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第三章

3-33

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 村全体が炎に包まれる中――

『みんな早くコッチだァアァァーーーーーーーーーー!』

 村の北門で大きく手を振り、懸命に村人たちを呼ぶのはプルプレア。
 ラディッシュ達の奮闘により出来た逃げ口から、生き残った村の人達を「首都側の街道」へと、声を嗄らして誘導し、パストリスは怪我人を村の外へと次々と連れ出していた。
 
 本来であれば回復職のヒーラーでもある武闘系僧侶のターナップが治療に当たれば良いのだが、圧倒的数の汚染獣たちや、合成獣たちを前に戦力が足りず、それどころではなかった。
 
 先ずは敵の数を減らすのが優先で、怪我人の治療は無事であった村人たちに託すより他になかったのである。
 そんな過酷な戦場下、ラディッシュは剣を振るいながら、
≪世は理不尽……この世の理不尽を斬り払え……≫
 日に日に強まる「闇へいざなう心の存在」に、
(黙ってぇ!)
 敵を斬り倒しながら、内なる意思とも戦っていた。

 しかし、斬っても斬っても湧いて来るが如く立ちはだかる敵を前に、
(このままじゃ守り切れない!)
 とある決意を抱くと、

『ドロプさぁん! ニプルさぁん! タープさぁん!』

 北口を死守する為、比較的近くで共に戦っていた三人を、剣を振るいながら叫び呼び、
「ッ!」
「ッ!」
「ッ!」
 彼の言わんとする意味を、瞬時に感じ取る三人。
 それは三人も抱いていた共通の思いであり、
(確かにこのままでは埒が明きませんで、ですわァ!)
(流石に手の内を隠している場合じゃないさねぇ!)
(女帝(フルール)にはワリィが仕方ねぇスねぇ!)
 四人は戦いながら同意の視線を交わし合うと、

『『『『天技ィイィ!』』』』

 一瞬にして天世の輝きをその身に纏い、
(前小節も無しに発現だとォ!?)
 驚くプルプレアを前に、
 
「千桜乱舞(せんおうらんぶ)ゥ!」
「炎弓連弾(えんきゅうれんだん)ですわァ!」
「天来夜行(てんらいやぎょう)さァ!」
「オラァ! 「掛かって来い」ヤァアァ!」

 各々天技を発動。
 天世のチカラを纏った白き輝きのラディッシュは、斬撃と防御を一瞬のうちに繰り返し、返す刃の煌めきが、まるで無数の花びらが襲い掛かる様に次々敵を切り倒し、白銀の輝きのドロプウォートは得意とする「無数の火球」による攻撃を、以前より数と威力を上げると同時に発動時間を大幅に短縮、敵を次々に燃やし尽くし、白銀の輝きにその身を包むニプルが鬼の形相して両手持ち大剣を地面に突き立てると、無数の雷撃が地を這い敵に襲い掛かり、同様に白銀の輝きにその身を包むターナップは、
「うおりゃ! どりゃぁ!」
 汚染獣を、合成獣を殴る、蹴る、一見すると単調なチカラ押しに見えたが、その実、攻撃は単なる打撃ではなく、当てる度に、当てた個所から天世のチカラを送り込み、地世のチカラを浄化し、敵を弱体化させながら倒して行った。

 女帝フルールとの約束により、秘匿にしていた「短縮の天法」。
 それを、プルプレアを含めたカルニヴァ国の民の前で、なりふり構っていられず披露してしまったラディッシュ達ではあったが多勢に無勢、それで形勢が好転するほど敵の数は少なくはなく、ターナップは果てしなく続くかに思われる攻防に、
(クソォ! いつになったら終わり来やがんだァ!)
 歯ぎしりし、
(やっぱり「お嬢」にも参戦してもらって……)
 そう考えた瞬間、
 
≪そうすれば、お嬢の正体が分かるんじゃねぇのか?!≫

 邪な考えが脳裏をよぎると、
「ッ!」
 眼の端に、崩れて来た瓦礫の下敷きになりそうな幼女の姿が。
(ヤベェ!)
 反応はコンマ何秒か遅れたものの、

(クソがぁあっぁあぁ!)

 一気に駆け抜け、崩れて来た瓦礫を辛うじて背で受け止め、庇った少女に満面の笑顔で、
「ケガねぇか? 早く逃げなぁ♪」
「…………」
 怯えながらも頷く女の子。
 プルプレアの招き声に駆け出して行く姿に、小さく安堵の息を吐いたが、

「!?」
(や、やべぇ……)

 自嘲気味の笑みを浮かべ、
(せ、背中が痛ぇ……よそ事を考えて反応が遅れ……ってか、体が痺れて動けねぇ……)
 そんな好都合の状態の敵を、合成獣たちが見逃す筈も無く、

「!」

 瓦礫を背負った姿の彼の眼前に、剣を手にした人狼が。
 見下ろす赤黒い目に、
(ま、マジやべぇ……)
 笑うしかないターナップ。

 気付いたラディッシュが、
「タープさぁん!」
 剣を振りかざし、天技で助けようとしたが、ドロプウォートの剣と違い、既製品の彼の剣は激戦に耐え切れなかったようで、チカラを込めた途端、
 バァギィィィン!
「なっ!?」
 無情にも砕け散り、
(何でこの大事な時にィ!)
 転がっていた敵の剣を咄嗟に拾って、自身への人狼の追撃は防いだものの、ターナップへの救援の一撃は間に合わない。

 動けないターナップの顔面目掛け振り下ろされる刃。
(坊さんの俺がぁ鉄火場で「煩悩抱えて討ち死に」ったぁ笑い話ッスねぇ……お嬢……)
 彼女の笑顔が脳裏をよぎり、死を覚悟して視線を落としたが、
 ガァガキィイィ!
 思いもよらず鳴り響く激しい金属音に、

「!?」

 顔を上げると、そこには小さいながらも大きな背が。
「お、お嬢……」
 そこに居たのはパストリス。

 華奢な両腕を、頭上で十字に構えて人狼の一刀を受け止め、
「大丈夫なのでぇすぅ、タープさぁん♪」
 振り返った笑顔の額から、一筋流れ落ちる彼女の鮮血。

(!)

 人狼の切っ先は、彼女の額を僅かにかすめたようであった。
 地世のチカラを使えば容易に防げた筈の一刀を、あえてチカラを使わず受け止めたパストリス。天世の司祭である「彼のプライド」を思ってか、はたまた「素性を知られたくない」との思いから、それは不明であるが、彼女が「命懸けでターナップを守った」のは事実であり、そんな彼女の献身に、

(俺は馬鹿だ……地世だ天世だと……)

 ターナップは瓦礫を背負ったままのうつむき加減で、
(人を救済する立場の坊主の俺が、人を一番見ていなかった……)
 人狼を蹴り飛ばすパストリスの背に、
「お嬢……」
「なぉ?」
 チラリと振り返った彼女に、
「この戦いが終わったら、聞いて欲しい話があるんス……だから……」
「だからぁ?」
 周辺を警戒しながらの「愛らしい首傾げ」に、

『フゥン!』

 ターナップは気合一発、背中の瓦礫ごと全身の痺れを威勢よく弾き飛ばし、
「本音の本気で戦いましょうやぁ♪」
「!」
 その笑顔から、意味を悟るパストリス。
 屈託ない笑顔で、
「ハイなのでぇす♪」
 ターナップと背中合わせで、

『『天技ィイィ!』』

 ターナップは白銀の光に、パストリスは漆黒の光にその身を包み、獣の耳と尾が出現し、光と闇の二人は絶妙なコンビネーションで、汚染獣を、合成獣を、術を駆使した体術で次々倒し、脅威をふるうサイクロプスに立ち向かっていった。

 そんな彼女の姿に、
「おっ……汚染人……」
 嫌悪を交えて立ち尽くすプルプレア。
 妖人に対する蔑称を、思わず口にすると、

 パァン!

 ニプルが後頭部を引っ叩き、
「痛ぁ!」
 頭を擦る彼女に冗談めかした物言いで、
「ウチの仲間を、二度と「その名」で呼ぶなよなぁ。明日の朝陽を拝みたかったらさぁ」
 顔は笑ってはいたが、その目は本気を謳っていた。

≪例え現王カルニヴァの使者であろうと、仲間への侮辱は許さねぇ≫

 しかしプルプレアが見せた反応は、中世において決して稀有な反応ではない。
 中世の民は皆、幼い頃から「妖人は異質で危険な存在」と教え込まれ、その存在を彼女は生まれて初めて目の当たりにしたのだから、差別的な反応になるのも「やむを得ない事」とも言えたが、彼女は言い訳する事も無く、

「すっ、すまない、ニプル! 後で謝罪をさせてくれ!」

 頭を下げると、彼女なら「そう言ってくれる」と信じていたのか、ニプルは本心からの笑みだけ残して次なる戦場へ駆け出して行った。

 それから遅れること数時間後、カルニヴァ城がある首都から急ぎ出立する救援部隊の一団。
 馬に似た動物にまたがり、一路、南の村を目指して街道を駆け抜け、団長ヴェズィクローザは目まぐるしく流れる景色を横目に、

(まさか首都の近くの村が襲われるなど!)

 未だかつて起きた事が無かった事態に、驚きを隠せずにいながら、
(首都防衛の「線と線の狭間」の、戦力が最も薄く、かつノド元に最も近い所を衝いて来るとは……)
 通例に囚われ、定期的な「防衛計画の見直し作業」を怠った自分たちを猛省すると同時に、敵の分析力に感嘆もした。
 そして、一人前のめりに先行して走る団長クルシュの背に、

『急ぎ過ぎだクルシュ! それでは後続の隊列が持たない!』

 苦言をぶつけたが、猛るクルシュは顔だけ振り返り、
「そんな悠長な事を言ってる場合かァ!」
 ペースを落とす様子も見せない彼に、
「馬や兵の体力が村まで持たないぞォ!」
 現着しても戦力にならなくなる可能性から、重ねて懸念を呈したが、

『間に合わなかったら元も子もなァい!』

「それは……」

 一理あり、返す言葉が見つけられずにいると、
「ついて来られる奴ダケ来ればイイッ!」
 彼はむしろスピードを速め、風を切り、未だ見える筈の無い目的地を正面に見据え、
(それで(村人を)一人でも多く救えるのならなァ!)
 今まさに、惨劇が繰り広げられているであろう村を思い煩った。
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