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王都とギルド潜入

28.吸血鬼達のご事情

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 吸血鬼ジョシュアに掴み掛かられたまま、セナは大層混乱していた。

 疲れのあまりに、目の前の吸血鬼はすっかり眠ってしまったものと思っていたが。敵に襲われたのだと寝惚けて勘違いでもしてしまったのか、この男が自分を掴んで離さないのだ。
 顔の厳つい野郎とこんな至近距離から見つめ合っても、良い事なんて何ひとつない。セナの気分はあっという間にどん底だ。

「――は?」

 ようやくそんなセナの気持ちが伝わったのか、目の前の吸血鬼野郎は眉間に皺を寄せながら、素っ頓狂な声を上げた。
 その声は随分と気の抜けたもので、男が未だ寝ぼけているらしいことは、セナにもすぐに分かった。
 セナもまた同様に眉をひそめた。一体、この男は何だと言うのだ。人の顔をジロジロと見た挙句にふざけた声を上げて。いい加減、セナの我慢も限界に達しようとしていた。
 だがその時だ。男は再び口を開いた。

「赤毛じゃ、ない……?」
「は?」

 今度はセナが声を上げる番だった。
 突然何を、と一瞬思ったが、すぐに赤毛、という単語に聞き覚えがあることを思い出したのだ。つい数刻前に聞いた呼び名だ。本名でないことは確かだが、そいつはこの男の師匠らしい、という話も覚えがある。
 セナはこの時気付いた。この吸血鬼ジョシュアは、自分とその男とを見間違えたのだと。
 男は更に、セナから手を離しながら眠そうに顔を両手で覆って言った。まるで愚痴るかのような、そして何を言っているのか本人にも分かっていなさそうな、どこか夢見心地な声音だった。

「はぁー……いや、ちがうんだ……アイツ、寝てたらおそってくるし、ようしゃないし、毛布の中にはもぐりこんでくるし……気付くといろいろすわれてるし……アイツのせいで──」
「んんん!?」

 セナは耳を疑った。一体、何の話をしているのか。すぐには理解できなかった。否、理解したくもなかったのだ。
 目の前の男は何の話をしているのか、きっと本人にも分かっていないに違いない。だからそんな、プライベートらしき事まで口走ってしまっているのだろう。いや、もしかしたら自分の耳がおかしくなってしまっただけなのかもしれないが。
 セナは酷く混乱しながら、しかし考えてしまった。

 寝ていたら襲ってくる、というのは一体どう言う事であろうか。いやさ吸血鬼ならば相手の血を狙って、眠りこけている所を襲うのかもしれない。もしセナがそうであったなら、同じ野郎相手なんて御免ではあるのだが。
 そもそもだ、いい歳した野郎が同じベッドに一緒に潜り込んでくる時点で、それが健全なはずがない。
 中には本当に純粋に人間にくっ付きたいというだけの、そういう一風変わった男も居るんだろうが。セナの知る常識からは大きく外れている。少なくとも、彼はそんな人物を見た事も聞いた事もなかった。
 もしかしたら自分が知らないだけでそんな世界があるのだろうけれども。知りたくなどは無い。いっそ気付かれぬ内に済まして貰いたい。気付かせて欲しくもない。
 セナだって聞いたことくらいはあったのだ。吸血鬼という連中は、魅了の力で相手を好きに出来るのだと。
 そこで考えてしまうのは、もしやそれは話に聞き及んだ異性だけではなく、同性相手にも効いてしまって好き勝手にイロイロやっちゃってるんだろうか、なんて考えてしまって。
 セナも珍しく、ひどく混乱しているようだった。

 そうやって現実逃避気味に考えながらセナが固まっている間も、目の前の吸血鬼ジョシュアの口は次々と滑っていった。
 疲れているせいなのか、その言い訳がましい訴えの数々は止まらない。
 一方で、そんな話の相手をさせられているセナの方はと言えば。知りたくもないのにそんな事を聞かされて溜まったものではなかった。

「いや別にいやだといっているわけでは、なく、て……ここまでめんどうをみてくれたのも、あるし、でも、あんなのにつきあわされてへんに──」
「ちょ、待って、ねぇヤメテ! さっきからアンタ何話してるかわかってないだろ!?」

 焦ったセナはとうとう、大声で叫んだ。悲鳴のような声だ。
 途端、ビックリと肩を震わせたかと思うと、目の前の男は両手の中からようやく顔を上げた。眉尻が下がり、眉間に皺を寄せて酷く情け無い顔をしている。そんな男を多少は憐れに思ったセナだったが、手心を加えてやるつもりは微塵も無かった。

「寝ろ! 俺そんなん聞きたくないしッ、腹に巻いたベルトを取れ、寄越せ! そして寝ろ!」

 叫びながらシャツを摘み上げ、下の黒いソレを指さして言えば。ジョシュアは一瞬遅れながらも理解したようで、彼に言われた通り、巻かれた紐やホックを外してナイフごとそれらを取り去ってみせた。
 セナはそれを乱暴に掴み取ると、顰めっ面のまま指を突き出して、ジョシュアへと強く命じる。

「そこで横になって寝てろ!」

 ここまで言われれば流石に怒るか、なんて少しは思っていたセナだったのだが。
 何とこの男は、特に何か文句を言うでもなく。セナの言った通りにその場で横になると、しばらくしてゆっくりと目を閉じてしまったのだった。
 そうして数分もすれば、先程のような静かな寝息が聞こえて来る。
 セナはそんな男の様子を、半ば呆然と見下ろしたのだった。
 今のは一体、何だったのか。ただ自分が疲れのあまりに幻覚でも見ていたのか。なんてそんな事を思ったりもしたのだが。
 自分の左手に握られたナイフ入りのホルダーの重さや、頭に巡る思考がそれを否定する。
 今しがた暴露された話を興味本位にうっかり反復しながら、知りたくなかった吸血鬼たちの事情というやつをまざまざと理解する。

 セナはその場で脱力した。
 何て一日だ。
 運が無いにも程がある。
 今日は厄日だ。
 そんな事を思いながら、奪い取ったホルダーを男の枕元に無造作に置くと、セナはとぼとぼとその場を後にした。
 先程の情けない顔は見ものだったとか、自分の命令に従うその素直さは褒めてやってもいいだとか、うっかりこの先の任務を楽しみに思ってしまって。
 あてがわれた部屋でセナがしばらく頭を抱えたというのは、また別の話。

「どうしたのセナ、真剣な顔して……病気?」
「や、何でもないっすよ……この先の事が思いやられて」

 昼食時に出くわしたエレナと、そんな言葉を交わしてからもしばらく、セナの気分が良くなる事はなかったという。
 あんなので絆されるなんて余りにも単純過ぎる、なんて、彼は自室で大きく溜息を吐いたのだった。
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