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第五章

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 元老院の御歴歴を前に事の顛末を報告する衛生局局員とスパイダマグ――

 天世に合成獣が直接乗り込んで来たなど、前代未聞の話であり、
「そんな事が有り得るのか?!」
「未だかつて聞いた事も無い話です」
「ですな! ですな!」
 コマクサ、チョウカイ、ハイマツを始めとする御歴歴は顔色を変え、議場は大きくザワついた。
 しかし衛生局が提出した資料が、直接対峙した親衛隊スパイダマグの証言が、事実であるのを裏付けし、

((((((((((いったい、どうやって天世に……))))))))))

 理解の及ばぬ事態に、一様に言い知れぬ悪寒を覚えた。
 そんなさ中、

『失礼しまァすッ!』

 新たな衛生局局員が血相を変えて駆け込み、コマクサ達の前に飛ぶように跪き、
「再び地世の反応がまた出ましたぁ!」
 焦りの言動から、
「何とぉ!」
 驚きを隠せず二の句を失うコマクサであったが、傍らのチョウカイがすかさず平静を保ちながら、

「何処です」
『今度は聖都の西地区です!』

 返事が返るや否や、
「親衛隊に出動命令を下して良いですね、コマクサ殿、ハイマツ殿」
 落ち着いた口調で二人の同意を得ると、スパイダマグに向かい、

「直ちに鎮圧なさい」
『御意!』

 スパイダマグが慌ただしく議場から駆け出し、局員の二人に対しては、
「衛生局も現状把握に努めつつ、出現条件の特定を急ぐのです」
『『かしこまりました』』
 恭しく頭を下げ、二人も足早に退出して行った。


 議場がその様な緊迫に包まれていたとは露と知らないラディッシュ達――

 中庭の噴水の前のベンチに並んで座り、春のような麗(うら)らか陽を浴びながら、

「良い天気っスねぇ~ラディの兄貴ぃ~」
「そぅだねぇ~」
「たまにはぁこう言った「まったり時間」も必要ですわねぇ~」
「でぇすでぇすねぇ~」
「まぁったくさぁ~」
「ホントぉですわよねぇ~」
「まったり、なぉ~♪ まったり、なぉ~♪」

 小鳥たちのさえずりを聴きながら、状況説明を終えるスパイダマグを気の抜けきった半笑いを一様に浮かべながら待っていた。
 疑問に対する明確な回答さえ、未だ何一つ得られていないにも関わらず。
 すると唐突に、

『勇者殿方ぁーーーーーーッ!』

 安穏とした時間を一瞬にしてブチ壊す、スパイダマグの鬼気迫る野太い叫び声が。
 虚を衝かれた形となって、

(((((((ピッ!!!)))))))

 吃驚してしゃっくりの様な短い悲鳴を上げるラディッシュたち。
 驚きのあまり激しい動悸に襲われ胸を抑えたが、そんな勇者一行を前に、彼は悪びれる様子も無く当然の如く、

『勇者殿方ぁあ!』

 急いた様子で暑苦しく顔を寄せ、
(((((((…………)))))))
 迷惑そうな七人を気にする風もなく、

『西地区に合成獣が多数出現したとの事で御同行願えますかァアアッ!』
(((((((ッ!)))))))

 ラディッシュ達は緩んだ表情を一変させ、
「行こう!」
 強く頷き合った。

 
 逃げ惑う聖都プロンズアルピニス西地区の人々――

 先の合成獣の出現場所は人通りが皆無に等しい「裏通り」であったが、今度の場所は買い物客で賑わう「表の大通り」。
逃げ場を求める人々が「我先に」と、通りは悲鳴と怒号が飛び交う濁流の如き様相を呈していた。

 天世人が如何な「不死に近い存在」であろうとも、それは「近い」であって「完全」ではないから。

 まかり、合成獣に取り込まれてしまえば、接触して汚染させられてしまえば、魂ごと喰われてしまえば、迎えるのは「完全なる死」とイコール。
 知識としての「死」を持ち、異形の姿をした獣に襲われれば、いかに平和ボケした人々であろうとも恐怖を覚え、血相を変えて逃げるのは道理である。

 出現した人狼たちは逃げる天世の人々の背に容赦なく爪を立て、切り裂き、大口を開けて鋭いキバで噛みつき、負傷箇所は地世のチカラに汚染され黒ずんだ。

 怪我と汚染の二重苦で、のたうち苦しむ天世の人々。

 そんな惨状に遅ればせながら登場し、
『なっ、何と言う事かァ!』
 衝撃を受け、
(ここは本当に天世なのか?!!!)
 立ちすくむのは、スパイダマグと親衛隊の面々。

 中世ならいざ知らず、天世で起こり得る筈の無い惨劇を目の当たりにしたのだから止むを得ないと言えなくも無いが、呆然と見ているだけでは被害が広がる一方。
 少し遅れて到着したラディッシュ達は、そういった「思い込み」が無く、「場慣れ」も手伝ってか動きを止める事なく、

『タープさんとパストさんは負傷者の治療を!』
「了解っス!」
「ハイでぇす!」

 ドロプウォートも、
『チィちゃんとカディは治療に当たる二人の護衛を!』
「ハイなぉ!」
「かしこまりましてですわよ!」

 ニプルウォートは剣を構え、
『そんじゃウチらは悪さしてる連中のお仕置きに行こうさァ!』
 頷くラディッシュ、ドロプウォートと共に、縦横無尽に暴れる人狼たちに向かって行った。

 勇者一行の気勢に触発され、ハッと我に返ったスパイダマグ達も、
『わっ、我らも加勢するのだァ!』
「「「「「おぉぉおーーーーーーっ!」」」」」
 追従しようとすると、

『待って下さぁい、スパイダマグ様ぁあっぁあぁ!』

 物陰から必死の形相で飛び出して来たのは、天世人の一般男性。
 涙ながらにスパイダマグの足元にしがみつき、

「ッ!」
「「「「「ッ!」」」」」

 隊員たちも足を止めると、
『私の妻を助けて下さぁい!』
「お、御主(おぬし)の妻ぁ?!」
「アレは私の妻なのでぇす!」
 男性はラディッシュ達と交戦中の人狼の一人を指差し、

「私は見たんです! 何者かがごみ箱に何かを投げ入れると黒い煙が出て来て、近くに居た人達を、妻もろとも包み込んで「あの様な姿」にぃ!!!」

『なんとぉ!』
『『『『『『!』』』』』』

 驚愕するスパイダマグと隊員たち。
 彼の話を信じるならば、人狼たちは「侵入して来た」のではなく、天世で、天世人を材料として合成されたのである。
 しかし、

「…………」
「「「「「「…………」」」」」」

 彼らは知っている。

≪合成獣化した人間は二度と元に戻れない≫

 被害拡大を抑える為にも、ラディッシュ達がしたように「地世送り」にするか、命を絶って蛮行を止める以外に選択肢が無い事を。
 取り乱す彼を諭して落ち着かせる「気遣いの言葉」を探す時間的余裕は無かった。
 問答している間にも、被害は拡大を続けていたから。
 スパイダマグは、すがり付く男性の手を、

「すまぬ」

 あえて素気無く払い、淡々と、

「斬る意外に道は無し」
「そぉ!?」
「御主とて、妻にこれ以上の罪を犯させたくはあるまい」
「そんな……」

 泣き崩れる男性をその場に残し、
『然らば御免!』
 部下と共に戦場へ向かった。

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