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 陽は傾き――

 帰路に就いたドロプウォートとパストリスが教会の勝手口の、目と鼻の先まで辿り着くと、

「「!」」

 食欲を刺激する、独特なスパイスの良い香りが漂って来て、ラディッシュの料理であるのを直感的に感じた二人は笑顔で頷き合い、香りの下へと走り出し、勝手口の扉を開け放ち、

「戻りましてですわぁ!」
「ただいまでぇす!」

 そこは六畳ほどの、ダイニングキッチン。
 部屋の中央には食事用のテーブルが置かれ、席には既にラミウムが。
 起き上がれるようになり喜ばしい筈が、何故か仏頂面で、
「あぁ。お帰り」
 ぶっきら棒な物言いで二人を迎え、

「「?」」

 二人が不思議そうな顔を見合わせると、キッチンスペースで背を向け調理中であったラディッシュが、
「ふはり(二人)おも(共)ぉおひゃ(お帰り)ぃ。おふろう(ご苦労)ひゃま(様)ぁ」
 何故か、いつもより籠もって聞こえるラディッシュの声。

「「???」」

 ラミウムの「謎の不機嫌」といい、ラディッシュの「籠もった声」といい、
((何かあったの(ですの・かなぁ)?))
 二人が不在の間に、いったい何があったのか。
 その疑問の一端は、調理中のラディッシュが振り返ると明らかになった。

「じひょうちょうしゅ(事情聴取)、へっほう(結構)ひかん(時間)が、はかった(掛かった)ねぇ」

 労をねぎらう一言ともに振り返ったラディッシュの左頬には、それはそれは「キレイな紅葉マーク(右手の痕)」が浮かんでいた。
 見事に腫れ上がった左頬に、笑いたいのを必死に堪え、

「ぷっ、い、痛そぅでぇすねぇ、ラディさぁ……ぷぷ……」
「ぷぷっ……だ、誰にやらましてぇですのぉ、ラデ……ぷくくっ……」

 それなりに努力して気を遣う二人に対し、ラディッシュは何かしら後ろ暗い事でもあるのか、
「…………」
 急に押し黙ると、テーブルに頬杖を着いた不機嫌顔のラミウムが、

「アタシの寝込みを襲たんだよぉ」

『『寝込みを襲ったぁあぁ?!』』

 責める様に激昂するドロプウォートと、妙に色めき立つパストリス。
 そんな二人にラディッシュは慌てに慌て、

「ちょ、ちょっとぉ待ってよラミィ! 人聞きの悪いぃ!」

 しかしラミウムは追い打ちをかける様に、
「寝てるアタシを、真っ裸にヒン剥いたろぉ?」
「そっ、それぇはぁあぁ!」
 明らかな狼狽を見せ、

「見損ないましてですわぁ、ラディ!」
「ちっ、違うぅ! ちょっと待ってぇ、ドロプぅさぁん! 僕の話も聞いてぇ!」

 軽蔑の眼差しを向けるドロプウォートを懸命に宥めすかそうとしていると、

『それでぇどんなふうに襲って、どんな風にヒン剥いたんでぇす!?』
「「「え?」」」

 パストリスの興奮気味の一声に、思わず絶句するラディッシュとドロプウォート、そして少々引き気味のジト目を向けるラミウム。
  すると身を乗り出し、溢れ出そうになる鼻血を必死に手で押さえるしぐさをしていたパストリスも、急に静まった激しい掛け合いと、向けられた微妙な空気に、
「あ……」
 秘めた嗜好を、隠し切れずに思わず口走った自身に気付き、
「え、えぇ~とぉ…………」
 バツが悪そうに視線を泳がせた。

 一旦、落ち着きを取り戻した場の空気にラディッシュは、
(今しかない!)
 釈明をブチ込むタイミングと見定め、

「そもそも脱がしたのは「修道女さん達」で、僕は見てないし! ソレだってぇラミウムに椅子車を作ってあげる為なんだよぉ!」
「「いすぐるまぁ?」」

 聞き慣れないキーワードに首を傾げるドロプウォートとパストリス。

 やっと普通に話を聞いてくれそうな状況に、ラディッシュは少しばかりホッとすると、出来上がった料理を「不貞腐れラミウム」の前に並べながら、
「イスに二つの大きな車輪が付いていてね、それがあれば歩けなくても、一人で何処へでも行けるようになるんだ」
 構造と利点を手短に説明。
 すると、

「それは素晴らしモノですわぁ!」
「でぇすでぇすねぇ!」

 感嘆する二人であったが、
「でもソレと、ラミィを裸にするのと、いったい何の関係がありますのぉ?」
「でぇすでぇすね?」
 口調は冷静に、目は「嫉妬の炎」が燃え盛っていた。

 疑惑が晴れていないと知るラディッシュ。
 すかさず、
「長い時間イスに座っていると、腰とか背中とか、接してる所が痛くなるでしょ?」
 頷く二人に、
「だから痛くならない様にする為に、接する板をラミウムの体に合わせて、職人さんに掘ってもらって、当たりが柔らかくなるようにしようと思ったんだ。それで、ラミィの背中の型を石膏で取って職人さんに渡そうとぉ……」
「それならそうと、何故に協力してもらわなかったんですの? そんな寝込みを襲う様な……」
 同じ感想を持ったパストリスも激しく頷き、
「それはぁ……」
 ラディッシュが戸惑いの視線をラミウムに向けると、

「アタシが「そんなモノ(椅子車)は要らない」と言ったのさぁねぇ!」

 不機嫌顔に、
「コレなんだもぉん」
 呆れ顔して、
「だから何度も説明したじゃないかぁ、ラミィ。体は動く様になったんだから、椅子車があれば好きな時に、好きな場所へ、自由に移動が出来るんだよぉ?」
 しかしラミウムは、

「大きなお世話さぁね!」

 プイッと横を向くと、気遣うラディッシュの足下をすくう様に、
「アタシの胸を見たクセに……」
「あ、ぁあぁれはぁ、」
 明らかな狼狽を見せるラディッシュ。女子二人から再びの「疑惑のジト目」を向けられ、

「じっ、事故じゃないかぁあぁ! だ、だってぇいつもは揺すっても起きないラミィが、まさか、あの時だけ起き上がると思っていなかったんだよぉ! そ、それで修道女さんが掛けてくれていた胸隠しがずれてぇ!」

 懸命に釈明していると、
(なるほどですわぁ)
 話の大筋が、だいたい見えて来たドロプウォート。
(そもそもの原因は、ラミィの「いつものワガママ」でしたのねぇ)
 そう思うと、ラディッシュの左頬に付けられた「無情な紅葉マーク」と併せて一矢報いたくなり、一計を案じ、悪い顔してラミウムの胸をあからさまにチラ見した上で、そこはかとなく勝ち誇った笑みまで浮かべ、

「まぁ、信じて差し上げますでぇすわ♪」
「本当ぉ!?」

 無意に喜ぶラディッシュ。裏に、女同士の駆け引きがあるとは露知らず。
 ドロプウォートの物言いたげな含み笑いに、

「!」

 咄嗟に「おしとやかな胸」を両手で隠すラミウム。
 彼女の眼が告げていたのである。
≪ラディッシュが欲情するほどの胸(サイズ)では、ありませんでぇすわぁ♪≫
 しかし、ここで激昂するのは愚の骨頂。
 怒りをブチまけるとは、内に秘めた「密かなコンプレックス」を自ら認め、晒すのを意味し、今はグッと堪えるのが「得策」であった。

 が、渦中の人物は「ラミウム様」である。
 あからさまなケンカを売られて、大人しく引き下がる筈も無く、火中の栗をあえて拾うが如く、

「ドロプぅ! アンタ今どこ見て納得したのさぁねぇ!」

 食って掛かると、予想通りの反応にドロプウォートは薄ら笑いを浮かべ、
「さぁ? 何の事ですのぉおぉ?」
 白々しくも、自身の「豊かな胸」を強調して見せつけ、
「ムクっ!」
 見せつけられたラミウムは悔しそうな顔こそ見せたが、負け惜しみの如く「ヘッ」と小さく唾棄する様に笑い、

「ぃくら装備が良くたってねぇ、使いこなせなきやぁ邪魔なだけで「宝の持ち腐れ」さぁねぇ~」

『んなぁ?! なぁなななななななな何ですってぇえぇぇえぇえぇぇぇ!』

 もはや単なる売り言葉に買い言葉の、泥試合。
 ラディッシュを間に挟み、いがみ合う小山(ラミウム)と、大山(ドロプウォート)。
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