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第六章
6-15
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仄暗い森の中を行くインディカと三人の子供たち――
陽は未だ十分高い時間帯であるにもかかわらず、天から降り注ぐは高木の枝葉の隙間から落ちる、木漏れ日の弱弱しいキラメキのみ。
四人は村からの抜け出しに、成功していた。
南口を警護する門兵の「交代時間の間隙」を縫ったのだが、成功の陰には門兵たちの、
≪まさか南に行く愚か者など居る筈がない≫
思い込みの油断も手伝った。
国の南端にあり、人が住まぬ地で、しかも足を踏み入れた者は誰一人として帰って来ず、不明となった者は「愚か者」と揶揄され、「不帰(かえらず)の森」とまで呼ばれる森に、わざわざ向かう者が居るなど誰が思おうか。
インディカの付き添いの下、鼻歌交じりの上機嫌で、目に付いた物をA四サイズ程の厚紙に書き込んでいく子供たち。
オリジナルの地図を作って楽しんでいたのだが、それもほんの最初だけ。
ものの十分と経たないうち描くのを放棄し、書きかけの地図はインディカに押し付け、
「ぁんだぁ、ガキどもぉ? もぅ飽きちまったのかよぉ、ったく、しょうがねぇなぁ~」
からかいの物言いに、
『『『つまんなぁ~い! ミギもヒダリも同じでぇ!』』』
不平を口々に拾った棒切れを振り回し始めたが、それでも歩みは止めずに森の奥へと分け入った。子供ながらの感性で、琴線に触れそうな目新しい「何か」を求め。
しかしここは「絵本の中の世界」ではなく、現実世界である。
変化の乏しい森の景色に、それとて長続きせず、
『『『オモシロくなぁあぁい!』』』
太々しく愚図りだし、
「ガキぁこれだからなぁ~まだ一時間と歩いてねぇぞぉ~」
インディカが同じ目線の高さで辟易して見せたが、子供たちはそれとて意に介する風も無く、
『『『もぅかえるぅ♪』』』
子供の特権と言えるワガママを発動。
「かぁ……」
文句の一つも言いたくなったが、
(ッ!)
大人に何か言うたび殴られた自身の幼少期を、ほんの一瞬フラッシュバック。
(コイツ等にぁガキらしく、言いたい事を言わせてやらねぇとなぁ)
思い直すと、ため息交じり、
「仕っ方ねぇ~なぁ~そぉんじゃぁ帰るとしますかぁ~」
振り返ったが、
『…………』
絶句。
見渡す限り同じに見える、仄暗い森の景色に、
(おっ……オレっち…………どっから来たぁ?!)
方角が掴めず、長旅の経験から「進むべき方向」を探ろうと空を見上げて見たが、巨木の枝葉で隠され、
(そうだ! ガキどもの絵を見れば!)
無理矢理持たされた絵を見たが、
「…………」
幼い子供が描いた「ロールシャッハテストが如き絵」からでは、目印代わりとなる「特徴的な何か」を読み取る事など、一応大人の部類のインディカには不可能で、
(つ、楊枝に刺さった「緑スライムの群れ」かよぉ……)
声なく、一人ツッコミ。
とは言え、悩んでいる間にも時は刻々と歩みを進め、まごまごしていると夜になってしまう恐れもあり、
(唯一大人のオレっちがぁ錯乱してぇる場合じゃねぇ!)
猛省すると、棒切れを無邪気に振り回して遊ぶ子供たちに、
「んなぁガキ共ぉ、コレってぇドコを描いたんだ?」
「「「???」」」
もはや描いたことさえ覚えていない様子。
「…………」
遭難の可能性は、にわかに現実味を帯び、
(こいつぁ、マジでヤベぇかも……)
ここが「彼の生まれ育った地」であったなら、進むべき方角に見当が付けられたかも知れないが、この地は彼にとっての新天地。
勘を働かせる事さえ出来ず、
(まさかぁこのオレっちがぁ、ガキどもぉ抱えて野宿ってかぁ?!)
両親を事故で亡くし、親戚縁者中を散々たらい回しにされた幼少期を、ほんの一瞬フラッシュバック。
(オレっちがぁコイツ等を守んねぇと!)
気合いを新たに、不安は顔に出さず、これから先の対応を考えたが、子供は大人が考えている以上に鋭敏で、彼の「微かな表情変化」と「纏う空気の変化」を感じ取り、
「「「兄ちゃん、どぅかしたのぉ?」」」
不安げに問われ、
(やっべぇ! 顔に出ちまってぇたかぁ?!)
思わず動揺を露呈させてしまった途端、何かしらの確信を得た子供たちが唐突に、不安げに、
『『『兄ちゃん、かえろうよぉ!』』』
「!」
(何やってんだぁ、オレっちは! 大人のオレっちがぁガキ共を不安にさせてどうすんだぁ! 汚染獣と遭遇しちまったぁ訳でもねぇってのに!)
インディカは気弱に傾倒していた自身を叱責すると共に、最終的に預けられた孤児院で、大人たちから乱雑に扱われ、誰からも救いの手が差し伸べられなかった、苦悩の幼少期をフラッシュバック。
(ガキ共にぁオレっちしか居ねぇんだぞぉ!)
孤児院を飛び出し、ケンカの強さだけで生き抜いて来た過去をフラッシュバックし、
(マズはガキどもを落ち着かせてぇ、そんでぇもってぇその間に「どうすっか」を決めねぇとぉ!)
思い至り、腹を括ると精一杯の笑顔を作り、
『おぅ! だなぁ! 腹も減って来たしぃそろそろ帰ぇるぅかぁ!』
(幸いここは汚染獣が少ないエルブ国の森だ! 多少時間は掛かるかも知んねぇが……)
長旅の経験も豊富があり「時間を掛ければ村に辿り着ける」と思った矢先、インディカは何かを眼に、
『なっ……』
息を呑んだ。
彼の視線の先、薄暗がりの森の奥に見た物は、赤黒く、怪しい光を放つ、幾つもの眼。
(おっ、汚染獣ぅだとぉ!)
しかも複数頭。
(おっ、落ち着けぇ「オレっち」ぃ! 邪除けの香炉はあるんだ! コイツがありゃぁ汚染獣ごときに襲われる心配はねぇ! オレっちがガキ共ぉ守るんだ!)
自身に強く言い聞かせると深呼吸。
声を潜めながら三人に、
(いいかガキ共よく聞けぇ)
パニックを起こさせないよう、慎重な物言いで、
(少し離れた所に汚染獣が出やがったんだ)
(((!)))
(だが心配はねぇ!)
怯えを見せる三人にすかさず「邪除けの香炉」を見せながら、
(コイツがあるっ! それにぃオレっちが、オメェ等を、絶対ぇ守ってやるからよぉ! だから!)
三人をしっかり抱き締め、
(デケェ声を出してぇヤツ等を刺激するようなマネはぁ絶対ぇスンじゃねぇぞ)
しかしここは「親の居ない」森の奥。
恐怖を抱いた幼子に、その様な「大人な説得」が通用する筈も無く、一人が「ヒクッ」と身を震わせ、大泣きの前震を見せ、
(やっ、ヤベェ! ヤツ等が一斉に盛(さか)っちまぅ!)
汚染獣たちが我を忘れて襲い来る、最悪の光景を想像すると、
(ないてはダメなのぉ!)
一人がたしなめ、もう一人も、
(オトコだろ、フリージアぁ! 女のオキザリスよりさきにナクなぁ!)
泣き出しそうになった一人をたしなめ、叱咤された一人も浮かんだ涙を拭い、
(うん! ボクぅ、泣かなぁい!)
幼子たちが見せる気丈な姿に、
(オレっちぁ……なんでコイツ等を「モブ」なんてぇ下に見てやがったんだぁ……?)
懸命に生き抜いて来た「過去の自身の姿」とダブらせ、
(これじゃぁオレっちぁ「腐ったアノ大人ども」と、ナンも変わんねぇじゃねぇかぁ)
親類縁者、そして孤児院の、打算と私利私欲に満ちた大人たちの、欲に歪んだ醜い顔を思い起こすと、それまで同じ形をした「村人A」にしか見えなかった子供たちの姿が、三者三様、確かな己(こ)を持った姿にハッキリ見えて来て、明朗そうな女の子に、快活そうな男の子に、そして少し内気そうな男の子が一人。
インディカは気合の入った顔つきで、
『ザリス!』
「!」
『オラム!』
「!」
『フリジ!』
「!」
三人の名を愛称で呼び、
『オメェ等はぁこのインディカ様がぁ、キッチリ、カッチリ、家に帰ぇしてやっから安心しなぁ!』
根拠など無かった。
しかし、その自信に満ち溢れた表情が、言葉が、幼子たちの心を奮い立たせ、
『『『うん!』』』
三人は元気な返事を返した。
陽は未だ十分高い時間帯であるにもかかわらず、天から降り注ぐは高木の枝葉の隙間から落ちる、木漏れ日の弱弱しいキラメキのみ。
四人は村からの抜け出しに、成功していた。
南口を警護する門兵の「交代時間の間隙」を縫ったのだが、成功の陰には門兵たちの、
≪まさか南に行く愚か者など居る筈がない≫
思い込みの油断も手伝った。
国の南端にあり、人が住まぬ地で、しかも足を踏み入れた者は誰一人として帰って来ず、不明となった者は「愚か者」と揶揄され、「不帰(かえらず)の森」とまで呼ばれる森に、わざわざ向かう者が居るなど誰が思おうか。
インディカの付き添いの下、鼻歌交じりの上機嫌で、目に付いた物をA四サイズ程の厚紙に書き込んでいく子供たち。
オリジナルの地図を作って楽しんでいたのだが、それもほんの最初だけ。
ものの十分と経たないうち描くのを放棄し、書きかけの地図はインディカに押し付け、
「ぁんだぁ、ガキどもぉ? もぅ飽きちまったのかよぉ、ったく、しょうがねぇなぁ~」
からかいの物言いに、
『『『つまんなぁ~い! ミギもヒダリも同じでぇ!』』』
不平を口々に拾った棒切れを振り回し始めたが、それでも歩みは止めずに森の奥へと分け入った。子供ながらの感性で、琴線に触れそうな目新しい「何か」を求め。
しかしここは「絵本の中の世界」ではなく、現実世界である。
変化の乏しい森の景色に、それとて長続きせず、
『『『オモシロくなぁあぁい!』』』
太々しく愚図りだし、
「ガキぁこれだからなぁ~まだ一時間と歩いてねぇぞぉ~」
インディカが同じ目線の高さで辟易して見せたが、子供たちはそれとて意に介する風も無く、
『『『もぅかえるぅ♪』』』
子供の特権と言えるワガママを発動。
「かぁ……」
文句の一つも言いたくなったが、
(ッ!)
大人に何か言うたび殴られた自身の幼少期を、ほんの一瞬フラッシュバック。
(コイツ等にぁガキらしく、言いたい事を言わせてやらねぇとなぁ)
思い直すと、ため息交じり、
「仕っ方ねぇ~なぁ~そぉんじゃぁ帰るとしますかぁ~」
振り返ったが、
『…………』
絶句。
見渡す限り同じに見える、仄暗い森の景色に、
(おっ……オレっち…………どっから来たぁ?!)
方角が掴めず、長旅の経験から「進むべき方向」を探ろうと空を見上げて見たが、巨木の枝葉で隠され、
(そうだ! ガキどもの絵を見れば!)
無理矢理持たされた絵を見たが、
「…………」
幼い子供が描いた「ロールシャッハテストが如き絵」からでは、目印代わりとなる「特徴的な何か」を読み取る事など、一応大人の部類のインディカには不可能で、
(つ、楊枝に刺さった「緑スライムの群れ」かよぉ……)
声なく、一人ツッコミ。
とは言え、悩んでいる間にも時は刻々と歩みを進め、まごまごしていると夜になってしまう恐れもあり、
(唯一大人のオレっちがぁ錯乱してぇる場合じゃねぇ!)
猛省すると、棒切れを無邪気に振り回して遊ぶ子供たちに、
「んなぁガキ共ぉ、コレってぇドコを描いたんだ?」
「「「???」」」
もはや描いたことさえ覚えていない様子。
「…………」
遭難の可能性は、にわかに現実味を帯び、
(こいつぁ、マジでヤベぇかも……)
ここが「彼の生まれ育った地」であったなら、進むべき方角に見当が付けられたかも知れないが、この地は彼にとっての新天地。
勘を働かせる事さえ出来ず、
(まさかぁこのオレっちがぁ、ガキどもぉ抱えて野宿ってかぁ?!)
両親を事故で亡くし、親戚縁者中を散々たらい回しにされた幼少期を、ほんの一瞬フラッシュバック。
(オレっちがぁコイツ等を守んねぇと!)
気合いを新たに、不安は顔に出さず、これから先の対応を考えたが、子供は大人が考えている以上に鋭敏で、彼の「微かな表情変化」と「纏う空気の変化」を感じ取り、
「「「兄ちゃん、どぅかしたのぉ?」」」
不安げに問われ、
(やっべぇ! 顔に出ちまってぇたかぁ?!)
思わず動揺を露呈させてしまった途端、何かしらの確信を得た子供たちが唐突に、不安げに、
『『『兄ちゃん、かえろうよぉ!』』』
「!」
(何やってんだぁ、オレっちは! 大人のオレっちがぁガキ共を不安にさせてどうすんだぁ! 汚染獣と遭遇しちまったぁ訳でもねぇってのに!)
インディカは気弱に傾倒していた自身を叱責すると共に、最終的に預けられた孤児院で、大人たちから乱雑に扱われ、誰からも救いの手が差し伸べられなかった、苦悩の幼少期をフラッシュバック。
(ガキ共にぁオレっちしか居ねぇんだぞぉ!)
孤児院を飛び出し、ケンカの強さだけで生き抜いて来た過去をフラッシュバックし、
(マズはガキどもを落ち着かせてぇ、そんでぇもってぇその間に「どうすっか」を決めねぇとぉ!)
思い至り、腹を括ると精一杯の笑顔を作り、
『おぅ! だなぁ! 腹も減って来たしぃそろそろ帰ぇるぅかぁ!』
(幸いここは汚染獣が少ないエルブ国の森だ! 多少時間は掛かるかも知んねぇが……)
長旅の経験も豊富があり「時間を掛ければ村に辿り着ける」と思った矢先、インディカは何かを眼に、
『なっ……』
息を呑んだ。
彼の視線の先、薄暗がりの森の奥に見た物は、赤黒く、怪しい光を放つ、幾つもの眼。
(おっ、汚染獣ぅだとぉ!)
しかも複数頭。
(おっ、落ち着けぇ「オレっち」ぃ! 邪除けの香炉はあるんだ! コイツがありゃぁ汚染獣ごときに襲われる心配はねぇ! オレっちがガキ共ぉ守るんだ!)
自身に強く言い聞かせると深呼吸。
声を潜めながら三人に、
(いいかガキ共よく聞けぇ)
パニックを起こさせないよう、慎重な物言いで、
(少し離れた所に汚染獣が出やがったんだ)
(((!)))
(だが心配はねぇ!)
怯えを見せる三人にすかさず「邪除けの香炉」を見せながら、
(コイツがあるっ! それにぃオレっちが、オメェ等を、絶対ぇ守ってやるからよぉ! だから!)
三人をしっかり抱き締め、
(デケェ声を出してぇヤツ等を刺激するようなマネはぁ絶対ぇスンじゃねぇぞ)
しかしここは「親の居ない」森の奥。
恐怖を抱いた幼子に、その様な「大人な説得」が通用する筈も無く、一人が「ヒクッ」と身を震わせ、大泣きの前震を見せ、
(やっ、ヤベェ! ヤツ等が一斉に盛(さか)っちまぅ!)
汚染獣たちが我を忘れて襲い来る、最悪の光景を想像すると、
(ないてはダメなのぉ!)
一人がたしなめ、もう一人も、
(オトコだろ、フリージアぁ! 女のオキザリスよりさきにナクなぁ!)
泣き出しそうになった一人をたしなめ、叱咤された一人も浮かんだ涙を拭い、
(うん! ボクぅ、泣かなぁい!)
幼子たちが見せる気丈な姿に、
(オレっちぁ……なんでコイツ等を「モブ」なんてぇ下に見てやがったんだぁ……?)
懸命に生き抜いて来た「過去の自身の姿」とダブらせ、
(これじゃぁオレっちぁ「腐ったアノ大人ども」と、ナンも変わんねぇじゃねぇかぁ)
親類縁者、そして孤児院の、打算と私利私欲に満ちた大人たちの、欲に歪んだ醜い顔を思い起こすと、それまで同じ形をした「村人A」にしか見えなかった子供たちの姿が、三者三様、確かな己(こ)を持った姿にハッキリ見えて来て、明朗そうな女の子に、快活そうな男の子に、そして少し内気そうな男の子が一人。
インディカは気合の入った顔つきで、
『ザリス!』
「!」
『オラム!』
「!」
『フリジ!』
「!」
三人の名を愛称で呼び、
『オメェ等はぁこのインディカ様がぁ、キッチリ、カッチリ、家に帰ぇしてやっから安心しなぁ!』
根拠など無かった。
しかし、その自信に満ち溢れた表情が、言葉が、幼子たちの心を奮い立たせ、
『『『うん!』』』
三人は元気な返事を返した。
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