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第五章

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 しばし後――

 天宮内のとある一室で、

「なぁになぁ~に?! 結局、アーシ達に会わせずじまいで、勇者たちは帰されちゃった訳ぇ?」

 謎の女性が不平を露わにすると、
「はぁ~ホント残念だよぉ~。結構粒揃いの、カワイイ女の子達だったんだでしょ?」
 謎の男性も不服を口にしたが、その言動に先の女性は呆れ、
「アータてば、いつもいつもそれバッカリぃ! この、色ボケ三位ぃ!」
 しかし「三位」と呼ばれた彼は謗(そし)りに対し、苛立ちを覚える風も無く、
「二位ともあろう者が、小さい事でひがまないひがまない♪」
「ひっ、ひがぁ!?」
 むしろ「二位」と呼ばれた女性の方が逆上し、

『アーシはひがんでなんか!』

 声を荒げると、
「うるさいなぁ二人ともぉ! ゆっくり本も読めやしないじゃないか!」
 新たな男性が話に割って入るように気色(けしき)ばんだが、二位と呼ばれた女性はすかさず、

「アータは悔しくない訳ぇ、四位! アーシ達ぃ、ジジイどもに下に見られてるのよぉ!」

 気が短い気質なのか怒りの対象を無意に広げていくと、四位と呼ばれた男性はフッと小さく笑って本に目を戻しながら、

「今に始まった事じゃないでしょ?」
「そっ、そうかも知れないけどぉ!」

 納得いかない彼女を、本から目を離さず手で制し、

「それにさ、別に慌てる必要は無いんじゃなぁい?」
「え?」
「勇者との「接触の機会」なんてまた来るだろうし、それに口うるさかった元「一位」とか、邪魔でしかなかった女タラシの元「万年二位」は、もう居ないんだしさ」

 軽やかに笑い飛ばすと、三位と呼ばれた男性も、

「そぅそぅ。今回の事で「元老院に対する民の不満」は高まった訳だし、あとは熟成するのを待って、俺らがその背中を「ポン」と押すだけ。違うかい?」
「わっ、分かってるわよ! そんな事ぉ!」

 天世に、新たな火種がくすぶり始めていた。


 ひと気が無く薄暗い廊下を歩くチョウカイ――

 やがて暗さと相まって、天井が見えない程の「吹き抜けの一室」に辿り着くと、
「ふ……」
 小さく笑い出し、
「ふふふ……」
 それは次第に大きく、
「ふはははははっははっはははははは!」
 高笑いにまで成長すると、幾分狂気染みた満面の笑顔で、

『邪魔者は一掃できましたわぁ♪ これで天世の全ては「私の物」ぉおぉ♪』

 踊るように両腕を広げ一回転しながら、
「あの日の「私の決断」は間違いで無かったのだわぁ♪」
 運命の分岐点となった日の事を思い返す。

 その日の彼女は荒れていた。
 私室で一人、二人掛けのソファーに座り酒を一気飲み、コップが空になると、
「くっ!」
 腹立たし気に表情を歪め、

『無能なジジィどもがぁああぁあぁっ!』

 手にしたコップを壁に投げつけ、叩き割った。
 日頃の淑やかさからは想像も出来ぬ「鬼女の如き形相」ではあるが、この気性の荒い姿こそ、彼女の真なる姿。
 元老院ナンバーツーの慈愛に満ちた姿こそが仮初(かりそ)めで、今の地位と権力を手に入れる為に生み出した、処世術の産物であった。

 怒り収まらぬ様子で歯ぎしりしながら、
「威張るだけで使えないコマクサに、頷くしか能の無いハイマツがぁ! 実(げ)に実(げ)に忌ま忌ましいぃ!」
 割れ落ちたコップを睨んでいると、

『ならば排除すれば良いのでは?』

 何処からともなく男の声がし、

『なっ!?』

 思わず立ち上がるチョウカイ。
(天技の隔絶を用いて次元を切り離したこの私室に侵入ですってぇ!?)
 驚きを隠せないながらも声の主を探し、室内を見回していると、
「!」
 突如、ごみ箱の投入口から黒煙が噴き出し、

「これは地世のチカラ!」

 しかし逃げ出すのではなく即座に毅然と身構え、元老院ナンバーツーの肩書が伊達で無いのを窺わせると、噴き出した黒煙の中から、
『当方に戦闘の意思は、今のところはありませんよ』
 姿を現したのは、漆黒の輝きに身を包んだフリンジ。
 言葉通り、戦う素振りを見せない彼に、

(確かに殺気は感じられない……)

 とは言え安易に警戒心を解くことなく小さく笑い、
「それでも「今のところは」と言うかぁ?」
 皮肉を込めた荒い口調の問い掛けに、

(これが彼女の「本来の姿」ですか。さながら「ブラックチョウカイ」ですね)

 伏魔殿とでも呼ぶべき元老院において、彼女が二位の立場に居た事に、妙な得心が行ったが顔には出さず、平静な顔した口元に「親睦の意を示す笑み」を浮かべると、
「はい。ソチラから攻撃を仕掛けて来ない限り、当方から手出しは致しません。我が主、地世王の名に懸けてお約束致します」
 ひょうひょうとした物言いで床に降り立つと輝きを消し、相手に不快を与えない程度の無表情で以て、
「座ってもよろしいか、チョウカイ殿?」
 彼女の座っていた二人掛けソファーの対面にある、空きの二人掛けソファーを指差した。
「好きにすると良い」
 睨む様な眼差しでの「不愛想な承諾」であったが、フリンジは気にする風も無く、

「では、御言葉に甘えて」

 席に着きながら、
(大した女性だ。悲鳴の一つも上げないどころか、当方と戦って勝つ気でもいる。それでいて冷静沈着。当方の人選は、やはり間違いでは無かったようだ)
 彼女の「芯の強さ」と「自身の選択」に対し、心の内で賛辞を贈りつつ、

「チョウカイ殿も、お座りになられては如何か?」

 融和を感じさせる物言いで着席を促した。
「…………」
 未だ警戒心を解く様子を見せないチョウカイ。
 しかし交渉ごとにおいて「柔軟を示す相手」に、無策な「意固地で返す」は愚の骨頂でしかなく、それが分かる彼女は静かに席に着き、彼女が席に着くなりフリンジは、

「当方と一時的に共闘しませぬか?」
『きょ、共闘ぉ!?』
(天世の元老院を相手に何を言っている、この者は?!)

 唐突な申し出に面を食らったが、両眼をつぶったままの彼は事も無げに、

「はい」

 頷き、そして、
「ソチラが「コマクサとハイマツ」を邪魔に思っているのと同様、当方は、天世と中世の結び付けを促す「勇者一行の動き」を邪魔に思っているのですよ。チョウカイ殿も、天世と中世の距離が近付くのは上下関係の緩みに繋がり兼ねず、胸奥(きょうおう)で不快に思われているのでは?」
「…………」
 即座の否定が無かったのを足掛かりに、
「如何(いかが)でしょう?」
 畳み掛けると、淑やかさが消え失せたブラックチョウカイは、

「ハァン」

 鼻先で嘲るように彼の申し出を笑い飛ばし、
「名乗りもしない者の言葉を易々と信じろとぉ?」
 鋭い拒絶の視線を飛ばしながら、
「片腹痛い!」
「これは失礼致した」
 申し訳なさげに、即座に立ち上がるフリンジ。
 自身の迂闊を恭しく謝罪した上で、

「当方の名は「フリンジ」。地世王にお仕えする臣下の一人にございます」
『フリンジ?! あの、地世の七草フリンジ!?』

 驚きを隠せなかったチョウカイ。
 彼の正体が「地世の大幹部の一人」であったから驚きも当然と言えるが。
 しかし両眼をつぶったままのフリンジは、毅然を貫いていた彼女の「動揺露わな問い返し」を侮る素振りも見せず、口元の端に穏やかな笑みさえ浮かべ、
「はい」
 静かに頷いて見せた。

 ラディッシュ達が天世に来る羽目になった数日前、とある一室にて、フリンジから「何かしらの最終決断」を迫られていたのは、チョウカイであった。
 そして実行されたのが、天世で発生したイレギュラーな事件の数々。
 コマクサとハイマツを元老院から排除し、ラディッシュ達が中世に送り返されるまでの短期契約にて、彼女が表立って動くこと無く。

 フリンジがごみ箱を使って地世に逃れる時、両眼をつぶったままチョウカイに送った視線は、侮蔑や敵意などではなく「契約終了の合図」であった。

 全ての企てが思惑通りの結末を迎え、意識が現在に戻った彼女は笑顔満面、
「次なる一手は天世の強化ですわね♪」
 灯りが無く仄暗い、全体像が見えぬ広間にて天を仰ぎ、
「先ずは二輪欠け、五草となった七草の補充からせねばなりませんね!」
 すると右手に「黒い光の球」を、左手に「黄色い光の球」を出現させ、

『さぁて、どの勇者を目覚めさせ、チカラを与えましょうぉ♪』

 それはカリステジアとサーシアムに与えていた、天世の七草としてのチカラの結晶。
 頭上に掲げ、薄暗かった部屋が光に照らされると、露わになったのは壁一面に埋め込まれた無数のガラスの箱であり、それは棺にも見え、その中には人影が。

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