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黄昏の吸血鬼

68.同類

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 朝、人間たちと同じ時間に行動を始めたジョシュアは、起き抜けに衝撃を受けていた。
 ゆっくりと身支度を整え、顔を突き合わせたラザールが開口一番に言ったのである。

「ゲオルグおはよう。――あれ? 何だかスッキリした顔してるな。夜、何かイイ事でもあったのか?」

 ジョシュアゲオルグは思わず硬直した。
 昨晩何があったかと言えば、勿論イライアスとのである。彼は宣言通りちゃんと挿れなかった。だが、挿れなかっただけで、ジョシュアは色んなものを散々搾り取られたのだ。

――大丈夫大丈夫、怖くない怖くない!

 そう言って微笑みながら息を荒げ、目付き妖しくもやらかしてくるイライアスは正直なところ怖かった。慣れているはずのジョシュアの顔も引き攣った程だ。

 けれど、欲の薄いジョシュアだって気持ちの良いコトは好きなのだ。最中に身体に触れられれば快楽を覚えるし、直接的な刺激は溺れきってしまいそうになる。
 ジョシュアも、結局はそれが嫌いではないのだ。だから毎回止められない。でも、それにしたって、である。

 ラザールにそんな事を指摘されてしまえば、ジョシュアはもう言い逃れできない。

「……ゲオルグ、どした? そんな怖い顔して」
『……顔は元々だ』

 すっかり考え込んでいたジョシュアは、慌ててラザールに言葉を返した。その後は適当に言葉を並べてラザールを躱すと、ジョシュアは少ない自分の荷物と向き合った。
 戦闘に引っ張り出される事もなく、磨かれ続けている武器たちは最早ピカピカである。それを一本一本確認するフリをしながら、ジョシュアは考えた。

(いやまぁそりゃ、今までも散々イライアスとしてきたから今更なんだろうけど……そんなにか……顔には出にくいと思ってたし、そもそもアレで満足してるだなんてそれって……どうなんだ? 色恋だのは避けてきてたし、そもそもよく分からない。……結局、エレナへの気持ちだって最期まで判断出来なかったんだ。今更この歳になって――いや、吸血鬼には歳なんて関係ない、のか……? なイライアスも数百年分は歳上だし……、そもそもこんなになってるのはイライアスの所為せいであって、俺が始めた事では――)

 そうやって、その日のジョシュアは事あるごとに堂々巡りを繰り返したのだった。
 何も知らないラザールやヴェロニカには本気で体調を心配されたし、察したのだろうミライアには冷たい視線を浴びせられた。イライアスに至っては、奇妙な程にゴキゲンだ。

『気味が悪いぞ。とっととその機嫌の良さを引っ込めろ赤毛』
『相変わらず酷い扱い……ふふん、でもね、今日は俺姐さんに何言われても傷付かない。だって俺ヤル気十分だし!』
『……寄るな』
『どいひー。何も言わずに引かれるのが一番クる……』

 その日は一日、吸血鬼たちはこのような有り様だった。
 そしてジョシュアは、散々悩んだ挙げ句にこの日は結論を出せなかった。けれども、元々糞が付くほど真面目なジョシュアが気にしていない訳はない。

(男だの女だのはもうこの際どうでもいいし、イライアスの隣に居るのは悪くない。気に入ってる。嫌だとは言えない……。イライアスに求められてるような答えなんてまだ出そうにない、けど……待ってくれてる。時間はたっぷり、それこそ沢山ある。この件が全部終わったら、もしかしたら……)

 胸中のもやもやは消える事はないだろうけれど、ジョシュアだって半端にはしたくなかった。だからこうして、禿げるほどしっかりと考えるのである。
 後悔はしたくない。それだけが、今のジョシュアを突き動かしていた。


◇ ◇ ◇


 短い滞在を終えた一行は、昼前にその町を離れた。そして、奇妙な組み合わせで短い旅をしてきた彼ら五人は、いよいよ問題のあの街へと向かった。一本道の街道を二日ほど。見晴らしの良いなだらかな丘を下りながら、一歩一歩進んでいく。
 芸術家たちの聖地、オウドジェへ。

「あの街のハンターギルドには顔を出しましょう。今回の件、彼らも事情は知らないはずですわ。情報が漏れる事はないと思いますの」

 オウドジェへと続く街道の最中、ヴェロニカが小声で言った。
 周囲は見渡す限り、うねる丘陵を繰り返したような草原で、近くには何者の気配も感じられない。歩きながら最後の作戦会議を行うようだ。前を歩く頼もしい女たちの声を聞きながら、ジョシュアもまた作戦について考えを巡らせた。

「ふむ、その方がお前らもやり易かろう。特にヴェロニカ、お前は有名だ。ギルドに寄らなければ逆に不審に思われる」
「ええ、その通りですわ。――それに、わたくしが注意を引きつけておけば、あなた方も動き易いでしょう。それらしい理由をつけて、適当にダミーの依頼を貰ってきますわ」
「ああ、話が早くて助かる」

 そのような二人の声を耳にしながら、ジョシュアもまた行動に移る。先程、ミライア達と打ち合わせた事だった。
 作戦を前に、何も知らないラザールに本当の事を伝えるのは、ジョシュアが適任だった。何も知らないのは危険過ぎる、との判断だった。

『ラザール』
「ん、どした? 前の二人の作戦を聞かないのか……?」
『謝らなければならない事がある』
「な、何だよ突然」
「……まず、俺は喋れない訳ではない」

 突然声を出して話し始めたジョシュアに、ラザールはポッカリと口を開けて目を見開いた。それに少しばかり罪悪感を感じながらもジョシュアは続ける。
 彼ならば、きちんと説明すれば納得してくれるはず。それはここ数日、ジョシュアが共に過ごして得た確信だった。

「こうして声も出るし話せる。……俺は嘘が下手なんだ。アンタに聞かれたら多分、誤魔化しきれない。アンタが敵方に操られて内通していた可能性も捨てきれなかったんだ。だから、偽っていた。作戦の内とは言え、すまない」
「い、いや……【S】級とか【A】級トップのやるような極秘依頼、なんだろ。そりゃ仕方ない、気にするな」
「ああ。そう言ってくれると助かる。それと、こっちが本番なんだが……」
「ほ、本番……? 何だ、もっと凄いのが来るのか?」

 一旦言葉を切ったジョシュアに、ラザールは困惑したような声をあげ、上半身を構えた。まるで、正面から敵が来るのを待ち構えているかのような体勢である。それに内心で苦笑しながら、ジョシュアは容赦なく告げる。

「……まず、俺らが追ってる奴は十中八九、人ではない」
「お、おおう……会った身としては俺もそんな気はしてたが」

 その言葉に一旦落ち着いたのか、ラザールはあからさまにホッとした表情をした。けれどももちろん、ここからが本当の本番である。

「恐らく、奴は吸血鬼だ」
「……は?」
「吸血鬼。あの、魔族の吸血鬼だ。その可能性が高い」
「ほ、ほう……? 滅んだとか言われてる、あの?」
「ああ、多分な。それと――」
「おいなんだ、まだあるのか……? 俺、それ聞いてもイイやつか?」

 ずっと困惑しきりなラザールが、小さく泣き言を言った。その体格に似合わず意外と小心者らしい。ギルド中央部で初めて出会った時も彼は震えていたが。あれは演技でも何でもなかったようだ。いっそ可哀想に思いながらも、ジョシュアは言い放つ。

「……知らないのと知ってるのとでは大きな違いが出る。催眠や魅了に引っかかるか否か、その違いが重要なんだ。精神状態にも左右されるから、不安の芽は潰しておきたい」
「お、おおう……分かった……覚悟、決めた」
「……その、俺ら、ヴェロニカを除いて全員、吸血鬼だ」

 その瞬間、ラザールは絶句した。そして、相当な間を置いた後で。様子を覗っていたジョシュアに対して、ラザールは聞いた。

「……は? え、なに? もっかい言ってくれるか……? 俺、とんでもない空耳が聞こえた気がした」
「……空耳ではないな。事実だ」
「ほ、ほう……」
「吸血鬼だ、ラザール。俺たちも、吸血鬼だ」

 そうして、再び吸血鬼の名を聞いた後で。ラザールはゆっくりと、ジョシュアに向かって問うた。

「その……、証拠って見せられたりするのか?」
「今は無理だ。昼間はツラい」
「ああ、そっか……日光」
「そうだ。消えはしないが、当たると火傷する」
「だから、いっつもフード被って……」

 それを聞くと、ラザールも納得したような顔だった。短い期間とはいえ、四六時中共に過ごせば流石に気付いていたようだ。それでいて事情を聞かなかったラザールは、中々スルースキルは高いようだ。
 そんな彼に安心しながら、ジョシュアも遠慮なく先の言葉を続けた。

「そうだ。全員、一度死んでる」
「なる、ほど……いや、でも納得した」
「納得?」
「ああ。……だって、アンタら全員、只者じゃないってのは何となく雰囲気で分かってたし。正直、【A】級だって言われた時もしっくり来なかったんだ。だから、今の説明で少し納得した。多分、実力に合ってないと肌で感じてたんだよ」

 そんなラザールの洞察力に、ジョシュアは感心する。彼がハンターだから気付いた、というのもあるだろうが。それでも勿論、個人差は大きいのだ。
 ラザールもどちらかと言えばジョシュアと同じく感覚が鋭いらしい。ただ、何も言わずにおくスルースキルが高い。その点、ジョシュアとは少しばかり違うようだった。

「……アンタは、中々鋭いな」
「まぁな。俺は、別に強いって訳じゃない。この勘の良さでここまで齧り付いてきたってだけだ」
「……そういうのが出来ない奴もいる」

 ラザールの言う事が出来なかったからこそ、ジョシュアはここに居る。どうしたって越えられない壁にずっとぶち当たっていた。

「まぁな。“運”もあるし、行動力がモノを言う時だってある。俺には弱いっていう自覚があるから、その分を他で補ってんだ。この認識票ドッグタグは、俺に対する信用の証だと思ってる」
「……」

 ジョシュアの場合、越えられなかったその壁はミライアという怪物が粉々に破壊してしまった。自分からそう仕向けてしまったとも言えるが。
 そしてそれが、ラザールの言うジョシュアの“運”だったのだ。ラザールの言う言葉に気付かされながら、ジョシュアは黙って耳を傾けていた。

「アンタらにとっちゃ災難だったろうけど、俺にはまたとないチャンスだよ。自分があの【S】級クラスの化け物たちと一緒に行動を共にするなんて願ってもない。あ、勿論褒め言葉だぞ。――って事で、色々驚いたしいっそ申し訳なくもあるけど、この作戦が上手くいくように祈ってる。そんな連中の衝突の中じゃあ、俺は役に立たないだろうから」

 そう言って笑うラザールが、ジョシュアには眩しく見えた。弱いと自覚のある人間だって、しっかりと考えて行動すればこうしてそれなりのを手に入れられたのだ。
 もう化け物になってしまったジョシュアにはできない事だけれども、そういう道があった事をもっと早く知りたかった。そうすれば、全部を諦めてこんな事にはならなかったかもしれない。そう思わずにはいられなかった。
 けれどもすぐ、ジョシュアはかぶりを振った。

(いや、違う。それはないな……根本の考え方がまず違う。初めからミライアには言われてたんだ)

――お前は私とだ。

 ミライアとの付き合いが浅かった頃、その言葉には違和感があった。けれども、今のジョシュアならば何となく分かる。彼女の言葉は確かに真だった。

 そんな人間が、ラザールのような平穏を好むはずがない。人命救助だと勘違いしていたとはいえ、嬉々として敵わない相手の目の前に飛び出すような男。それが、ジョシュアなのだ。
 事情などうであれ、ジョシュアはラザールのようにはなれなかった。それだけは確信していた。
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