぁねぇ♪』
「な?!」
「過度なお人好しは身を亡ぼすさねぇ」

 振り返って辟易した笑みを仲間たちに見せつけ、
「アタシからの最後の忠告さぁねぇ。じゃぁな!」
 降りようとしたが、そんな彼女の腕を掴んで制したのは、

『!?』

 ニプルウォート。
 再び振り返った、意外そうな顔に、

『見捨てられる訳が無いだろさぁ!』

 その眼は真っ直ぐでありながら何処か寂し気で、
「!」
 気付けば同じ眼をしたパストリス、カドウィード、ターナップ、そして幼きチィックウィードまでもが。
(まったく……「お馬鹿さん」さぁねぇコイツ等は……)
 頭に浮かんだ「嘲りの言葉」とは裏腹に、
(度し難い、お人好し集団さぁねぇ……)
 心の底から、嬉しかった。
 その想いを素直に顔に出してしまうのが、恥ずかしく思える程に。
 故に彼女は、

『アンタ達ぁ正気かぁい? アタシぁ追われてる理由さえ言えない身なんだよぉ?』

 口元には隠し切れない嬉しさを滲ませながら、
「どうしてそこまで「得体の知れないアタシ」を庇おうとするさぁねぇ~?」
 口調のみの「呆れ」に対し、

『どうしてか分からないの♪』

 ラディッシュはニコリと笑い、
「アタシにぁ、とんと理解出来ない発想さぁねぇ~」
 からかい交じりの彼女に、

「みんな「好き」だからだよ」
「へ?!」
「大好きだからだよ♪」

『んなぁ?!!!』

「理由なんて、それだけで十分なんじゃないかなぁ♪」

 仲間たちも同意の笑顔を向けていて、
「ばっ、クッ……」
 思わず顔を背けるイリス。

『お、お馬鹿さんさぁねぇアンタ達はぁ! ホントにぃ……度し難い……お馬鹿さん、さねぇ……』

 その声は泣いている様にも聞こえ、彼女の「心の軟化」にラディッシュ達が笑みを見せ合う中、ニプルウォートの「いたずら心」に火が点いた。
 無論、それは彼女流の気遣いから出たモノではあるが、

「おやおやぁ~もしかして「イリスさぁん」てばぁ感動してぇ泣いていらっしゃるぅ?!」
『んなっ、泣いてナイさねぇ!!!』

 即応して振り返るイリス。
 過剰なまでの「憤慨の振り返り」で涙腺の緩みを誤魔化し、

「アンタ達のぉお気楽さに呆れ返ってるダケさねぇ!」

 やっと見せてくれた「いつもの顔」に仲間から笑いが起こると、ラディッシュも笑顔は絶やさず、

「でも一つだけ確認させて?」
「?」
「カルニヴァ国に入ったら、あの人達は手出しをして来ないんだよね?」
「あぁ。それは間違いないさぁねぇ。あんなナリはしちゃぁ居るがアイツ等は「アクア国の正規の冒険者」さねぇ」

(((((((アクアのボウケンシャ!)))))))

「派手な騒ぎを起こして外交問題に発展したらぁ「タダで済まない」のは、百も承知の筈さぁねぇ」
(((((((…………)))))))

 思う所はそれぞれにあった。
 しかし今は、

『うん。分かった! イリィを信じる!』

 ラディッシュは迷いを振り払う晴れやかな笑顔で、

「じゃぁカルニヴァ国を目指して出発だぁ♪」
「「「「「「「おぉーーー♪」」」」」」」

 仲間たちも喊声を上げた。
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