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第六章

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 謁見の間の隣室に移動するドロプウォート達――

 部屋は勇者組の為に仮設で設けた食堂であり、仮設と呼ぶにふさわしく、部屋の中央に長方形のテーブルを二つ組み合わせ、正方形状にした物に白布が被せられ、その周囲に椅子を十脚配置した物が置かれた程度。調理は別の場所にある調理場で行い、完成品をワゴンで運び込んでいた。
 その様な簡素な部屋であったが、食卓からは食欲を誘う甘い香りが周囲に漂い、腹を空かせた獣たちが香りに誘われ続々部屋に入ると、十人分の配膳をしていたイリスが作業の手を止め、

「飯の時間がちぃ~とばっか遅れちおまってぇ悪ぃさぁねぇ♪」

 すると彼女が「ラディッシュの調理の遅れ」を、いつもの調子で皮肉ったと勘違いしたドロプウォートが冗談半分の売り言葉で、
「別に貴方が作った訳ではありませんですのに、貴方が謝る必要はありませんですわよぉ♪」
 仲間たちも同調する様に「あはは」と笑ったが、ラディッシュがすかさず、

「今回はイリィに作ってもらったんだよ♪」

 思いも寄らぬ一言に、

『『『『『『『『えぇっ?!』』』』』』』』

 あからさまな一斉の不安顔。
 想定外の反応だったのか、想定以上の反応だったのか、その顔にラディッシュは慌て気味に、

「もっ、モチロン作業指示は僕が出しながらだけどね♪」
「「「「「「「「あぁ~」」」」」」」」」

 フォローを入れた途端に起きた安堵の息に、
「な……なぁんか釈然としないさねぇ」
 イリスが不服そうな様子を見せると、仲間たちは露骨に見せてしまった不安顔を自嘲する様に、笑ってお茶を濁しながら着席し、

『『『『『『『『ん?!』』』』』』』』

 並べられた料理を見て驚いた。
「こ、これをイリィが作りましてですのぉ?!」
 自問自答のように、驚嘆をこぼすドロプウォート。
 その感想は仲間たちも同意であり、食い入るように見つめる先にある、少し深みのある皿に盛られていたのは、大きさはマチマチで、形も多少いびつに切られながらも、食欲を誘う醤油仕立ての甘辛い香りが漂う、根菜類の料理。
 地球で言う所の「肉じゃが」であった。

((((((((これがホンモノぉ♪))))))))

 素直に感嘆する仲間たち。
 それもその筈、現在作成中である女王フルールの「新ジャンルの料理モノ」の作中に登場する料理の一つであり、再現度の高さを感じたから。
 仲間たちの驚き顔に「してやったり」の顔を合わせる、イリスとラディッシュ。
 二人も着席すると、女王フルールの「いただきます」に合わせ、

『『『『『『『『『いただきまぁす♪』』』』』』』』』

 箸やスプーンなど、各々が使い易いカトラリーを用いて一口、パクリ。
 イリスもスプーンで一口。
(味は大丈夫の筈さね……ラディも「ウマイ」って言ってくれたし問題は……無い……筈……)
 自身に言い聞かせながらも不安のドキドキは収まらず、ラディッシュの様子をチラ見。
 仲間たちの反応を見る勇気が、持てなかったから。
 しかし彼は、彼女の不安など、微塵も気にしていない様子のニコニコ顔で食べ進めていて、

(呑気なモンさぁねぇ。こっちは寿命が縮みそうさねぇ)

 止むを得ず、
(…………)
 勇気を振り絞って、
(…………)
 仲間たちの反応を、恐る恐る窺うと、

(!?)

 仲間たちもラディッシュと同じ笑顔で、ひたすら食べていた。
 チィックウィードに至っては彼女と眼が合うなり、

『イリおねぇちゃん、とってもぉオイシイなぉ♪』
(!)

 改めて褒められると、

(くぅ~っ! こんなにも嬉しいモンなのさねぇ~~~!)

 斜に構えた表情が思わず綻びそうになり、そこへ更に追い打ちをかけるようにパストリスも、
「本当に美味しいのでぇすぅ、イリィさぁん♪ イリィさんは、お料理が初めてじゃなぁいのですぅ?!」
 苦労が報われる、仲間からの嬉しい言葉。
 しかし多少の引っ掛かりも。
(アタシの名前を二度呼んだ? 瓜二つのラミウム様を基準にしてるのさぁね?)
 気持ちが昂っている為か仲間の一言一言が妙に耳に残り、名前を二度重ねて呼ばれたのが揚げ足的に、微妙に気に掛かってしまった。
 そんな中、ラミウムとの面識が無いニプルウォートまでもが、

『まっ、まぁまぁヤルじゃなさぁ』

 負け惜しみを多少感じさせる称賛をし、称賛は仲間たちのみならず女王フルールやリブロンからも。
 イリスはニヤケそうになる顔を必死に堪えながら、
(アタシぁヘンに勘繰り過ぎなのさぁねぇ?!)
 言葉の「些細なニュアンス」に過剰反応した自身を反省しつつ、

(そ、それにぃ浮かれてる場合じゃないさねぇ~これがぁ「何も出来なかったアタシ」のぉ「始まりの一歩目」なのさぁねぇ♪)

 気の緩みの戒めに、内心で懸命に努めていると、それまで驚き意外に黙していたドロプウォートが改まった物言いで、
「本当に美味しいですわ、イリィ。本当に」
 偽りや、皮肉の類いを感じさせる笑顔では無かったものの、その笑顔にイリスは、

(何て悲しい音色で、アンタはアタシを褒めるのさぁね……)

 胸が小さく痛んだ。
 その痛みを一言で表現するなら、罪悪感か。
 彼女の「想い人の心」を独占し、あまつさえ「諦めさせる形」を作りつつある自身に。
 すると、
(!)
 有頂天から一転した彼女の微妙な表情変化に、胸中を悟られたと感じたドロプウォートが焦り交じりに話しの矛先を変えようと、

『そっ、そう言えばフルール陛下ぁ』

「ん? 何でゴザル?」
「何故に陛下は、異世界料理の「肉じゃが」なる物を御承知でしたのです?」

 すると赤ジャージを着たままの女王フルールは、口に運びかけたスプーンを静かに下ろし、
「…………」
 手元でホカホカとした湯気を上げる肉じゃがを、懐かしむ様に見つめながら、
「かつてハクサンが、ウチの料理人達に勝手に作らせ食していた料理の一つ、なのでゴザルよぉ」
 そう語る彼女の微笑みは一言では表現できない、それはとても、とても複雑な物であった。

(((((((((…………)))))))))

 有り体に言ってしまえば、それは「未練」と言えるのかも知れない。
(フルール陛下は、まだハクサンの事を想っておいでなのですわ……)
 恋する乙女ドロプウォートだからこそ感じた女王フルールの心の機微に、無意に触れてしまったのを後悔しつつ、

(そして、その彼を討ったのは、私達……)

 彼女の心中を思い表情を曇らせたが、それは女王フルールもしかり。
 ドロプウォートの微かな表情変化から、
(妾の整理しきれぬ想いがぁ、彼女らの心を沈めんしたか……)
 瞬時に悟ると、たおやかな笑みを口元に浮かべながら、

「勘違いせぬでぇ欲しきにありぃんすがぁ妾はヌシらに感謝こそすれ、微塵も恨んだりしておらぬのぇ」
「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」
「アヤツを止めてくれぇんしたらぁ、どれ程の被害が世界に及びんしたかぁ想像もつきぃんせぇんぇ」

 その言葉に「嘘がある」などと誰も思わなかった。
 しかし、まかり自分が「彼女の立場だったら」と考えた時、

「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」

 それは到底、腑に落とせるモノではなかった。
 どのような形にせよ、彼女の想い人の「命を奪った事実」に変りは無かったから。
 
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