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 まじまじと腕を見つめるドロプウォートに、思わず照れ笑うパストリス。
 
「可愛くないモノを見られちゃいましたでぇすね♪」

 儚げに見える小柄な少女の細腕には「到底似付かわしくない」と言い切れる、ゴツゴツとした金属製の手甲が嵌められていたのである。
「…………」
 無言で見入っていると、パストリスは命を守ってくれた手甲を愛おしげに撫でながら、
「これは……父さんが格闘術を教えてくれた時にくれた物なんでぇす」
「!」
 合点がいくドロプウォート。
(ですから、あの様な汚染獣だらけの森で、一人で生きて来れましたのねぇ……)
 人知れず心で頷いていると、
「でもぉ流石はドロプさんでぇすね」
「え?」
 愛着ある手甲を腕から外しながら、
「チカラ任せに真正面で受け止めたからぁ壊れちゃいましたでぇす」
 自嘲気味の笑みを浮かべ、
「修業が足りてないなぁ~」
 役目を終えてしまった相棒を、申し訳なさげに見つめていると、

「!?」

 ドロプウォートにいきなり首元に抱き付かれ、
「ドロプさぁん?! まっ、またぁドロプさぁんは、どさくさ紛れにぃ!」
 照れ交じりの困惑顔で解こうとした。
 すると、
「ゴメンなさい……ですわ……」
 見えない顔から、悲し気な声が耳元に。
(え?)
 思いもしなかった反応に、パストリスが驚きを隠せずにいると、

「今は亡き御両親から頂いた「大切な品」を、私は……」
(さもしい邪念を抱いたばかりに……)

 泣いている様にも聞こえたが、自身の未熟さが招いた結果と思うパストリスは、
(ドロプさんのせいじゃないのに……)
 彼女の心根の優しさを改めて知り「壊れたのはボクのせい」と伝えようとしたが、
(それでもきっと、納得はしてくれないんだろぅなぁ)
 思い直すと、言葉のニュアンスを少し変え、
「道具は「いつか壊れるモノ」でぇすよ、ドロプさぁん」
 抱き付いたままの背中を、優しくポンポンと叩き、

「それに気弱なんてぇ、らしくないでぇすよぉ。いったい、どぅしたんでぇすぅ?」
「…………」

 理由など聞かずとも分かっていた。
 二人(ラディッシュとラミウム)の心の距離が気に掛かり、胸の奥が苦しい事を。
 それはパストリスも同じであるから。

 しかし、あえて自身の口から言わせる事で「気持ちの整理」をつけさせてあげようと、彼女なりの配慮であった。
 するとドロプウォートは下を向いたまま首元から離れ、表情が見えない程うつむいたまま、ポツリと、

「分かりませんの……」
「・・・・・・え?」

 耳を疑うパストリス。
 よもや彼女が自身の恋心に「今更気付いていない」などとは思いも寄らず、目ではなく、耳を凝らして小声に集中していると、今にも消えてしまいそうな程の小さな声で、
「あの二人を見ていると……何故か心がザワついてしまい……冷静さまで失って……」
 その悩みは、恋心に端を発する「嫉妬」以外の何物でもなく、
(それってぇ、もぅ告白してるのと同じなのにぃ~)
 パストリスはじれったさから困惑笑いを浮かべたが、ドロプウォートは彼女が見せる困惑顔に気付く余裕さえ無いらしく、

「これは、いったい何なのでしょう!」

 上げた顔は懸命に思い悩む、ごく普通の、近しい年齢の、一人の年頃の少女であった。
「!」
 この瞬間、パストリスの中にあった彼女に対する「目に見えない壁」が一瞬にして瓦解した。

 パストリスは彼女の事を、家柄、才能、美貌など、全てを兼ね備えた完璧な女性で、逆に自分は、家柄は汚染人の盗賊で、才能と呼べる才能も無く、ボディラインの凹凸さえもささやかで、共に並び歩くなど到底許されない「異次元的な存在」だと無意識的に感じていた。気質の一部に「極めて重大な問題がある」と感じていたのは、別の話として。

 それ故に和解してからも親身になり切れず、一拍置いた関係を築いてしまっていたのだが、素直に認めてしまえば簡単に見つかる答えを懸命に探す、世間一般の少女と何ら変わらない姿に、パストリスは今日、初めて、彼女を近しい存在に感じ、可愛らしいとさえ思い、他意の無い穏やかな笑顔で、

「その気持ち、分かりますでぇす」
「え?」
「ボクも同じでぇすからぁ」
「パストもでぇすの?!」

 慄くドロプウォートを前に、
「はいでぇすぅ」
 明るく頷くと、自身の手を胸元で祈る様にそっと握り、
「ドロプさんの、それはでぇすね……」
「それは?」
(何ですの……)
 固唾を呑んで答えを待つ彼女に、

「嫉妬でぇす」
「しっとぉ……」
「ハイでぇす♪」

 パストリスの笑顔に、
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
 言われている意味が理解出来ず、長考に入るドロプウォート。
 脳内辞書を検索。

≪嫉妬とは、愛する人の愛情が他者に向けられているのを妬ましく思う気持ち。またの名を、やきもち≫

 今日までの自身が行った言動を走馬灯の様に思い起こし、「その時何を思った」か、「その時何をした」か、「その時何を言った」のか、その全てがパストリスの言った「嫉妬」の短い一言に一気に集約、自身の内なる答えに辿り着いてしまったドロプウォートは、

『わぁ、ワタクシがぁ嫉妬ですってぇえぇぇええぇぇっぇええぇっぇえぇえぇ!』

 羞恥で顔を真っ赤に染め上げ、動揺露わな半狂乱で、
「そっ、それでぇはぁ、まるでぇ、ワタクシがぁ、コウぅ!」
 口にしかけた「好意」の一言を慌てて飲み込み、

「ナイナイナイナイィあり得ませんですわぁああぁ! きっと他にぃ要因がぁあぁ!」

 しかし気付いてしまった「真なる感情」は、上辺の言い訳などで覆せる筈もなく、温かな眼差しで見つめるパストリスを前に、
「…………」
 短く深呼吸して、落ち着きをゆっくり取り戻すと、窺う様な上目遣いで、
「それで、そのぉ……パストぉって……それって、つまりは貴方も、」

「ハイなのでぇす!」

 屈託無い笑顔の即答に、
「!」
「恋敵でぇすね♪」
「!?」
 向けられた真っ直ぐで無垢な瞳に、もはや「誤魔化し」や「言い逃れ」は野暮でしかなく、ドロプウォートは今日までの自身の振る舞いを反省するかのように、
「ですわねぇ♪」
 素直な笑顔を返し、
「ですが私達の「真の敵」は強大ですわよぉ~」
「でぇすねぇ。しかも二人とも無自覚でぇすからねぇ~」
 冗談めかして困惑風に笑い合い、

「私、貴方にも負けませんわよ、パスト♪」
「ボクだって♪ それと……」
「それとぉ?」
「ボクも、その…………」
「?」

 言葉に詰まりつつも意を決し、

『「ドロプ」って呼んで良いでぇすか!』
「え?!」

 驚き、ハッとするドロプウォート。
(そぅ言えば私、先程より彼女の事を無自覚に「呼び捨て」で呼んでおりましたわぁ!)
 知らず知らずのうち、一方的に心の距離を縮めていた自身に気付き、何の憂いも、わだかまりも感じさせない笑顔で、

「無論ですわぁ♪」

 右手を差し出した。
(!)
 過去、何度も握ろうとしては拒まれた、彼女の右手。
 それを自らの意思で差し出してくれた事に、パストリスは感動もひとしお満面の笑顔で、

「ハイでぇす!」

 握り返すと、安堵したのか少しホッとした笑顔で、
「でも、嫉妬してしまいますでぇすよねぇ~」
「へ?」
(何やら「話が戻りまして」ですわぁ?)
 不思議そうなきょとん顔に、

『だってぇそぅ思いませんでぇすかぁ?!』

 身を乗り出し、

「あれだけ「気高く」ぅ、「心根の強い方」の想いを、独り占めしているんでぇすからぁ!」
「けっ、気高く心強いぃ?」
(ラディがぁ?)

 頭上に巨大なハテナマークが浮かんだが、自分の方を向いてくれないラディッシュへの嫌味と皮肉を込めて、呆れ笑いしながら、
「どこのぉ誰がですのぉおぉ?」
 するとパストリスが意外そうな顔して、

「え? 誰がって、でぇすから………………」
「ほぇ………………?」

「「・・・・・・・・・」」

 しばし黙り込む二人。
 黙り込んだ後、

『『えぇえぇぇ?!』』

 驚愕した表情で驚き合う。
 双方、違う人物を頭に想い描いていた事に気付き。

 ドロプウォートはラディッシュを、パストリスはラミウムを。
「「あは、あはははははは……」」
 誤解から生まれた思わぬ形でのカミングアウトに、誤魔化し笑いで笑い合い、お茶を濁し合っていると、

 ぐぅうぅぅうぅぅぅうぅ!

 快音が派手に鳴り響き、
「はぅ!」
 真っ赤な顔して慌ててお腹を押さえる、ドロプウォート。

「なっ、何やら気が抜けたらぁお腹が空いてしまいましてですわぁ」

 気恥ずかしそうな笑顔を見せながら、
「何か食べに行きましょうですわ♪」
「はいでぇす♪」
 真の和解を迎えた女子二人は笑みをかわし、そして歩き始めた。
 足並みをそろえ、ゆっくりと。

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