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第六章

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 彼女がまだ健在であった頃――
 
 エルブ国の王都エルブレスを目指して森を進むドロプウォート、パストリス、そして「地世のチカラ」による汚染の影響と、天法の使い過ぎにより、歩けなくなったラミウムを背負い歩くラディッシュ。
 少し遅れ始めたラディッシュの姿が気に掛かったドロプウォートが足を遅めて振り返り、

「ラディ、代わりましょうか?」

 しかしラディッシュは、
「ありがとう。でも大丈夫」
 笑顔を返し、

「歩く振動を少し抑えようかと思ってね。ラミィがちょっと辛そうだからぁ」

 すると背のラミウムはすかさずムッとして、

『余計な気遣いさぁねぇ! アタシぁ、アンタ達と体の出来が違うと言ってるだろぉ!』

 不服そうに、ラディッシュの後頭部をポカリと軽く叩き、
「痛ぁ、もぅラミィは酷いなぁ~」
 冗談交じりに軽く流すラディッシュではあったが、彼女の言動が強がりであるのは、顔色を見れば素人でも一目瞭然。
 ドロプウォートとパストリスも彼女の「天の邪鬼」を表面上は笑いつつ、
((…………))
 心の内に一抹の不安を抱えていた。

 だからと言って、なまじ「休憩を取ろう」などと提案すれば、気遣われた事に彼女がへそを曲げるのは明らかであり、どうしたものかと困惑のアイコンタクトを交わし合っていると、唐突にラミウムが蜘蛛の巣でも掃うかの様な動きを見せながら、

「木漏れ日が顔に当たって、どうにも鬱陶しいさねぇ~」
「え? そうなの?」

 ラディッシュが問うが先か、
「もっと右を、お歩きでないかぁい」
 煩わし気な物言いに、

((いつものワガママがまた))

 ドロプウォート、パストリスが苦笑を浮かべる一方で、ラディッシュは嫌な顔の一つも見せず、数歩、横に移動しながら、
「ここならどうラミィ? まだ顔に光が当たる感じ?」
 優しく問うと、ラミウムは調子に乗ってか、

「もぅ少し右さぁねぇ」

 この言い草には、流石にドロプウォートもカチンと来て、
(何様ですのぉ!)
 苦言を呈そうとするとラディッシュが、

『ん?!』

 視線を足下に落として素っ頓狂な「気付き声」を上げ、
((?))
 不思議に思ったドロプウォートとパストリスが彼の視線の先を辿ると、そこには、

『『鳥ぃ?!』』

 何が原因で怪我をしたのかまでは不明だが、翼に怪我を負った小鳥が、衰弱した様子で縮こまっていた。
 即座に「助けなきゃ」と思うラディッシュ。
 しかし、
(両手が使えない……)
 ラミウムの体を、両手で支えて負ぶっている自身に、今さらの様に気が付いた。

 だからと言って手を放せば、掴まって居られないほど衰弱した彼女が背から滑り落ちてしまうのは火を見るよりも明らかで、
(どうしよう……)
 すると背中のラミウムが肩越しに身を乗り出し、

「何だい? 調理法でも悩んでるのさぁね?」

 からかいの物言いに、

「そんな訳ないでしょ」

 ラディッシュが苦笑を返すと、
「お馬鹿さぁねぇ~」
 彼女は呆れ笑いながら、

「助けてやりたいならぁ、ドロプにでも頼みゃぁイイさぁねぇ」
「あ……」

 迂闊であった自身に気付き、自嘲交じりに、
「ドロプさん、お願いできる?」
 窺う様な懇願をすると、ドロプウォートは彼の「優しさ」と「頼られた事」を嬉しく思いつつも、素直ではない性格ゆえに渋々を装い、

「仕方ありませんでぇすわねぇ~」

 嬉しさ駄々洩れで小鳥の傍らに屈んで両手をかざし、

≪天世寄り授かりし恩恵を以て我は願う!≫

 その身を白銀の輝きに包み、

≪天治(てんち)!≫

 治療の天技を発動すると、白銀の輝きに包まれた小鳥の傷はみるみる回復し、やがて小鳥は、

『ピピィ!』

 嘘のように逞しく甲高い一鳴きを上げ、木々の間にのぞく青空に向かって元気よく飛び去って行った。
 その姿を、安穏とした表情で見送る、ラディッシュ、ドロプウォートとパストリスであったが、

『何だい何だぁい、感謝の一鳴きも無しさぁねぇ~』
「「「…………」」」

 晴れやかな気分を、皮肉交じりの物言いで台無しにするラミウム。
「まったくとんだ無駄時間を食っちまったさぁ~ねぇ。アタシぁ一刻も早く天世に帰りたいんだけどねぇ」
 グチグチと、不満たらたらボヤキ始めたが、ラディッシュはそんな彼女に苦言を呈すどころか肩越し笑顔で振り返り、

「良くなって良かったね、ラミィ♪」
(うっ……)

 彼の言わんとする意味を察し、一瞬言葉に詰まるラミウム。
 彼女の一連の横柄は、仲間たちに怪我をした鳥を見つけさせる為の行為であり、小さな命を助ける為の自虐行為。
 ラディッシュの言動はそれを見透かしての事であったが、ドロプウォートに輪をかけて素直になれない彼女は、

「はぁ? アタシの体はちっとも良くなって無いさぁねぇ」

 誤魔化しの不機嫌で以て、

「アンタは何を訳の分からない事を言って、」

 憤慨して見せようとすると、

「でしたら「そぅ言ぅ事」にして置きましょうですわぁ♪」
「んなぁ?!」

 ドロプウォートが悟った笑顔で話を遮り、

「でぇすでぇすねぇ♪」

 追い撃ちパストリスの笑顔に、
「あっ、あぁアンタ達はぁ何を勝手に誤解し合ってるのさぁねぇ! アタシぁ別に!」
 気恥ずかしそうな赤い顔して、無理して怒って見せたが、

「大丈夫だよ、ラミィ♪ みんな、ちゃ~んと分かってるからぁ♪」

 ラディッシュの止めの一言に、

『なっ!? ぅくっ……』

 気恥ずかしさはマックス。
 遂に居た堪れなくなり、

「「「!?」」」

 ラディッシュの背に顔を隠してしまった。
 しかしいくら顔を隠そうとも露出した耳は真っ赤であり、すっかり大人しくなってしまった彼女を背にするラディッシュは晴れやかに、

『行こうか♪』

 笑顔の仲間たちと、城を目指して再び歩き始めた。
 小さな命を救う為ならば、あえて自身を悪者に仕立てる、心優しき「末席の百人の天世人」と共に。
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