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第四章
4-28
しおりを挟む名無しの双子は、自分たちの倍以上の体躯を持った騎士兵士たちを前に、無感情に「暗い眼」を以て、
「ニンム、しっぱい」
「しっぱい」
周囲を見回したが、取り押さえを躊躇う彼らの様子から、
「しかし、ケイゾクはカノウとスイニン」
「スイニン」
無表情を変える事無く手にした花束を地面に叩き付けると、
「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」
仕込まれていた白煙が一斉拡散し、
『煙幕かァ!』
誰かが叫んだが、その白煙は単なる目くらましではなく、いち早く吸い込んでしまった風下の数名が、
「かっ、体がァしびれるゥ!」
「どっ、毒ガスだァ!」
それはカデュフィーユを麻痺させた上で確実に命を奪う為の「神経ガス」であった。
「煙を吸い込むなァ!」
「自爆攻撃だァ!」
「いったん離れろォ!」
白煙で視界が利かなくなった混乱のただ中、過酷な訓練により麻痺毒に耐性を持つ幼子二人は、
「サクセンのたてなおしがヒツヨウ」
「ヒツヨウ」
更に息まで止めて麻痺に備えると、混乱に乗じて包囲網を突破。
奇しくも青空は曇り始め、雨の近づきを感じさせる風も吹き始める中、町の裏通りを走り抜けながら、仄暗い無表情は変える事無く、
「ガスによるセントウリョクのテイカは、ニワリ(二割)ほど」
「ニワリ(二割)ほど」
互いに顔を見合わせ、
「「リダツと、タテナオシにじゅうぶん」」
眉一つ動かさず頷き合った。
しかし、
「「!」」
進行方向に何かを視認して足を止め、
「「タイショウをカクニン」」
そこに立っていたのは、総大将カデュフィーユ。
大剣を地面に突き立て、仁王立ち。
圧倒的存在感を以て二人を待ち構えていたのだが、幼子二人は先回りをされていたにもかかわらず堂に入ったもので、動じた様子も見せずに無表情のまま、
「「…………」」
懐から、幼い体躯と釣り合わない刃渡りのナイフを取り出し身構えた。
全ての感情は、機関に奪われているのか。
すると二人の背後から、
『『『『団長ォ!』』』』
逃げ口を塞ぐように騎士たちが駆け付け、
「「…………」」
それでもターゲットである「カデュフィーユのみ」を視界に入れたまま、視線を外さない名無しの双子。
まるで「歴戦の兵士」の如き落ち着きを見せる二人を前に、仁王立ちするカデュフィーユの第一声は、
『いやぁ早ぇ~なぁ~二人ともぉ~』
へらっと笑いながらの、
「おじさん、先回りするので精一杯で、もぅ疲れちゃったよぉ~」
緊張感のカケラも無い、近所のおじさん的な愚痴であった。
しかしながら二人は、心の揺らぎすら見せず、
「「…………」」
歩み寄りの可能性の薄さに、
「はぁ~」
残念そうにため息を吐いた次の瞬間、
「!」
キィキィーーーン!
『『『『団長ォオ!』』』』
焦りの声を上げた騎士たちの前で、
「息を吐き切った瞬間を二人同時で狙うとは、やるやるやるやるぅ♪」
何処か嬉しそうにニヤケる、カデュフィーユ。
彼は二人の虚を衝いた動き出しの瞬間に合わせて大剣を地面から引き抜き、正確に首と胸を狙った二人の同時のヒト突きを刀身で受け止め防いだのである。
スグさま体勢を立て直して二撃目に移る二人であったが、
「「!」」
思いのほか体が動かず、自身の体の鈍さに驚くと、
『遅ぇよ♪』
カデュフィーユは手にした大剣を瞬時に手放し、丸太の様な太さを持った左右の腕で二人の細腕を鷲掴み、
「ガスを、ちぃ~とばっか吸い込んでたかぁ?」
ニッと笑ってチカラ任せに地面に押さえつけた。
「「「「団長!」」」」
駆け付ける騎士たち。
その様な中にあっても二人は動じた様子も見せず、
「「ニンムシッパイ。ケイゾクはフカノウ」」
何の躊躇いも無く、自身の舌を噛み切ろうとした。
しかし、
『ちょ~と、待ったぁ♪』
場にそぐわぬ呑気で陽気な声に、
「「…………」」
思わず自害を踏み止まる二人。
何故、踏み止まったのか、二人にも分からない。
彼の、太陽の様な明るさ当てられてなのか。
何はともあれ、二人が自害を踏み止まると、
「ニヒッ♪」
彼は裏表を感じさせない笑顔を見せながら、
「二人とも名前を教えてくれると、嬉しいかなぁ~? 偉い人達に報告するのに名前を知らないと、おじさん困っちゃうんだよねぇ~」
すると二人は背中から押さえ付けられながらも、苦痛を感じていないような無表情で、肩越しに顔だけ振り返り、
「「ナマエ、ない」」
朴訥に答えこそしたが、
(!)
その眼に奥に、微かな揺らぎが初めて見て取れた。
後日、親子としての信頼関係を構築して後に二人から直接聞かされる話だが、カデュフィーユと出会ったこの日、二人は町で見かけた同年代の子供たちが名前で呼び合い、名前で呼ばれる姿に、胸の奥が小さく痛んだと聞かされた。その時は、痛む理由が分からなかったとも。
一見すると何の変化も起こしていない無表情の二人に、彼はニカッと笑い、
「んならぁ、おじさんが名前を付けて良いかぁ?」
「「…………」」
微かな惑いを覚える二人。
((ヘンなヒョウテキ。アンサツシャをアイテに……))
違和感と言うより疑問がよぎったが、任務継続の可能性に繋げようと、
「「かまわない」」
二人が呟くと、彼は二人を押さえ付けながらも容姿をしげしげ眺め、
「そぅだなぁ~二人の新たな門出にふさわしい、似合いの名前を…………」
不安げに見守る配下の者たちを尻目に呑気に黙考すると、
『ヨォシィ決まったぁ♪』
満面の笑顔で、右腕で押さえ付けた幼子を見つめ、
「オマエは今日から、キーメ(萌芽)だ♪」
(キーメ……)
「そしてオマエは、」
左腕で押さえ付けた幼子を見つめ、
「スプライツ(新芽)だぁ♪」
(スプライツ……)
名前と言うモノを初めて貰った二人。
拉致される前に、生みの親から貰った「本当の名前」はあったかも知れない。
否、あった筈である。
しかし赤子同然だった当時の記憶が二人に残っている筈も無く、あったとしても機関の過酷な教育の中で消し去られ、
((キーメ、スプライツ……))
それは初めて貰ったに等しい、自分だけの名前。
((キーメ、スプライツ…………))
物にすら名前があるのに、名前が無かった二人。
((キーメ、スプライツ………………))
幼き、小さな胸の奥から、感じた事の無い「熱い何か」が湧き上がって来た。
それは、
≪≪ナマエがある!≫≫
存在する事を、認められた気がした。
名前の無い、居ても居なくても変わらない「あやふやな存在」でなく、名前を持った一人の人間としての自覚が芽生え始めると、自らの存在を、自らが消してしまうとした行為が恐ろしく思え、また、今まで命令されるまま無意に奪ってしまった「存在(命)の重さ」にも気付き、
「「…………」」
自然と涙が込み上げて来た。
幼子二人の、演技ではない心からの後悔の涙に、
『のぉっ!!!?』
慄くカデュフィーユ。
雨が降り始める中、慌てて二人の拘束を解き、
『『『『団長ぉぉお!?』』』』
慌てふためく騎士たちを尻目に、
「「!」」
涙を流す二人を抱き締め、
「悪いぃ痛かったよなぁ! 何処か痛めたかぁ!!!?」
あたたかかった。
彼の「温もり」もさることながら、彼の「優しさ」が。
キーメとスプライツは幼いながらも心を打たれ、堰を切ったように、年相応に大泣きし、彼は改めて知った。
二人が負わされた辛酸とは、幼く小さな胸に収めるに、あまりに大きく、あまりに過酷な、苦悶の数々であった事を。
二人を放った隣国に対し、
(酷ぇことをしやがるッ!)
言葉で表現しきれぬ程の怒り抱きつつ、自らの命を狙った暗殺者二人を相手に、
「イイんだイイんだ。今はいっぱい泣いておけ」
背中を優しく撫で、部下の騎士たちが団長の「懐の深さ」と「大らか」を再認識させられ苦笑する中、彼はその日のうちに二人を養子として迎い入れた。
そして後日、謁見の間において、
『この様な暴挙を見逃しておいて良いのですかァ、陛下ァアァ!』
当時存命であった前アルブル国国王を相手に、凛然と咆哮するのはカデュフィーユ。
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