上 下
254 / 706
第四章

4-28

しおりを挟む

 名無しの双子は、自分たちの倍以上の体躯を持った騎士兵士たちを前に、無感情に「暗い眼」を以て、
「ニンム、しっぱい」
「しっぱい」
 周囲を見回したが、取り押さえを躊躇う彼らの様子から、
「しかし、ケイゾクはカノウとスイニン」
「スイニン」
 無表情を変える事無く手にした花束を地面に叩き付けると、

「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」

 仕込まれていた白煙が一斉拡散し、

『煙幕かァ!』

 誰かが叫んだが、その白煙は単なる目くらましではなく、いち早く吸い込んでしまった風下の数名が、
「かっ、体がァしびれるゥ!」
「どっ、毒ガスだァ!」
 それはカデュフィーユを麻痺させた上で確実に命を奪う為の「神経ガス」であった。
「煙を吸い込むなァ!」
「自爆攻撃だァ!」
「いったん離れろォ!」
 白煙で視界が利かなくなった混乱のただ中、過酷な訓練により麻痺毒に耐性を持つ幼子二人は、

「サクセンのたてなおしがヒツヨウ」
「ヒツヨウ」

 更に息まで止めて麻痺に備えると、混乱に乗じて包囲網を突破。
 奇しくも青空は曇り始め、雨の近づきを感じさせる風も吹き始める中、町の裏通りを走り抜けながら、仄暗い無表情は変える事無く、
「ガスによるセントウリョクのテイカは、ニワリ(二割)ほど」
「ニワリ(二割)ほど」
 互いに顔を見合わせ、

「「リダツと、タテナオシにじゅうぶん」」

 眉一つ動かさず頷き合った。
 しかし、
「「!」」
 進行方向に何かを視認して足を止め、

「「タイショウをカクニン」」

 そこに立っていたのは、総大将カデュフィーユ。
 大剣を地面に突き立て、仁王立ち。
 圧倒的存在感を以て二人を待ち構えていたのだが、幼子二人は先回りをされていたにもかかわらず堂に入ったもので、動じた様子も見せずに無表情のまま、

「「…………」」

 懐から、幼い体躯と釣り合わない刃渡りのナイフを取り出し身構えた。
 全ての感情は、機関に奪われているのか。
 すると二人の背後から、

『『『『団長ォ!』』』』

 逃げ口を塞ぐように騎士たちが駆け付け、
「「…………」」
 それでもターゲットである「カデュフィーユのみ」を視界に入れたまま、視線を外さない名無しの双子。
 まるで「歴戦の兵士」の如き落ち着きを見せる二人を前に、仁王立ちするカデュフィーユの第一声は、

『いやぁ早ぇ~なぁ~二人ともぉ~』

 へらっと笑いながらの、
「おじさん、先回りするので精一杯で、もぅ疲れちゃったよぉ~」
 緊張感のカケラも無い、近所のおじさん的な愚痴であった。

 しかしながら二人は、心の揺らぎすら見せず、
「「…………」」
 歩み寄りの可能性の薄さに、
「はぁ~」
 残念そうにため息を吐いた次の瞬間、
「!」
 キィキィーーーン!
『『『『団長ォオ!』』』』
 焦りの声を上げた騎士たちの前で、

「息を吐き切った瞬間を二人同時で狙うとは、やるやるやるやるぅ♪」

 何処か嬉しそうにニヤケる、カデュフィーユ。
 彼は二人の虚を衝いた動き出しの瞬間に合わせて大剣を地面から引き抜き、正確に首と胸を狙った二人の同時のヒト突きを刀身で受け止め防いだのである。

 スグさま体勢を立て直して二撃目に移る二人であったが、
「「!」」
 思いのほか体が動かず、自身の体の鈍さに驚くと、

『遅ぇよ♪』

 カデュフィーユは手にした大剣を瞬時に手放し、丸太の様な太さを持った左右の腕で二人の細腕を鷲掴み、
「ガスを、ちぃ~とばっか吸い込んでたかぁ?」
 ニッと笑ってチカラ任せに地面に押さえつけた。
「「「「団長!」」」」
 駆け付ける騎士たち。

 その様な中にあっても二人は動じた様子も見せず、
「「ニンムシッパイ。ケイゾクはフカノウ」」
 何の躊躇いも無く、自身の舌を噛み切ろうとした。
 しかし、

『ちょ~と、待ったぁ♪』

 場にそぐわぬ呑気で陽気な声に、
「「…………」」
 思わず自害を踏み止まる二人。

 何故、踏み止まったのか、二人にも分からない。
 彼の、太陽の様な明るさ当てられてなのか。
 何はともあれ、二人が自害を踏み止まると、
「ニヒッ♪」
 彼は裏表を感じさせない笑顔を見せながら、
「二人とも名前を教えてくれると、嬉しいかなぁ~? 偉い人達に報告するのに名前を知らないと、おじさん困っちゃうんだよねぇ~」
 すると二人は背中から押さえ付けられながらも、苦痛を感じていないような無表情で、肩越しに顔だけ振り返り、

「「ナマエ、ない」」

 朴訥に答えこそしたが、
(!)
 その眼に奥に、微かな揺らぎが初めて見て取れた。

 後日、親子としての信頼関係を構築して後に二人から直接聞かされる話だが、カデュフィーユと出会ったこの日、二人は町で見かけた同年代の子供たちが名前で呼び合い、名前で呼ばれる姿に、胸の奥が小さく痛んだと聞かされた。その時は、痛む理由が分からなかったとも。

 一見すると何の変化も起こしていない無表情の二人に、彼はニカッと笑い、
「んならぁ、おじさんが名前を付けて良いかぁ?」
「「…………」」
 微かな惑いを覚える二人。
((ヘンなヒョウテキ。アンサツシャをアイテに……))
 違和感と言うより疑問がよぎったが、任務継続の可能性に繋げようと、

「「かまわない」」

 二人が呟くと、彼は二人を押さえ付けながらも容姿をしげしげ眺め、
「そぅだなぁ~二人の新たな門出にふさわしい、似合いの名前を…………」
 不安げに見守る配下の者たちを尻目に呑気に黙考すると、

『ヨォシィ決まったぁ♪』

 満面の笑顔で、右腕で押さえ付けた幼子を見つめ、
「オマエは今日から、キーメ(萌芽)だ♪」
(キーメ……)
「そしてオマエは、」
 左腕で押さえ付けた幼子を見つめ、
「スプライツ(新芽)だぁ♪」
(スプライツ……)
 名前と言うモノを初めて貰った二人。
 
 拉致される前に、生みの親から貰った「本当の名前」はあったかも知れない。
 否、あった筈である。

 しかし赤子同然だった当時の記憶が二人に残っている筈も無く、あったとしても機関の過酷な教育の中で消し去られ、
((キーメ、スプライツ……))
 それは初めて貰ったに等しい、自分だけの名前。
((キーメ、スプライツ…………))
 物にすら名前があるのに、名前が無かった二人。
((キーメ、スプライツ………………))
 幼き、小さな胸の奥から、感じた事の無い「熱い何か」が湧き上がって来た。
 それは、

≪≪ナマエがある!≫≫

 存在する事を、認められた気がした。
 名前の無い、居ても居なくても変わらない「あやふやな存在」でなく、名前を持った一人の人間としての自覚が芽生え始めると、自らの存在を、自らが消してしまうとした行為が恐ろしく思え、また、今まで命令されるまま無意に奪ってしまった「存在(命)の重さ」にも気付き、
「「…………」」
 自然と涙が込み上げて来た。

 幼子二人の、演技ではない心からの後悔の涙に、
『のぉっ!!!?』
 慄くカデュフィーユ。

 雨が降り始める中、慌てて二人の拘束を解き、
『『『『団長ぉぉお!?』』』』
 慌てふためく騎士たちを尻目に、
「「!」」
 涙を流す二人を抱き締め、
「悪いぃ痛かったよなぁ! 何処か痛めたかぁ!!!?」
 あたたかかった。

 彼の「温もり」もさることながら、彼の「優しさ」が。
 キーメとスプライツは幼いながらも心を打たれ、堰を切ったように、年相応に大泣きし、彼は改めて知った。
 二人が負わされた辛酸とは、幼く小さな胸に収めるに、あまりに大きく、あまりに過酷な、苦悶の数々であった事を。

 二人を放った隣国に対し、
(酷ぇことをしやがるッ!)
 言葉で表現しきれぬ程の怒り抱きつつ、自らの命を狙った暗殺者二人を相手に、
「イイんだイイんだ。今はいっぱい泣いておけ」
 背中を優しく撫で、部下の騎士たちが団長の「懐の深さ」と「大らか」を再認識させられ苦笑する中、彼はその日のうちに二人を養子として迎い入れた。
 
 そして後日、謁見の間において、

『この様な暴挙を見逃しておいて良いのですかァ、陛下ァアァ!』

 当時存命であった前アルブル国国王を相手に、凛然と咆哮するのはカデュフィーユ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

魔力吸収体質が厄介すぎて追放されたけど、創造スキルに進化したので、もふもふライフを送ることにしました

うみ
ファンタジー
魔力吸収能力を持つリヒトは、魔力が枯渇して「魔法が使えなくなる」という理由で街はずれでひっそりと暮らしていた。 そんな折、どす黒い魔力である魔素溢れる魔境が拡大してきていたため、領主から魔境へ向かえと追い出されてしまう。 魔境の入り口に差し掛かった時、全ての魔素が主人公に向けて流れ込み、魔力吸収能力がオーバーフローし覚醒する。 その結果、リヒトは有り余る魔力を使って妄想を形にする力「創造スキル」を手に入れたのだった。 魔素の無くなった魔境は元の大自然に戻り、街に戻れない彼はここでノンビリ生きていく決意をする。 手に入れた力で高さ333メートルもある建物を作りご満悦の彼の元へ、邪神と名乗る白猫にのった小動物や、獣人の少女が訪れ、更には豊富な食糧を嗅ぎつけたゴブリンの大軍が迫って来て……。 いつしかリヒトは魔物たちから魔王と呼ばるようになる。それに伴い、333メートルの建物は魔王城として畏怖されるようになっていく。

処理中です...