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 パストリスが大きな不安を抱いていた頃――

 村では、村人たちが老いも若きもドス黒いモヤに包まれ、もがき、苦しみ、のたうち回りながら、異形の物へと徐々に姿を変え、惨状の中心で杖を振りかざすのは地世の導師。
 思う様に進まぬ浸食と変化に、

「流石に、この人数を一人で侵食させるのは手間ですよねぇ~」

 ため息交じり。
 しかし言葉とは裏腹に、苦痛にあえぐ村人たちの姿に口元は不敵にニヤつき、
「ならばコレなら如何でしょう~かねぇ!」
 杖を無造作に放り投げると、

≪出でませ出でませ我らが地世王のチカラァ!≫

 黒き靄をその身に纏いて両手を地面につけ、

≪主を違えし愚民どもに目覚めの時をォオォ!≫

 叫び上げると、村全体が地中から滲み出た「巨大な黒き魔方陣」に包まれ、
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
「きゃぁあぁあぁぁぁ!」
「ぎゃあぁぁぁぁあぁぁ!」
 村のアチラコチラから更なる悲鳴が。
 生命力に溢れていた草花たちも、たちまち黒に染まり首をもたげ、村人たちは瞬く間に完全なる異形の姿、汚染獣と化していく。

『チッ! 遅かったのかァい!』
『何て事ですのォ!』

 一歩及ば駆けつけ悔し気な声を上げたのは、天世のチカラである「白き輝き」をその身に纏ったラミウムとドロプウォート。
惨状を目の当たりに、苦悶の表情を見せると、

『これはこれは「鼻摘みの誓約者候補」と「末席の天世人」様、ですよねぇ~♪』

 小馬鹿にした声が、
「「ッ!」」
 睨み飛ばした先で、口元に不快な半笑いを浮かべる地世の導師。
 何の罪悪も感じていない物言いに、ラミウムは怒りを新た、奥歯をギリリッと噛み鳴らし、

「気安く声を掛けんじゃないよォ! この「変態ローブ」がァ!」
「へ、ヘンタイですとぉ?!」

 おどけた様子でギョッとする地世の導師を無視する様に、ラミウムは咆哮するだけの獣と化した元村人たちを悲痛な表情で、
「何て惨い事をしやがるのさぁね……」
 ある意味、因果応報とも思える村人たちの末路に、悲哀を以って見回すと、射貫く様な眼光で、

「コイツは全部、アンタの仕業なのかァい!」

 怒りをぶつけ、ドロプウォートも筆舌に尽くし難い怒りから眉間に深いシワを寄せ、

「何と言う非道をなさいますのォ! 今スグ彼らを元にお戻しなさァい! この村の人々は罪を償わなければならないのですわ! さもなくばァ!」

 剣の柄に手を掛け、今にも斬り掛からんとする気迫を見せたが、

「ヒャーーーハッハッハァ!」
「「?!」」

 地世の導師は愉快そうに手を叩き、さも得意気に、
「これは妖人を、汚染獣に変化させる実験なのですよぉ♪ 元に戻す方法なんて知る訳が無いですよねぇ~まぁ知っていてもぉ教えませんですよねぇ~♪」
 見下した笑みを口元に浮かべ、

「さぁあさぁ皆さん! そこの二人を、ちゃっちゃとやっちゃって下さいですよぉ♪」
「「「「「「「「「「グモォ!」」」」」」」」」」

 一斉に振り返る元村人たちを前に、

「「クッ!」」

 戦う覚悟を一瞬のうちに決め身構える二人であったが、
「「!」」
 村人たちは導師の声に反応こそして見せたものの、言い渡された命令と戦うかの様に頭を抱えて苦しみもがくだけ。
 襲い掛かる素振りも見せずにいると、導師は困惑する訳でもなく、

「おやおや、ですよねぇ?」

 ひょうひょうと首を傾げ、すると完全に汚染獣と化し、自我は「失われた」と思われた村長が、

『グモォアァーーーーーーッ!』

 地世の導師に、突如襲い掛かった。
 それは彼の中に残った村長(むらおさ)としての意地か、はたまた敵対者と定めた者に対する闘争本能か。

 しかし地世の導師は、急襲であったにもかかわらず「武道の達人」の如き軽やかさでふわりと飛び退き攻撃をかわし、わざとらしい焦った様な棒読み台詞で、

「あぶなぁいあぶなぁいですよねぇ~暴力には反対なのですよねぇ~」

 巨木の太枝に着地するや、額の汗を拭う様な仕草までして村を見下ろすと、
「いやぁ~これはぁこれはぁ失敗、失敗、実験は見事な失敗なのですよねぇ~♪」
 誰に言うでもなくニヤケ口調で嘆いた。
 地世の導師が見下ろす視線の先、老若男女、誰それ構わず殴り掛かり合い、噛みつき合い、取っ組み合いを始める、汚染獣と化した村人たち。

 あたかも周りの全てが「敵」であるかの様に。
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