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黄昏の吸血鬼
62.血と肉*
しおりを挟むハッと気がつくと、ジョシュアの視界が揺れていた。
先程までの気分の悪さや飢餓感はすっかり消え失せていて、その代わりに心地良さや妙な体の火照りを覚えている。
よくよく周囲を見渡してみれば、自分と目の前にいる彼以外の気配はこの部屋にはなかった。シンと静まり返った部屋の中、背筋が震えるような快感に思わず熱い吐息が漏れ出る。
「んんッ……」
前から抱き締められながら、脚を開かれゆるゆると揺さぶられている。体を預けているそのひとからは、いつもの彼の匂いがしていた。
なぜこんな体勢なのかは、熱を持った体と腹の中を満たしているその満足感ですぐに気付いた。
突然の不調で気を失って、起きたら腹の中に挿入されて犯されていたなんて。普通ならきっと怒るような場面なんだろうけれども。
普段とも違ったこの緩い快感は、そう悪いものではなかったのだ。ゆったりとしたこの時間の流れと、妙にリラックスしたこの空間が存外に心地良くて、ジョシュアは起き抜けにナカをきゅうと締め付けてしまった。
「んんっ、急にナカ動いた――って、ジョシュア気が付いた?」
悪びれもせず、耳元でいけしゃあしゃあと言ってのけた彼――イライアスに更に脱力しながら、ジョシュアは顔が見えるように少しだけ体を離した。
彼の熱が離れていくのは惜しいような気もしたが、やらかしてくれた犯人の顔を見る方が勝る。この男は一体どんな顔をしてジョシュアを上に乗せているのか。少しくらい文句を言っても良い気がしていた。
「……おい、何でこんな事になってんだ」
「えー、……だって、ジョシュアがアイツらとばっか話してて面白くなかったんだもん」
「だもん、って……」
「……ああん、俺、血が足りないよぉー、アイツら来なかったら今頃満足してたはずなのにさぁ? 間が悪いったらありゃしない」
大元の理由はともかくとして、食事に関して言えばイライアスの言う通りではあったので。ジョシュアはぐっ、と言葉に詰まった。
「俺だけじゃないよ。ジョシュアも最近あんまり飲んでなかったでしょ、このゴタゴタで。ジョシュアがああなったのはそのせいもあるかもね」
「! そうだ、あの時は気が遠くなって――」
「うん、倒れたんだよ、君」
「……それがどうしてこうなったんだ」
「え、あっ、ええとねぇ……、吸血鬼がああなったら、正気に戻す程にショックを与えればいいんだ」
「ショック……それで、アンタはヤる事を選んだ訳だ?」
「あ、ほら、ね? 俺ってば平和主義だから暴力は控えたい訳なんだよ」
「……前は散々、本気で俺を殺しにきていたのに?」
「ええと、ほら、ね? お部屋を血で汚したくないでしょ? せっかくきれいなんだし――」
「……」
「っああもう、正直にいいますぅー。ジョシュアが構ってくれなかったからむしゃくしゃしてたのと、血をあげてたら俺が我慢できなくなったのとで半々。みんなアイツらのせいだよっ」
口を尖らせながら白状したイライアスに呆れながら、けれども何故だか怒る気にはなれなかった。この男のここ最近の行動原理が皆、ジョシュアの為だというのはよく分かっているから。それが嫌な筈がなかった。
はぁと息を吐き出しながら、ジョシュアが口を開く。
「……まぁ、別に、怒ってはない」
「ほんと?」
「ああ。……だから、」
「?」
ジョシュアはそこで言葉を切った。言ってしまおうか言うまいか、内心で少しばかり葛藤している。
会話のせいで止まってしまった腰の動きがそろそろ恋しくなってきていた。ここまでシているんなら、もういっそ最後までヤってしまいたい。
行為を自分から強請っているようで恥ずかしい気もしたが、それももう今更だろう。
ジョシュアはそこでとうとう、意を決して口を開いた。
「早く、続きを……」
「!」
「さっきみたいのでいいから、その、ゆっくり――ッ‼︎」
ゆっくりとしよう、そう言いたかったジョシュアの言葉はイライアスによって阻まれてしまった。
突然、腰を勢いよく叩き付けられてしまったのだ。しかも一度限りではない。肩に腕を回され、奥を抉るように何度も何度も。
「うぐっ、ぁ――っ!」
「はっ……、オネダリだなんて可愛い事するから……、これ、たまんないね」
「んううっ‼︎」
「ほら、気持ちい? ジョシュアが欲しいって言ったから、んっ、……ちゃんと全部食べてね」
「ちがっ、ああっ、もっとゆっくり――!」
「無理」
そんな事を言いながら、イライアスは容赦なく腰を動かし続けた。ぐちゅぐちゅとした音と、肉同士が激しくぶつかるいやらしい音が部屋に響く。
突然始まった律動に、ジョシュアは頭がビリビリとする程の快楽に見まわれていた。この体勢のせいか、いつも以上に深く奥を抉られる。
何度目かになるこの行為で、すっかりナカでの快楽を覚えてしまったジョシュアの体は、貪欲にその快感を拾おうとしていた。
苦しいはずなのに、揺さぶられているこの状況とナカを犯す肉棒の生々しさが一層の興奮を煽る。自分で望んだからこうなったのだと思うと、余計に腰にクるものがあった。
「あ、はあぁっ……イラ、アスッ、激しっ――!」
「ん? ジョシュア、もっと奥に挿れる? さいっこうにイイらしいから……」
「あっ、……待て、もうイイからっ……、これ以上は、いっぱい――んんっ」
「そう? んっ……まぁいいや。このまま一度、ナカでイこうね?」
最早抱き込まれるように強く押さえ付けられながら、ジョシュアはナカを散々抉られる。薄々感じていた事ではあるが、この体勢であるとイライアスのものはジョシュアの腹の奥の方にまで届いてしまう。深過ぎて怖くなるほどだ。
今以上先に進まれたらダメな気がしていた。奥の行き止まりをぐいと突かれ、それがまたジョシュアの頭をおかしくしていく。
密着して擦れる互いの肌も、すっかり発情しきったような彼の濃い匂いも、全部が全部気持ち良くて仕方なかった。
吸血鬼として自他共に認める程に優れた男が、自分にだけこうなってしまうのだと思うと、それが信じられない程の快感をもたらしていた。
ジョシュアとしかしない、というあの言葉に嘘は無かった。領地では好き勝手に放蕩生活をしていたらしいイライアスが、ここではすっかりおとなしいものだった。
ここでジョシュアに向かって言ったそれを、彼はきちんと守っているのだ。しっかりと約束した訳ではない。あれはイライアスの宣言にも近かった。それなのに彼は、言葉を違う事はしない。
それが堪らなく嬉しく思われる。
ジョシュアの限界はもう、すぐそこだった。
「あ、あっ、ダメだ――、あれが、クるっ……」
「ん? ジョシュア、ナカでイッちゃう? ヒクヒクしてる。――おんなのこみたいに、突かれて喜んじゃう?」
「はぁっ、あ……っ、いうなっ、あ、んっ、んんん――っ‼︎」
耳を恥ずかしい言葉で犯され奥を突かれながら。
ジョシュアは絶頂した。今までにない程興奮してしまって、余韻で全身をビクビクと震わせる。本当にナカで昇りつめてしまったようで、いつまでも余韻が長く続いた。
「んんっ、ふっ、締め付けすぎ……あ、ダメだ、俺もイっちゃう」
そう言ったイライアスが、ジョシュアのナカで弾ける。奥に擦り付けるように何度かに渡って吐き出されたそれがまた、ジョシュアのゆるやかな快感に変わった。
満足げな吐息が、ジョシュアの口から自然と溢れ出た。
「ジョシュア」
恍惚とした表情のイライアスに名を呼ばれ、唇を寄せられた。先程の律動とはまるで違う、労わるような優しい口付けだった。
ぬるぬると舐られ舌を吸われる。音を立てるように何度も何度も繰り返し口付けられた。ゆるやかなそれが、何とも心地良かった。
けれど、その唇が離れる頃には何と、イライアスの起立はすっかり固さを取り戻していた。
「イ、イライアス――? まだ、ヤるのか?」
恐る恐るジョシュアが問いかける。するとイライアスは、うっとりと微笑みながら言う。
「ん? そりゃまだだよ? それにジョシュアもさ……前、まだ出てないよ――?」
「!」
「ほんと……おんなのこみたいにイッちゃったねぇ。……ナカ、俺のが気持ち良くて仕方なかったんだ?」
そう言われて初めて気付く。先程のアレで、ジョシュアは何と射精をしていなかったのだ。
衝撃と同時に、羞恥が頭を駆け巡る。
「大丈夫、これは自然な事だし……ジョシュアが俺に全部預けてくれたって事だから」
「う、あっ――」
「今度は前も一緒にイこうね?」
そう言って恍惚と笑った目の前の美しいひとは、ジョシュアをその場で寝かせたかと思うと。
イライアスは腰の律動を再開させたのだった。
◇ ◇ ◇
既に夜明けも近い頃だった。
ぐったりとしたジョシュアを後ろから抱き抱えながら、イライアスはベッドに腰掛け、ジョシュアに言って聞かせた。
それは先程の――昨晩のジョシュアの異常に関するその答えだった。
「多分、俺がジョシュアに対してそうであるのと同じようにさ、あの女の子の血がジョシュアにとって最上の味なんだろうね」
一晩中相手をさせられていっそヨガってしまって、心も体も疲れ果てていたジョシュアはしかし、眠気と闘いながらイライアスの言葉に耳を傾けていた。
「味」
「そ。だから、普通の人の血にもまだ慣れ切ってないジョシュアが、こんな早いうちからそういう人間を見つけちゃって、その血の匂いに酔ったんだろうね」
「酔う……」
「そ。俺だって、最初会った時変だったでしょ?」
「変……? どこがだ?」
イライアスが変でなかった事などない。咄嗟にそんな事を思ってしまって、ジョシュアは首を傾げた。
そんなジョシュアの内心がバレてしまったのだろう、イライアスは少しばかり口を尖らせながら言う。
「……だってさ、今の俺見てみなよ? 同族に自分から追いかけてまで会いに行くなんて事、絶対しないってジョシュアならわかるでしょ?」
「そう、言われれば確かに」
「そ。俺は同族の連中そんなに好きじゃないんだって。だから俺が自分から探しにのこのこ出てくなんてのも今思うとおかしいの。もちろん、あの人の匂いも微かにジョシュアからはしてたから、関係者だろうなとは思ったけど……まぁとにかく、そんくらい無意識に色々行動しちゃうの! 下手したら相手殺しちゃうんだって!」
少しばかり声を張り上げながらそんな事を言ったイライアスに、ジョシュアは思わず思考が停止する。それと同時に、素っ頓狂な声が溢れてしまった。
「は?」
「そうなの。アレって結構危険なんだからね? ジョシュアの理性が強くてほんっと良かったよ。あの時さ、飲みたい、って正直思ってたでしょ?」
「まぁ、確かに……それじゃ、今お前はどうして普段通りを保ってられるんだ? お前にとっては俺が、それなんだろう?」
それはジョシュアの疑問だった。イライアスに一度襲われはしたが、それきり一度も同じ事は起きていない。これほど行動を共にしていて、おまけに血液も毎日摂取しているわけではないのに。イライアスは一体どうして平気なのだろうか、と。
「うーーん……これは推測でしかないけど、俺らって互いに血を分け合ってて、ジョシュアの血の中には俺と姐さんの血も生きてる訳でしょう? 俺らって、人間に自分たちの血を分け与えることで数を増やすから、吸血鬼の中に取り込まれても恐らくは残り続けるはずだ。ジョシュアに流れる血は、純粋にジョシュアの血だけではない……多分、その辺が関係してるんじゃないかなぁ、とは思うよ」
「なる、ほど……」
「ん。だから俺も衝動を抑えられるって感じ? ほんとに俺の推測に過ぎないけどね」
「それならまぁ、納得はいく」
「そうそう。この辺の答えは多分、誰も知らないからそう深く考えなくてもいいと思うよ。ただ……もし出くわしてしまったら、その時は離れるしかないと思う。相手を殺したくなければ」
イライアスにそう厳しい事を言われて、ジョシュアは思わず顔を顰める。あれだけ強く仲間なのだと意識させられて、今更離れろというのも酷い話だ。ここに来てようやく分かりつつあると言うのに。
どうしてだか、ジョシュアにはそれがとても惜しく思われた。
「……」
「そう教わるよ。普通は」
「離れる……この状況で、できると思うか?」
「そこは姐さんに相談だね。俺じゃぁ判断つかないし。あの魔術師は確かに役に立つ。俺らにはできないことができるだろうね」
「そう……だな」
内心を押し隠しながらイライアスにそんな事を言って、ジョシュアは何とも言えない気分のまま黙り込んだ。
こうも離れ難いと思えるようになったのはつい最近のこと。自分の周囲の広がりと成長を噛み締めながら、そして目の前に立ち塞がっている新たな壁にしばし思いを馳せた。
だがそんな時だった。突然、イライアスが問うてきた。
「ま、それはそうとさ? なにジョシュア、あの魔術師とそんなに親しいの? 随分と気にされてたけど」
そんなイライアスの質問に、ジョシュアは身構える。先日、同様の質問で痛い目に遭ったばかりだ。ジョシュアなりに慎重に言葉を選びながら、苦し紛れに情報を暴露する。
「ぐ……あれはナザリオと同じだ。深く考えるな。ああ見えてヴェロニカは、あの中ではナザリオの次、俺らよりも少し上の世代のはずだからな」
「え、うっそ」
「……そのはずだ。彼女は、最後に見た時と姿が全く変わってない」
「それじゃぁつまり……《魔女》ってこと?」
「本人が言及したことはないようだが、そうじゃないかと思う。でなきゃ、あの見た目の説明がつかない」
「まっさか、こんな所でお目にかかれるとは……」
《魔女》とは、人間たちの中でも特に魔力保有量の多い魔術師達の事を指す。その膨大すぎる魔力量の影響により、彼らはほとんど歳を取らないのだ。故に、人間ながらに《魔女》と呼ばれる。彼らは魔族に属するような魔女とは別の者として語られ、そして人間達の中では超越者として崇められる事も多い。
ジョシュアの見た限りでは、ヴェロニカもおそらくその類いの人間だ。けれど彼女は、自分からそのような話はしない。噂は流れるけれども、当人は決して肯定も否定もしない。故に、彼女はまだ正式に《魔女》として扱われたことがないのだ。
「もしそうなら、ますますこの件での協力は外せない訳だね」
「そう、だな。彼女の能力は魔術師の中でも多分、一線を画すようなものだと思う。その協力が得られるのであればその方が――」
「そうだね、って、そうやって話を誤魔化そうとしてもダメだからね、ジョシュア」
「ぐ」
そのまま流そうとしていたジョシュアの思惑はあっという間にバレてしまったようだ。先ほど散々言い負かされていたイライアスも、ジョシュア相手ではしっかりと鼻も利く。
ジョシュアはぐいぐいと迫ってくるイライアスの顔にたじろぎながら、しばらく言葉を探すのだった。
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