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 苛立ちとも、憤りともつかない、彼女らしからぬ仄暗い負の気配。
 
(もしかしてラミウムって……天世が嫌いなのかな……)

 新たに知る一面ではあったが、生きていれば楽しい事だけで済まないのが、世の理。
(何が起きても、全部鼻先で笑い飛ばしそうには見えるけど、やっぱり色々あるんだろぅなぁ~「触らぬ神に祟りなし」かなぁ)
 明かさぬ苦悩に思いを馳せつつ、

(でも……記憶に関しては「僕が頼んで消してもっらた」……そんな気がする)

 そう思うと妙に腑に落ち、
(とりあえず早くご飯を作って食べてもらおう♪ そうすれば少しは気分も上向きに、)
 調理を再開したが、ソレで済まない人物が居た。

『異世界より召喚しておいて「そのモノ言い」は、些か冷たいのではありませんかぁ!』

 ドロプウォートである。
 良く言えば「真っ直ぐな性格」の、悪く言えば「融通が利かない性格」の彼女が、ラミウムの素っ気ない態度を額面通りに受け止め、不快感を露わに声を上げた。
 ラディッシュへの気遣いから出た苦言である事は容易に理解出来るが、今のラミウムにそれを言うのは、ハッキリ言って下火になり始めた炎に燃料を投下するようなモノ。
 相手が天世人なだけに一応言葉を選んでの苦言ではあったが、絶賛ご機嫌斜めなラミウムが当然黙って聞き入れる筈も無く、

『ほぅ~このアタシに「冷たい」と言うかぁい?』

 ドロプウォート以外なら誰しもが容易に想像出来た、予想通りの、身も凍り付きそうなキレ声に、
(ヒィ~ッ!)
 震えあがるラディッシュ。

 ラミウムは確かな怒りを滲ませながら、威圧感たっぷり振り返り、
「天世である「このアタシ」に意見しようってのかぁい、小娘ぇ」
 口元には怒りと反する半笑いこそ浮かべていたが、彼女特有の三白眼は獲物を狩る直前の猛禽類の様にギラついていた。
 しかし同時にラミウムは、ご機嫌取りの愛想笑いばかり向けて来る中世の人々に辟易していて、自らの意見を真っ直ぐぶつけて来るドロプウォートに心地良さも感じていた事もあり、両目の鋭さは維持したまま、フッと小さく笑い、

「アンタのその腹座り様、嫌いじゃないがねぇ」

 前置きをしたうえで、
「ならぁ他に、どんな物言いをすりゃあ良いってんだぁい? 「よしよし可哀想に」とでも言って、頭の一つでも撫でてやりゃ良かったてのかぁい?」
 皮肉って見せると、
「ッ!」
 むしろ、お堅いドロプウォートが怒りを増し、

「その様な事を言っているのではありませんわ! 貴方と言う方にはァ!」

 苦言どころか、頭ごなしに怒鳴りつけようとした瞬間、ラディッシュが素早く、

「あっ、ありがとうドロプウォートさぁん!」

 引きつり気味の満面の笑顔で話に割って入り、
「でぇも、大丈夫だからぁ」
 中途半端な仲裁は火に油。
「?!」
 援護射撃したつもりが、むしろ背後から撃たれた形となったドロプウォートは、
「何が「ダイジョウブ」なんですのぉ!」
「ソイツは、アタシも聞きたいねぇ」
 期せずして、ケンカ腰の女子二人に睨まれる事となった。

 しかし、本をただせばトラブルの原因は自身の気弱。故に、逃げ出したい気持ちをグッと堪え、
「きっ、記憶を消す選択をしたのは(覚えてないけど)きっと僕なんだぁ」
 精一杯の笑顔で、

「だ、だからぁラミィの言う通り、慣れるしかないんだよぉ。だから、ダイジョウブ」

 徐々に穏やかな表情を取り戻し、
「だから、ありがとうドロプウォートさぁん」
「べっ、別にワタクシは……」
 照れ臭そうに横を向くと、焼いただけの料理が刺さった長い枝を手にしたラディッシュは、

「だから、コレをどうぞぉ♪」

 それをドロプウォートの前に差し出した。
 振り上げた怒りの拳のおろし処を失い、横を向いたままでいるのが精一杯のドロプウォートであったが、
「…………」
 流石に、当事者に諫められては怒りの矛を収めるしかなく、

「しっ、仕方ないですわねぇ……」

 それでも不承不承は装い、照れを誤魔化すと、
「ありがとうございますですわ」
 枝を受け取ったが、

「え?!」

 枝先に刺さっていたのは真っ黒コゲの、一言で形容するならば「炭の塊」。
 ドロプウォートは炭の刺さった枝を手に、

「こっ、これはぁ、何かの冗談……でぇすわよねぇ……」

 怒りと戸惑いからワナワナと打ち震えていると、その姿を見たラミウムは手を叩いて大笑い。

「アハハハハ! やるじゃないか、ラディ! ソイツは何の嫌がらせだぁい?! アンタの(料理の)腕も、ドロプと勝負じゃないかぁ♪」

 愉快そうにケタケタと笑ったが、
「あっ! ゴメンゴメン、ドロプウォートさぁん! 違うから!」
 ラディッシュは大慌てで、

「焦げてる外側は剥いて捨てて、食べるのは「中だけ」だからぁ!」
「そっ、そぅ……ですのぉ……?」

 頷いてはみたものの、外側の惨状を見る限り、とても一皮剥いたくらいで食べられる状態になるとは思えず、半信半疑。
 恐る恐る、焦げた外皮をむしろうと手を伸ばすと、

「熱いから気を付けてね♪」
「ッ!」

 いきなり声を掛けられて少々ドキッとしたが、
「わっ、分かりましたわぁ……」
 息を呑み、覚悟を決めて、コゲの端を摘んで慎重に引っ張ると、
「!?」
 意外にも焦げた外側はいとも容易くペロリとめくれ落ち、

「!」

 途端に栗の様な甘い香りが、周囲にフワッと広がった。
 香り豊かな湯気と、黄色く水水しい光沢を放つ実。
 食欲は否応なしに刺激され、

「こぉ、これはぁわぁ……」

 思わず緩む、上品な顔。
 試食するまでも無く、美味しい事が一目で分かる出来栄え。
 ラディッシュも一本手に取り、焦げた外皮を剥き落とし、
「うん。「見た目」と「香り」は計算通り、かなぁ♪」
 ゴクリと喉を鳴らして食い入るように見守る女子二人を前に、

「味は……」

 一口パクリ。
 途端に、頬が落ちそうな程の至福の笑みを浮かべ、

「んぁまぁ~~~い! 計算したよりずっっっと良ぃ~~~!」

 堪らずドロプウォートも一口、パクリ。

「んん~~~~~~~~~!」

 間髪容れずに至福の笑み。
 後に彼女は知人にこう語る。
 
≪私はこの時、ラディに胃袋ごと捕まれてしまったのですわぁ≫

 天にも昇る満面の笑顔で二口、三口と食べ進め、その姿にラディッシュは満足げに、
「気に入ってもらえて良かったぁ♪」
 頷くと、火箸代わりの長枝を手に、
「アッチの方は、どぅかなぁ?」
 被せた焚き火と、薄く被せた土をどかして「葉包み」を掘り起こし始めると、

「「「!」」」

 土をどかしただけで周囲に漂う、先程とはまた違った完成を知らせる、芳しくも甘い香り。
 手早く土中から取り出し、ヨモギの様な草を刷毛代わりに表面の土を払い除け、噴き出す蒸気に注意しつつ包みを広げると、抑え込まれていた香りが湯気と共に全解放。

「良い香りぃ~~~」
「本当に、良い香りですわぁあぁ~~~」

 何種類もの野草と根菜、キノコが奏でるハーモニーに、ラディッシュとドロプウォートは目を細め、ラディッシュは根菜類を一摘まみ。
「熱っ熱つっ!」
 多少、熱さに面喰いつつ、

「火は、ちゃんと中にまで入ってるみたい」

 硬さを指先で確認し、
「ここまで細かく刻まなくても良かったくらいだなぁ」
 口の中に放り込むと、

「ッ!!!」

 ホクホクとした食感と同時に、甘みの強いサツマイモの様な「味と香り」が口の中いっぱいに広がり、
「ふぬぅううぅ!」
(ウマ過ぎでしょうぉおぉ!)
 思っていた以上の美味しさにニヤケ顔は止まらず、

(野菜の旨味が強い気がするぅ。食べ易い様に品種改良されていないお陰なのかなぁ?)

 考察は一先ず脇に置き、
「ドロプウォートさんも食べてみ、」
 促すが先か、ドロプウォートは貴族令嬢としてのマナーも忘れ、既にガツガツとむさぼり食べていた。
 空腹も手伝ってか無心で頬張る姿に、

「そこまで美味そうに食べてもらえると、作った甲斐があるよ♪」

 自然な微笑みで見つめられ、

「!」

 ドロプウォートはハッと我に返り、慌てて凛とした表情で体裁を取り繕い、
「まっ、まぁまぁですわねぇ!」
 しかし、口の端に付いた料理の一部が「まあまあではない」本心を物語っていて、
(ドロプウォートさんて、可愛らしい人なんだぁ♪)
 今さらの様に、改めてそう思う、ラディッシュであった。
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