上 下
5 / 7

5.これで幾度目*

しおりを挟む

「これで何度目だろうな。アンタが俺を捨てようとするのは」

 銀狗ギンコウを平地から森の方へと追い詰めながら、金霞キンカは静かな口調でそんな事を言った。

 あんなに小さかった子供は、立派な大人の男へと成長してしまった。銀鉤が見上げるほど背も高くなった。
 笑えばそれこそ太陽のように輝いて見えたし、しっかりとあつらえた着物を着せればまるで貴族ほどに凛とした美しい男にだって変身した。
 銀鉤は、そんな金霞の姿をみな知っている。

「さぁな」

 努めて怯えを隠すように、銀狗は取り繕いながらじりじりと後ずさった。どうして良いのかまるで分からなかった。
 今や彼は追い詰められる身で、しかもそうして追い詰めているのは己が育てた人間であるというのだから。

 金霞は相変わらず表情も変えず、銀狗の後を追うようにゆっくりと近寄っていった。
 まるで獲物を追い詰める獣のように。彼は言った。

「お前がどうしてそんな事をするのか、ガキの頃は分からなかった」
「……」
「俺を嫌っているのかと思ったこともあった。でも本当にそうなら、俺に見つかろうが何だろうが見捨てて行けばいいだけだ。だからそれは違う」
「私がお前を喰う為だったかもしれないぞ」
「それなら、こうして俺が生きていること自体おかしい。力のある成人になるまで待つ意味がない。……最初は本当にそうだったかもしれないけれど、今はもう違うんだろ?」

 その背が木の幹にぶつかった。震えそうになる声を必死で押し殺しながら、銀鉤は金霞を見上げた。

「あれは全部、俺を人里へ戻すためにやったんだろう?」

 言うや否や、金霞は銀鉤を囲うように木の幹へ両手を付けた。強い眼差しで銀鉤を射貫き、表情も変えずに顔を近づける。

「俺が嫌だと言おうが、アンタはそうするつもりだったろう」
「……」
「本当は自分だって独りぼっちになりたくない癖に」

 銀鉤は思わず瞠目した。
 何もかもを見透かされているような気分だった。今や互いの息遣いが聞こえてきそうなほど、金霞はその顔を近づけている。
 銀狗はそんな金霞の目の中に、情けない顔をしている己の姿を見た。
 金霞の言葉はさらに続いた。

「もうは終わりだ、銀鉤。アンタの負けだ。俺は望んでアンタと一緒にいる。もしそれでも、お前が俺から離れようってんなら――俺ももう、我慢は捨てようと思う」
「我慢……? お前、何を言っ――」

 銀狗の言葉を遮るように、金霞ははだけた彼の着物の隙間から手を入れ、その脚に触れてきたのだ。
 予想外の金霞の行動に銀鉤は混乱する。

「そんなの決まってる」

 言いながら金霞は、銀鉤に密着するようにその体をすり寄せてきた。銀狗の両腕は未だに拘束されたままで、彼の行動を押さえる事さえできない。
 銀狗は慌てて口を開いた。

「だから、一体何を――っ!」

 だが、金霞はその言葉の続きを許さなかった。銀狗の口を塞ぐようにして、己の唇を押し当ててきたのだ。。堪らず銀鉤はびっくりと体を震わせた。

 それはそれは、経験したこともないほど深い口付けだった。
 一体何を思って金霞がこんなことをするのか。銀鉤は驚くばかりで、その真意を理解しかねていた。

「んっ……!」

 自分でも聞いたことのないような鼻にかかった声が、時折喉から漏れ出る。その舌が蠢く度、銀鉤の背筋にぞわぞわとしたものが駆け巡った。

 いつの間にか添えられていた金霞の手が、銀鉤の項をするりと優しく撫でる。すると突然、ガクンと力が抜けた。脚に力が入らなくなってしまった。
 脚の間に入れられていた金霞の片膝が体を支えるが、それでも彼の口付けが止む事はなかった。
 まるで初めての経験に、銀鉤はすっかり翻弄されてしまっていた。

「ふぅ、はっ、はぁ……」

 ようやくその口が離れる頃には、銀鉤は息も絶え絶えだった。苦しくて、けれども気持ちが良かったのだ。
 体は妙に火照っていて、自分のあらぬところに熱が集まっている自覚があった。ただの一回の口付けで。
 すっかり力の入らない銀狗の体を木の幹へと押し付けながら。金霞は、銀狗がまるで知らない男のような表情で言った。

「ずっと……、こうしたくて仕方なかった」

 顎下に手を差し入れて上を向かせながら目を合わせている。
 金霞のその目はどこか切なそうに歪められていて、まるで泣きそうな表情をしていた。
 今までに見た事もなかった。そんな表情をさせてしまっているのが自分なのかと思うと、胸の中が抉られるような気分だった。

「金霞お前、一体どういう――」
「銀狗が愛おしくて仕方ない。しまいたいくらい」
「!」
「アンタのココに俺の逸物をぶち込んでやりたいし、その体に噛みつきたいと思う」

 言いながら金霞は、自分の脚の上に乗っている銀鉤の尻を両手で鷲掴んだ。興奮したように銀鉤の耳元に唇を添えて囁き、いやらしい手つきで揉みしだく。

「ッ……」
「もう、ずっと前から。ガキの頃から――アンタが好きで堪らなかった。でも、俺がこんな事思ってるって分かったらアンタが離れて行ってしまう気がして。だからずっと、我慢してたんだ」
 
 無意識にも震え出した銀鉤の耳を甘噛みしながら、金霞は更に言葉を続ける。

「ずっと、本当にずっとずっと我慢してきた。それなのに……アンタは俺を捨てると言う」

 そう言った金霞はどこか苦しそうだ。銀鉤の目にはまるで、彼が泣いているように見えた。
 今まで全く知らなかったそんな金霞の本心に、銀狗の決心が揺れそうになる。

「それなら俺だって黙ってられない。アンタがもっと離れ難いと思うくらい、俺を刻み付ける」

 そう言うが早いか。
 金霞はなんと、銀鉤の肩口に嚙みついてみせたのだ。
 あまりに予想外の行動に、銀狗は堪らず悲鳴を上げた。

「いっ――、キン、カ、やめっ、痛い――ッ!!」

 突然の事に反応もできず、その痛みに体が強張る。幸いな事に、噛みつかれたのはほんの一瞬で、金霞の口はすぐに離れていった。

 久しく流したことのない血が、その傷口から流れ出ているのが分かった。金霞はその傷口に舌を這わせ、時折そこに唇を押し当てている。

 金霞の事がまるで理解できない。銀狗は自分に落ち着けと言い聞かせるように、その場で深く息を吐き出したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ゆるふわメスお兄さんを寝ている間に俺のチンポに完全屈服させる話

さくた
BL
攻め:浩介(こうすけ) 奏音とは大学の先輩後輩関係 受け:奏音(かなと) 同性と付き合うのは浩介が初めて いつも以上に孕むだのなんだの言いまくってるし攻めのセリフにも♡がつく

嫌がる繊細くんを連続絶頂させる話

てけてとん
BL
同じクラスの人気者な繊細くんの弱みにつけこんで何度も絶頂させる話です。結構鬼畜です。長すぎたので2話に分割しています。

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

平凡な研究員の俺がイケメン所長に監禁されるまで

山田ハメ太郎
BL
仕事が遅くていつも所長に怒られてばかりの俺。 そんな俺が所長に監禁されるまでの話。 ※研究職については無知です。寛容な心でお読みください。

潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話

あかさたな!
BL
潜入捜査官のユウジは マフィアのボスの愛人まで潜入していた。 だがある日、それがボスにバレて、 執着監禁されちゃって、 幸せになっちゃう話 少し歪んだ愛だが、ルカという歳下に メロメロに溺愛されちゃう。 そんなハッピー寄りなティーストです! ▶︎潜入捜査とかスパイとか設定がかなりゆるふわですが、 雰囲気だけ楽しんでいただけると幸いです! _____ ▶︎タイトルそのうち変えます 2022/05/16変更! 拘束(仮題名)→ 潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話 ▶︎毎日18時更新頑張ります!一万字前後のお話に収める予定です 2022/05/24の更新は1日お休みします。すみません。   ▶︎▶︎r18表現が含まれます※ ◀︎◀︎ _____

プロデューサーの勃起した乳首が気になって打ち合わせに集中できない件~試される俺らの理性~【LINE形式】

あぐたまんづめ
BL
4人の人気アイドル『JEWEL』はプロデューサーのケンちゃんに恋してる。だけどケンちゃんは童貞で鈍感なので4人のアプローチに全く気づかない。思春期の女子のように恋心を隠していた4人だったが、ある日そんな関係が崩れる事件が。それはメンバーの一人のLINEから始まった。 【登場人物】 ★研磨…29歳。通称ケンちゃん。JEWELのプロデューサー兼マネージャー。自分よりJEWELを最優先に考える。仕事一筋だったので恋愛にかなり疎い。童貞。 ★ハリー…20歳。JEWELの天然担当。容姿端麗で売れっ子モデル。外人で日本語を勉強中。思ったことは直球で言う。 ★柘榴(ざくろ)…19歳。JEWELのまとめ役。しっかり者で大人びているが、メンバーの最年少。文武両道な大学生。ケンちゃんとは義兄弟。けっこう甘えたがりで寂しがり屋。役者としての才能を開花させていく。 ★琥珀(こはく)…22歳。JEWELのチャラ男。ヤクザの息子。女たらしでホストをしていた。ダンスが一番得意。 ★紫水(しすい)…25歳。JEWELのお色気担当。歩く18禁。天才子役として名をはせていたが、色々とやらかして転落人生に。その後はゲイ向けAVのネコ役として活躍していた。爽やかだが腹黒い。

処理中です...