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 村人たちが必死の思いで逃げ惑っていた頃――

 ラディッシュ、ラミウム、ドロプウォートの三人は、数分前まで自分たちが潜んで場所が「凄惨な狩場」と化している事など露知らず、草木で覆われた小さいトンネルの様な獣道を這いずり、ひたすら奥へ、奥へと、黙々と進んでいた。
 そんな前進を続ける三人の前方から、

「あと少しでぇす」

 笑顔で振り返ったのはパストリス。
 三人を助けたのは、裏切った筈の彼女であった。
「「「…………」」」
 裏切られてスグの今、不信感を拭い去る事は出来なかったが、追跡者(村人)達の手が刻一刻と迫る中、彼女に従う以外の選択肢は無く、無言で後に続き、やがてトンネルを抜けた先で三人を待っていたモノ、それは、

(((家ぇ?!)))

 らしき物であった。
 少し開けた場所に立つ「巨木のウロ」を利用して作られた、ポツンと一軒家。

 魔女でも出て来そうな佇まいに、戸惑いを覚える三人であったが、三人の戸惑いを知ってか知らずか笑顔のパストリスは戸口へと導き、
「こちらでぇす」
 小窓の付いた木製扉を開け、

「どうぞぉ入って下さぁい」

 室内へと促した。
 通された室内は意外にも奥行きと高さがあり、狭さは感じず、置かれた家具も整然と並んで清潔感があり、塵や埃も無く、掃除が隅々にまで行き届いている事が分かった。
 しかし、

「「「…………」」」

 彼女以外の人の気配は全く感じられず、静けさに、三人が無言で視線を交わし合う中、
「お茶を淹れますので、適当に座っていて下さぁい」
 パストリスが穏やかな笑みを浮かべ、暖炉を利用した竈に吊るされた鉄瓶に手を伸ばすと、警戒心露わな怪訝な顔したラミウムが、二人の疑問を代弁するように、

「何故にアタシ等を助けたんだい? 裏切り者として、この村に居られなくなる事が分からないほど、馬鹿じゃないだろうさぁね?」

 余談許さぬ表情で、
「ワケは聞かせてくれるんだろうねぇ?」
 答えを迫ったが、笑顔のパストリスは作業の手を止める事も無く、
「訳も何も、天世様一行と知って「この村を裁いていただける」と思っただけでぇす。それに……」
「それに、何だぁい?」
 お茶を注いだコップを持って振り返ると、ニコリと笑い、

「それにボクは、とっくの昔に「裏切り者」なんでぇす」

 その笑顔に陰りは無く、むしろ無い事が悲哀を増し胸を衝いたが、顔には出さず、
「はぁ? どう言う意味さぁね?」
「……ラミウム様は、どぅしてボクが村の中じゃなくぅ、村の人達さえ知らない、こんな場所で一人暮らしをしていると思いますぅ?」

「まどろっこしいねぇ! アタシぁ質問に質問で応えられるのが、いっとう好きじゃないんだよ!」

 答えを急くラミウムに、パストリスは「彼女らしい」と思い小さく笑い、
「子供の頃、みんなでイタズラしようとした時に、正義を振りかざして反対する「空気の読めない人」っているじゃないですかぁ? ボクの父さんもそんな人でぇしたぁ。「盗賊行為は止めよう」って手を上げてぇ」
 変わらぬ笑顔で言ってのけるその表情はやはり何処か悲しげであり、酷い村八分扱いされた事は「箱入り娘」と「お人よし」の二人にも容易に想像でき、

「それで汚染獣ばかりの森に追い出されたんですのぉ!?」
「酷すぎるよ!」

 自身の身に起きた事の様に顔をしかめたが、
『人の命を奪う「盗賊行為」と「イタズラ」を一緒くたに笑って言ってんじゃないよ小娘ぇ!』
 ラミウムが苛烈に一喝。
「「「!」」」
 パストリスの悲しみを隠した作り笑顔が一瞬固まると、険しい表情が穏やかな微笑みへと一転、
「アンタの父親は、立派な決断をしたんだよ」
「「…………」」
 ラディッシュとドロプウォートも思いを改め、優しく微笑み頷いたが、

「そぅでしょうか?」

 素気無く踵(きびす)を返すパストリス。陰りのある笑みを以って、
「そもそもどうしてこの村がぁ、盗賊行為なんて暮らしていると思っているんでぇす?」
「…………」
 問い詰める様な眼差しに思い当たる節があるのか、押し黙るラミウム。
 しかし話が見えないラディッシュとドロプウォートは首を傾げ、

「どう言う事?」
「どう言う意味ですの?」

 するとパストリスが、愛らしい彼女に到底似つかわしくない「不敵な笑み」を口元に浮かべ、
「流石は天世様でぇすね。ボクの……いえ、ボク達の正体にも気付いているんでぇすよねぇ?」
「…………」
「「正体?」」
 仄暗く染まり行く少女の声と、うつむき加減で黙する姿に、二人が固唾を呑んで答えを待つと、ラミウムが、後ろめたさを感じさせる様な囁き声で、
「妖人(あやかしびと)……」
 呟くと、パストリスは闇を纏った満面の笑顔で、

「正解でぇす!」

 民族衣装の帽子を取って見せ、露になったのは、ネコの様な「ケモ耳」。
 途端にドロプウォートが恐怖とも、怒りともつかない叫びで、

『汚染人(おせんびと)ォオォッ!!!』

 パストリスを睨みつけたまま大きく飛びのき剣の柄に手を掛け、今にも斬り掛からんと気迫を以って身構えた。
「え?! ナニ!? ドロプさぁん、何、どう言う事ぉ!!!?」
 訳が分からないラディッシュ。只々狼狽していると、

「下がってください、ラディ! 危険ですわぁ!」

 焦りを多分に含んだ叫びで離れるように促し、
「彼女は地世のチカラに汚染された、汚染人なのですわァ!」
「えぇ?! 汚ぇ染!? あっ、いやっ、でもぉ!」
 一度は裏切られたとは言え、危機を救ってくれた事も事実であり、しかし「汚染された人間」と聞かされ、頭の整理が追い付かずパニックに陥っていると、パストリスが現状にそぐわぬ穏やかな笑顔でニコリと笑い、
「ラディッシュさんが「召喚された勇者」と言う話は、本当なんでぇすね」
「え?」
「この世界では、ドロプウォートさんの様な反応が普通なんでぇすよ」
「そんな……」
(確かに僕たちを騙してはいたけど……でも助けてもくれたし……)
 パストリスに対して、どんな態度を取るのが正解なのか答えを探しあぐねていると、

「ラディ! 汚染された動植物たちがどうなっていたか散々目にしましたでしょ!」
「!」

 思い出されるのは闘技場に始まり現在までの、いつ命を落としてもおかしくなかった地世絡みの事件の数々。
 そんな中、パストリスは変わらぬ仄暗い笑顔で、
「分かりますかぁラミウム様ぁ? 中世で「この様な扱い」を受けるボクたち妖人が、生きる為に、他人から奪う以外の選択肢があったと思いますかぁ?」
「…………」
 答えないラミウム。
 むしろ、答える事が出来ないのか。

 彼女たちが抱えて来たであろう「差別」と言う苦悩の数々は、地球の記憶を消されたラディッシュにも容易に想像する事はでき、短絡的に村人たちの行いを責める事が出来なくなってしまい、
(ラミィ……)
 黙する横顔を見つめていると、惑う姿に業を煮やしたドロプウォートが、

「ラディ! お早くワタクシの背にお隠れないさァい!」

 剣を鞘から抜きかけた刹那、
(やっぱり、こんなのは間違ってるよぉ!)
 ラディッシュは少ない勇気を絞り出し、
「ドロプさんは今までパストリスさんみたいな人(妖人)と会って直接話をした事があるの?!」
「何を言っているのです! 会っていなくとも、今まで遭遇した汚染獣たちを見ていれば分かりますわぁ! 現に彼女たちは人を騙し、財を奪い、あまつさえ命まで奪い! 噂通りの危険因子以外の何物でもありませんわァ!」
 「何者」ではなく「何物」とまで言い放ち、敵対心露わにパストリスを睨み、
「なッ!?」
 驚愕した表情で言葉を失った。

 ラディッシュが、睨みを遮る様に立ちはだかったのである。

 あたかも、身を挺して守るように。
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