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第二章

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 そのガラス球が何であるかなど、普通の町娘の彼女が知る筈も無かったが、揃いの団服を纏った男達の真ん中で団長が見せる「苛立ちを覚える満面の笑顔」に、

(あの男が上機嫌で持っていると言う事は…………「ロクでもない物」に違いないわ!)

 不測の事態の発生を確信した。
 この男は、それ程までに町で疎まれていた。
 自己研鑽と自己啓発が「最も美徳」とされるフルール国において、彼は常に不平不満を高らかに叫ぶだけで、自ら何かを変えようと行動する事もなく、ただ喚き散らすだけ。

 付いた二つ名は、
 ≪言うだけ男≫
 
 この国で、最も忌避される部類の人間であった。

 しかし本人は、敬遠される理由に自覚が無いのか、元より「それでも良し」と割り切っているのか、「周囲の嫌悪」をよそに彼の行動は変わる片鱗さえ見せず、むしろその揺るがぬ姿勢に感化され、狂信的に慕い、行動を共にする者も少なからず存在し、そのうちの一人が彼女の「近親男性」であった。

 事件の気配に、女性は人を呼びに行きたかったが「彼を残してこの場を去る」のは躊躇われ、また人を呼びに行っている間に場所を変えられてしまっては元も子もなく、かと言って割って入り「彼を連れ帰る」など、複数の狂信者を相手に女性の細腕一本で叶う筈も無く、

(どうしたら良いの……)

 思い惑いながら様子を窺っていると、団長は暑苦しい満面の笑顔で、自身を囲む男達の顔を見回し、

『覚悟はヨイなァ皆の者ォオォッ!』

 過度に熱過ぎる、気迫の籠もった表情でガラス球を高々と振り被り、
「封じられし汚染獣たちを操って、今こそ、この国の連中の眼を覚まさせてやるのだァーーーッ!」
 地面に激しく叩きつけ、

(汚染獣を操るですってぇ!?)

 物陰で慄く彼女の前で、
 パァアァァン!
 ガラス球は破裂したような音を立て、割れ砕け散った。
 途端に、スプレー缶でも爆発したかの様な勢いで、一気に解放される高濃度に圧縮されていた黒い靄。
 そしてその中に、怪しく光る「幾つもの赤黒い目」が。

(汚染獣ッ!)

 彼女は恐怖のあまり身を隠した。
 地世のチカラに汚染された獣が身近に存在するこの世界において、汚染獣に対する恐怖と言うより、彼が団長と共に犯してしまった、取り返しのつかない凶行に恐怖し。
 その一方で、革命の狼煙が上がった事に歓喜する団長たち。
 しかし喜びも束の間、

「なっ、何なのだコレは?!」

 わななく団長。
 単なる煙であった「黒い靄」が、まるで意思でも持っているかのように彼らの体に纏わり、絡み付き始め、革命に立ち会えた事に「悦び」さえ感じていた団員たちまでも、
「だっ、団長ぉ! こ、コレはいったいぃ?!」
「団長ぉ! 気味が悪いんですけどぉ!」
 未知の現象に怯え、

「しっ、知らぁん! この様な事が起きるなど、ローブの男は言ってはいなかったのだ!」

 焦りを露わに男達が上げる混乱の声に、身を隠していた女性は恐怖よりも彼の身を案じる思いが勝り、
(何が起きているの……)
 再びそっと覗き込んで様子を窺った。
 その時、

「ッ!」

 彼女は自身の目を疑う光景を目の当たりにした。
 黒さを増していく靄が団長たちを次第に包み込み、姿が見えなくなった途端、

『かっ! 体が熱ぃいぃぃいぃ!』

『焼けるぅうぅぅうぅ!』

『助けてくれぇえぇっぇえ!』

 男たちの悲鳴が上がり、その中には当然、彼の声も。
 女性はペンダントを強く握り締め、
(い、いや……)
 絶望感に苛まれ、立ち尽くす脳裏を走馬灯のようによぎるは、彼との楽しかった思い出の数々。
 そんな彼女を嘲笑うかのように、男達の悲鳴が止むやいなや黒い靄が一瞬にして晴れ、そこに現れたモノに、

『イヤァアァァァアアッァァ!』

 彼女は悲しみとも恐怖ともつかぬ、狂気の悲鳴を上げた。
 それは複数のミノタウロス。
 大切であった彼に代わり。

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